第六十三話
「第六十三話」
ソリアン邸の近くには光源が無かった。
だから、俺たちが持っている明かりはどこでも分かるくらい輝いているだろう。
周りには遮蔽もないし。
「まずいね。」
エレナが苦言を溢す。
下を見ると、多くの足跡が点在している。
ソリアン邸の前である。
「急いだほうが良いな。」
「うん。それよりも、ノアは本気を出した方がよさそうだね。」
「なぜだ。」
エレナは屈む。
その足跡を見るために。
「彼だ。」
地面を見たまま、ぽつりと言う。
彼とは、放浪者と呼ばれている人物のことだろう。
しかし、それにしては足跡が多すぎる気がする。
少なくとも十人は居る。これでは話が違う。
「急ごう。」
「ああ。」
声を掛けることなく、ドアを蹴破る。
中は臓物と血の匂いでできていた。死体がどこかにある。
それも、一人や二人なんて数ではない。
剣を取りだし、ソリアンが居るであろう部屋に走る。
そこはどこが壁なのか分からないくらいの惨劇であった。
人がそこら中に倒れている。
どれが死体で、生者か分からない。
ぐちゃぐちゃに肉塊を詰め込んだみたいな部屋。
部屋の中心では、青年がソリアンの首を掴んで立ち尽くしている。
血だらけの剣と、瞳孔が開いた目をこちらに向けて。
「おい。」
「なんだ。子供か。驚かせないでくれよ。」
「そいつを離せ。」
「彼?ごめんね。それは無理だ。」
「離せ。」
「………」
放浪者はソリアンを地面へと置いた。体を労わっているような感じだった。
ソリアンは気絶しているのだろうか。
ピクリとも動かない。
「彼と友人か何かなの?」
「いや。ただの依頼人だ。」
「そう。じゃあ、殺さなきゃいけないんだ。」
「そうなるな。話が早くて助かる。」
「うん。ごめんね。」
放浪者は剣を抜くと、
『運命』
何かを小声でつぶやいた。
それは聞き取るのが困難であった。
「……?」
「君は人生において何が一番重要か知っているかな?」
「力だ。」
「違うね。金でも、栄誉でも、誇りでもない。一歩だ。一歩目こそが至高で、最も重要なんだ。そして、一歩目を踏みしめるには覚悟が必要になる。その覚悟を問う。」
「……」
何を言っているのか分からない。
でも、『結界』を使った感じがしない。
剣を放浪者に向け、突進しようとした時
「なっ!?」
右足が溶けた。
千切れたとか、斬られたとか、そんな簡単なことじゃない。
足が無くなったのだ。その場から。
何が起こっているのか、把握すらできない。
バランスを崩して倒れてしまう。
「君には、一歩を踏みしめる覚悟がなかったみたいだね。だから、罰が下された。」
放浪者は普通に歩いてくる。
足が無くなったとは言え、戦えないわけじゃない。
痛みも感じないし、俺は片足でも戦える。
立ち上がるために地面に着いている腕に力を込める。
「人生において、次に重要な事柄。それは、恋人や、家族や、友人なんかじゃない。二歩目だ。それは、一歩目よりは軽いだろう。しかし、決して侮れない重要な事柄なんだ。二歩目を耐え抜くには、忍耐が必要になる。」
次は右腕が無くなった。
「は………?」
持っていた剣を転がしてしまい、ただ這いつくばっているだけになってしまった。
「そして、最後に重要なのは、健康とか、社会とか、仕事なんかじゃない。三歩目だ。三歩目は、一歩目とは比べものにならないほど軽いだろう。しかも、二歩目なんかよりも簡単だ。しかし、それでも重要なんだ。良いかい?三歩だ。この三歩で人生は決まる。三歩目に必要なのは想像力だ。」
左手を地面に付けようとした瞬間
「やめろ!!」
息を切らしたエレナが走ってきた。
「はぁ…はぁ…ノア。やめるんだ。その手をゆっくりと地面から離して。」
その真剣な目に脅されるように地面に近づいた手を離す。
それを見て、エレナは安堵して
「君が、放浪者か。」
「放浪者……?」
「君の通り名さ。」
「そうか。しらなk……ちょっと待ってください。」
放浪者はエレナの方へ歩いていく。
俺からは完全に興味が無くなったらしい。
「おい!待てよ!」
放浪者は俺の言葉なんか無視して歩く。
どんどんとエレナに近づいていく。
勝てない。そう悟ったが、諦められないものがあった。
「おい!その女に触れてみろ!殺すぞ!!」
「『結界・じゅうr』」
エレナの『結界』が発動する前に、放浪者はエレナの手を掴んだ。
殺気のない行動に、エレナも困惑している。
仮面を剥ぎ取る。
転がった仮面はコロコロと音を奏でながら、地面に降りた。
「な、なんて、美しい人なんだ……。」
「「は?」」
エレナの手を包むように、握った。
「ちょっ……は?」
「いや、こんなありきたりな言葉じゃ形容できない。もっと、何か……そうだ。花よりも棘がありそうなお人だ……。」
「ちょっ、離して!」
エレナが放浪者の手を振りほどく。
転がっている俺のそばに来る。
「な、なにを、言ってるんだ、君は!」
かなりの動揺。
こんなに焦っているエレナは初めて見た。
「本心ですよ。いやぁ、お綺麗な人だ。」
放浪者の口も止まらない。
エレナは困惑と警戒が抜けない。初めて見る顔だった。
言うなれば、取り乱しているのだ。




