第六十九話
「第六十九話」
・タナトス視点
ノア君と別れて、二階へと向かった。
そこは、大きな部屋だった。
人間の気配が二つ。それも、かなり手ごわそうだ。
「……ん?なんだ?」
女性である。
自分と似たような年齢だろうか。
紫色の髪の毛を垂らし、壁の木目を数えている。
狂気の沙汰だ。
「僕は、ただ幸せになって欲しい人に協力しているだけだよ。」
「……はぁ?大丈夫か?お前。」
随分と口が悪い。
品性の欠片もない。
格好から見るに、山賊上がりだろう。
「あなたは?」
「私か?私は、ミナ・ロウェルだ。」
名乗ったミナはこちらを向く。
正面に立ったことで剣が際立つ。
戦闘員か。
「お前は?」
「僕は、タナトス。二人居ると思ったけど。」
「大分察しが良いな。そうだ。ここには、私ともう一人居る。でも、分かんねぇよな?」
「ええ。分かりませんね。でも、関係ない。」
「あ?」
『運命』
僕に授けられた一つの『権限』。
それは、あらゆる人間を束縛する。
なんの変哲もない空間を、すべてを罰する処刑場へと変化させる。
「仕方がない。あなたには、死んでもらいます。」
「何しゃしゃってんだ?遺書は書いてきたか?」
「あなたには、覚悟がありますか?」
「あん?」
「覚悟ですよ。一歩目を踏みしめる覚悟。人生と言う名の直線では一歩目が無類の重要性を誇っている。僕は、ただ問うだけです。あなたには、覚悟があるのかを。」
「覚悟だぁ?そんなありふれた言葉は誰にだってあんだよ!!」
ミナが足を前へ出した。
その足は、失われる。
「……は?」
その攻撃とは思えなかったであろう、不意な出来事にバランスを崩す。
そこで、左足も出してしまったみたいだ。
悪手だな。
「二歩目では、忍耐を必要とする。それは、覚悟無き者では決して乗り越えられない。」
左足も消失する。
完全に足が無くなり、その場に倒れ込むミナ。
「て、てめぇ!何を!?」
「三歩目だ。三歩目は、想像力を試される。しかし、忍耐無き者では、無から有を生成することなどできない。だから、命を失う。その価値なしと判断されて。」
地団駄を踏むように、手を地面に置いた瞬間にその体は消滅する。
呆気なく、無慈悲に、仕方がなく。
これが、『運命』。神の下で公平に裁判をした結果だ。
一歩目の段階で覚悟が無い者には立つ必要がないと判断される。
二歩目は、覚悟無き者では忍耐力が皆無と判断され、支える必要がないと判断される。
三歩目は、忍耐力無き者では想像力が乏しいと判断され、生きる運命から見放される。
すべては、覚悟だ。
覚悟が人生を豊かにしている。その一歩を歩くことが許されるのも、地面から覚悟を祝福されたからなのだ。
僕は、この『運命』に従って神の代行をしているに過ぎない。
だから、ジャッジを下すのも僕ではない。
「さて。次の相手は……っ!?」
体が地面へと吸い込まれる。
バランスを崩した?違う。攻撃されたんだ。打撃のような鋭い一撃を喰らったのだ。
しかし、視界には入らなかった。それは、ありえないことだ。
なぜなら、背中から倒れたと言うことは正面から攻撃されなければおかしい。
すなわち見えないほどの速度を誇っているということだ。
体を起こし、全体を見る。
しかし、何も見えない。
何か、おかしい。『結界』とか言うやつか!?
「ふふふ。地面に吸い込まれるようだろう?」
どこからか、声が聞こえる。
鮮明に聞こえたはずなのに、居場所を特定できない。
『運命』の発動中なのに、死なないということは歩いてすらいないのか!?
じゃあ、どうやって……。
「ここだ。間抜け!」
勢いよくぶつかってきた何かが腹に刺さる。
貫通はしてないものの、穴が開き、口から血を吹き出してしまう。
床が変形するほどの威力。
これは銃なんて可愛いもんじゃない。
沈んでいく瞼に一瞬だけ映った男。それは、天井に立っている男の姿であった。
「かはっ!」
床が変色する。
赤色に染め上げる。
カーペットを敷いた時のような新鮮な感覚がある。
「お前の『結界』は見させてもらった。それは、強力だ。ああ。間違いない。でも、欠陥があるよなぁ?」
「………」
うつ伏せながらに戯言を聞く。
「そう!歩かなきゃ良いんだ!」
簡単そうに言うじゃないか。
本来不可能なことなのに。




