第六十六話
「第六十六話」
・ノア視点
「ここか。」
「ええ。ここがオクトの隠れ家です。」
宿から離れて、歩いたところにその場所はあった。
街から外れ、森を跨いだところにそれは存在していた。
森林に囲まれ、どこよりも冷たい空気が立ち上る場所。
光は、近場しか存在することが許されず、一歩先が読めない。そんな場所。
「じゃあ、行きましょうか。」
「ああ。」
二人で、何にも反射しない、鉄の塊を取り出す。
それは、夜に溶け、まるで何も持っていないように見える。
扉に近づくと、談笑している声が聞こえる。
何かの宴であろうか。
目的を達成できているわけでもないのに、呑気なものだ。
「ノア君。」
「なんだ。」
小さな声であれば、中に聞こえることはないだろう。
「僕が先行します。その後についてきてください。」
「……良いのか?」
「ええ。もちろんです。僕の方が、多対一に向いているでしょうから。」
「頼んだぞ。」
良い奴だ。
こんな相手にエレナは何を警戒していたのだろうか。
全然分からない。
タナトスがドアを蹴破り、進行する。
ドアを壊された音で、数十人がこちらを向く。
『運命』
全員が銃を持ち、その場から動かない。
しかし、全員があっと言う間に血をまき散らした。
動いていないのにだ。
相変わらず、奇妙な力を使う。
タネが分からなくては、戦いようがない。
「この辺は一掃できましたね。中へ行きましょうか。」
「ああ。」
誰も居なくなった一階で、二人の足音だけが聞こえる。
周囲は、酒と血の匂いでいっぱいだ。
この上なく吐き気がする。俺は、この酒の匂いが苦手だ。
「僕が、二階を担当しましょう。ノア君は、三階をお願いしますね。」
「分かった。気を付けろよ。」
「ええ。もちろんです。」
タナトスとは別れる。
階段を上り、三階へと導かれる。
以前昇った階段は終わりが見えなかったが、今は終点が見える。
なんたる安心感か。
扉をゆっくりと開け、中へと入る。
そこは、綺麗なものであった。
清潔感が生き残っている。
酒も、臓物も、死者も存在しない。
しかし、生者は窓の外を眺めながら、息を吐く。
「お」
「少し待て。今宵は、月が綺麗である。」
「……」
「綺麗なものと言うのは、立派である。しかし、土足で他人の空間を侵攻するとは、無粋である。」
暗闇で、相手の身なりを確認できない。
一歩も動けない。緊張感が違う。
間違いない。結界師だ。
「鬼の気配。しかし、これまた酔狂なものである。鬼は、人であったか。皮肉なものだ。鬼を望まぬ少年は、鬼以外の生き方を知りもせない。これまた、悲劇である。」
「……俺のことか。」
「黙れ。今は、月が明るい。これは、良き出来事である。そこに立ち入ることは、非難を浴びるにふさわしき愚者の行いである。」
「……」
うぜぇ。
なんだこの会話方法は。
もっと普通に話せんのか。
そもそも会話する気すらない気がする。
「さながら、不思議である。貴様は、私に勝てると思い込んでいる。これは、いい加減である。勝てる勝てないは結果であって、始める前から想像しうることではない。」
「……もう、良いか?」
「……月明かりが、雲に隠れてしまった。これぞ、宿命である。しかし、許可しよう。貴様が、その汚れた手でこの空間へと侵入することを。」
男は振り返る。
髭を伸ばし、頭には毛が一本もない。
可哀そうなことになっている。
反対な気がする。
「では、童。観測を始めよう。誰が、そこに居るべきなのか。なぜ、そこに居るのか。誰も答えなど知りはしない。しかし、実在している。なるほど、滑稽である。」
「何わけ分かんねぇこと言ってんだ!」
剣を振りかざす。
それは、何かに当たった。
「……?」
開けた空間で、ぶつかるものなどありはしないのに。
剣の先を見ると、窓の縁に当たっていた。
「……は?」
俺だった。
窓の反射を遮っているのは、俺だった。
先ほどまで、男が立っていたはずの場所に、俺が立っている。
恐る恐る振り返ると、俺が立っていた場所に男が立っている。
「なっ……」
位置の入れ替え……?
いや、そんな安っぽい芸当なんかじゃない。
もっと、根本的に何かおかしい。
思い出したかのように、月の情景が浮かんでくる。
先ほどまでの窓の外の景色。
それは、俺の視界ではない。
男の見ていた景色だ。
「なるほど、童。訂正しよう。鬼ではなかったか。なんと形容したものか。そうだ。それが良い。仮面の獣の奴隷であったか。」




