第六十七話
「第六十七話」
「なにをした。」
混乱の中で、一つだけ問いてみる。
「正解などありはしない。それ故に、誰もこの場において不在である。」
この問答からは、『結界』の秘密が分かりそうもない。
まずい。かなりまずい。
ここで、知識不足の弊害が出るとは。
「童。殺すと言う言葉があるだろう。それは、他者の生命を軽んじる最低な行いである。しかし、童はその剣が重いとは感じていない。これは、然るべき刑が必要である。」
窓の縁に刺さった剣を抜く。
刀身をだらりと、たれ下げ、男を見る。
一瞬で距離を詰める。
軸足を地面へと到着させる前の抜刀。
一秒もないその攻撃は避けることができないだろう。
「なっ……」
俺は空ぶった。
確実に間合いに入り、首を落としたはずだ。
しかし、感触が無い。首を落とせなかった感触ではなく、剣を振った感触がない。
素手で素振りをしたような妙な感覚。
これ以上ないほどに、滑稽であっただろう。
「……!?」
剣は男が持っていた。
当然の顔で。まるで、自分の物であるかのように。
「なるほど、使い古された良い剣である。童が持つには立派過ぎると表現する他ない。立派と申したが、これはまた語弊である。立派の中には綺麗という文字が隠れていなければならない。これは、綺麗と形容するにはあまりに粗末である。」
剣が盗られた感覚はなかった。それ以前に、触れてすらいなかったはずだ。
しかし、どうしてだ?
なぜ、この男は俺の剣を悠々と持ち上げている?
「……どんな手品だ。」
「手品?これはまた、難問である。道で行われている大道芸のよう猿に見られたのなら屈辱である。しかし、私の『結界』に入ったことに気づいているのにその問いを行うとは愚門である。」
剣を奪い返すことに専念しなくてはならない。
さもないと、唯一の殺戮手段がない。
「返してもらうぞ。」
「返す?これまた不思議である。なぜ、私の物を当然の顔で私物化するのか。」
私の物……?
違うそれは俺のだ。
いや、待てよ。
本当にあんな物持っていただろうか。
そのことについて、胸を張って証言できない自分が居る。
そう思うと、自分のではなかったかもしれない。いや、俺の物ではない。
そうだ。間違いない。あれは、俺の得物ではない。
では、俺の剣はどこへ行ったのだろうか。
「童。貴様をここで始末しておかなくてはならない。それは、虫を殺すことよりも難解で、岩を砕くよりは簡単である。」
「……お前は、俺の一番苦手なタイプだ。」
「何故か?そんなことを聞くまでもないな。」
「ああ。話が長すぎるんだよ!」
いつも通り素手で向かって行く。
そうだ。これが俺の戦闘スタイルだった。
剣なんて使ったことが無いじゃないか。
「さながら必死であるな。しかし、無力でもある。巣から落ちた雛の囀りに耳を貸す者などありはしないのだ。」
男は剣を振り上げると慣れていない手つきで、振り下ろした。
それは、当たることなく、床へと刺さる。
間髪入れずに、男を殴る。
精一杯の力を込め、骨を粉砕する勢いで。
「がはっ!」
痛い!
鋭い痛みが、鈍く体に押し寄せてくる。
これは………。打撃だ。
わき腹を的確に捉えたその拳は、貫くが如く体の芯まで入って来る。
無様に剣を床にめり込ませているのは、俺だった。
そして、見事な態勢で拳を叩きつけているのは男だった。
壁まで、吹き飛ばされる。
無力に跳ね返り、地面へと転がる。
「………これが」
「そうである。これこそが、私の『結界』。『結界・観測』である。しかし、察しが悪いと言わざるを得ない。ここまで、攻撃を喰らっておいて、根幹まで辿りつけないとは。」
「……今から勝つところだ。」
思い出せ。
何か、不思議なことがあっただろ。
何でもいい。違和感を探すんだ。それが、答えになるはずだ。
考えろ。
「無駄である。しかし、見事でもある。その小さな頭で打開策を考えようとは。無力と形容するには、これまた過大であったか。」
ちっ、うるせぇな。
攻撃は、無駄でしかない。なら、どうするべきなのか。
立ち上がって、窓を見た。別に、理由があったわけじゃない。
ただ、なんとなくだ。
そこで、閃いた。
「……明かり?」
「ほう?」
暗い部屋の中では光源がない。
そこに、先ほどまでは月の光が差し込んでいた。
しかし、今はどうだろう。真っ暗である。
それはこの男を捉えるには十分であったが、よく見ようと思うと難儀だった。
「悪くない考察である。」
「……そうか。」
タネ明かしは終わったようだ。
反撃を開始することにした。




