表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/313

第七十二話

「第七十二話」


・エレナ視点


「ノア!ノア!!ノア!!!」


 彼の体を強くゆする。

 だらけきった体は何も返してくれない。

 反応がない。それは、一つのことを示していた。しかし、それを考えたくはない。


 そうだ。寝ているだけだ。そうに違いない。いつもみたいにご飯を食べれば元気になる。

 そうだ。そうなんだ。


 現実逃避なのは理解できるが、何に対して逃避行を行っているのか、肝心なことは分らない。

 だって、理解できないのだから。


「おいおい。無駄だぜぇ?だってよぉ、そのガキは死んだんだからよぉ。さてと、ことも終わっ……てないのか。」


 ノアが反応を返してくれた。

 それも優しく。


 私の肩を掴んだかと思うと、そっと自分の後ろへと動かした。

 彼の背中しか見えない。それは小さく頼りないと思ってしまうかもしれない。

 でも、これほどまでにも信頼できた人物は居ない。

 ここまで生にしがみ付いてほしいと思った人物は居ない。


「ノア……?」


 静かに立ち上がった彼は、何か一言


『白紙』


 それは、気を張らなくては聞こえないくらいに弱弱しく、しかし、決意の権化でもあった。


「てめぇ……まさか……まさかだよなぁ……。」

「……」


 ノアはしゃべらない。

 無口なことを指しているのではない。

 聞こえていないのか、それとも集中しているのか。


 まるで寝起きの子供のような体運び。

 意識を朦朧とさせ、ゆらゆらと階段を降りるような。


「おい。がk」


 ノアは地面に散らかった血液を剣先でそっと撫でた。

 剣には、血が垂れるほど集まっている。


 急に剣を自分へと突き刺した。


「ノア!?」

「ちっ!」


 ドゥームが雷を纏い突っ込んできた。

 もうすでにノアの首元に剣が置かれている。

 しかし、ノアは焦りを見せない。


 壁に誰かが飛んで行く。

 吹き飛ばされたのだ。

 しかし、こちら側に衝撃が来ていないということは……


 壁に蹲っていたのはドゥームだった。

 腹には十字の傷ができている。


 ドゥームを上回る速度で斬撃を繰り出したのか!?

 あの雷のような速度の男を!?


 ノアは息すら上がってない。

 このパワーアップはなんだ。急に別人のように強くなった。

 死の瀬戸際を経験したことにより、覚醒したとでも言うのだろうか。


 自分で剣を突き刺した場所には、何かが刻印されていた。

 それは文字と呼べるようなものではなかった。

 何かのシンボルだろうか?それとも、何か私には理解できない体への合図のようなものだろうか。


 目の前の状況を理解するために必死過ぎて、頭に入ってこない。


「かはっ……てめぇ……ガキ、やはり、その『権限』……てめぇも……同じか。」


 ドゥームは血を吐きながら立ち上がる。


「天から降る罰は、遂行されなければならない。それをてめぇは拒むどころか、行使するのか。許されねぇ。俺が許さねぇんじゃねぇ。天が許さねぇと言ったんだぜ。死ぬ以上の苦痛をあの世で浴びろ。『天罰』」


 ドゥームは再び立ち上がり、剣を構えた。

 ノアも呼応するように剣を構える。


 ノアが再び剣で自分を突き刺した。

 そこにはまた何かが刻印される。


 一瞬の攻防。

 常人では感知することすらできないであろう速度。

 雷の速さ。それは、光や音といったような速度を軽く超えていた。

 動くだけで振動が伝達し、周囲を破壊する。


 瞬きをし終わると、すべてが完結していた。

 片腕を失い、地面へと平服しているドゥーム。

 無表情にそこへ立ち尽くしているノア。


 床に飛び散った血のほとんどがドゥームのものであったであろう。


「て、てめぇ………かはっ………これは………許されねぇ………ぜ、絶対だ………て、てめぇは……かみ………の……………」

「………」


 ドゥームは目を閉じる。

 いや、瞬きをした。

 瞬きをした瞬間に、顔色が変わる。

 タナトスへと戻ったのだ。


「………二人とも……だいじょうぶ………でした………?」

「ああ。タナトス。無事だ。」


 ノアが久しぶりに声を上げる。

 感情は生き残っていたらしい。


 タナトスは薄っすらと笑い


「……それは………よかった………では………彼は……負けたのですね………。」

「ああ。俺の勝ちだ。」

「ぼく……たちは………かみの……だいこうしゃ……まけた……。」

「ああ。」

「すこし……ねむい………」

「とどめはいるか。」

「ふふ………やさしい………ですね………。」


 ノアが剣を振り上げる前に、タナトスは肩を落とした。

 絶命。彼は、完全に旅立ったようだ。


「……ノア。」


 彼に声をかける。

 それは、慎重に、恐る恐る。


 ノアは振り返る。

 いつもの淡々とした顔で。


「……大丈夫かい?」


 ノアが急に走って、抱き着いてきた。

 普段なら飛び跳ねて喜んだだろう。

 しかし、この場においては違った。混乱?いや、違う。

 母親の心境のような、慈愛に似た感情を持ったのだ。


 飛び込んできたノアを包むように抱きしめる。

 顔は見えない。でも、震えていることだけが分かる。


「どうしたんだい?」

「……分からん。」

「そう。」

「………でも、こうしてたい。」

「うん。」


 か細く、消えていってしまいそうな声。

 それは聞き取るのが困難だったわけじゃない。なぜか、耳ではなく、芯へと響いた。


「……何か……体に穴が開いてるみたいだ。さっき剣で貫かれたような穴じゃなくて、もっと大きな。体が空っぽになるようだ。ずっと何かがあふれてるような、求めてるような。」

「うん。」

「何か、大切な何かが、こぼれてる。ずっと、垂れ流しになってる。止めることができない。だからこうしてたい。」

「うん。」

「こうしてると穴が塞がってる気がして。心地いいんだ。」

「うん。」

「なんだ、この感覚は………。」

「うん。それはね。寂しさや孤独感。言い換えるなら飢えてるんだよ。他人に。愛情に。慈悲に。」

「………分からない。」

「うん。」

「もう少し、こうしてたい。」

「うん。もちろん良いよ。」


 血が延々に流れてくる空間で、死体に見守られながら私たちはハグをした。

 恋人のような激しいものじゃなく、親子がするような愛情にあふれた優しいハグを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ