第五十七話
「第五十七話」
武器が入っているであろう箱を抱えている。
なぜか、俺が。
どうして、このトラブルメーカーは自分で持たないのか。
この謎を口に出すのはご法度である。
迷惑この上ない状況に溜息しかでない。
「仕方がないよね。困っている人が居るんだもの!」
「うるさ。」
こいつが下らん賄賂につられたのを横で見ていた。
こんな言い訳を声に出すのはやめていただきたい。怒りがこみあげてくる。
「さぁ!行こうか!」
「……」
家から出て、馬車へと戻る。
またこの乗り物である。
暇そうに空を見上げている主任に話しかける。
「主任君。行く場所ができたよ!」
「え?あ、ああ。………どうした。」
「なにがだい?」
「随分と笑顔だな。」
仮面の下から覗かせる気味の悪い笑顔。
喜びを表現しているのか、それとも好奇心に満ちた顔なのか、なんとも理解に苦しむ。
「そりゃね。人助けは気分が良いからね。」
「おいガキ。」
「なんだ。」
「これは良くない兆候か?」
「まちがいなく。」
その質問には正直に答えた。
これは不吉なことが起こる。まちがいなく。
この女が関わると状況が一変する。違う方向へ。
よくもまあ、懸賞金程度で済まされている。
「……もしかして、俺も行くの?」
主任は嫌そうな顔で問う。
「もちろんだよ。主任君は馬車の運転があるからね。それに、君も人助けをしたくないのかい??」
「え……そ、そうします。」
エレナの本気の目に気圧されたらしい。
無言の脅迫である。可哀そうに。
「良し。出発!」
「どこへ?」
「そうだった。説明をしていなかった。私たちはあるお屋敷へ行くんだよ。セレニス家へ!」
にこやかなエレナとは裏腹に、俺たちは肩を落とした。
絶望の先に俺たちは居た。
すでに嫌な予感が的中した感じがある。
馬車の中でエレナの話を聞く。
主任は遠慮したというか、聞きたくないと一蹴した。
セレニス家は“ノルドハイム”で有力な貴族だそうだ。主に、戦場へ武器を届けて繁栄している。
故に五家との根強い関わりがある。
そして、写真の彼女。エラ・セレニスは十九歳。彼女はカーディス家と結婚するらしい。
喜ばしい限りである。
しかし、ここで問題がある。
例の武器商人である。
彼は、エラ・セレニスが結婚すると聞いてから、武器の製造を辞めてしまったらしい。これがセレニス家に大きな損害を出している。
エレナから聞いたのはこれくらいか。
ここまで来て分からない俺でもない。
あいつはニ十歳下の女性と交流があった。それは、彼女のことであったのだろう。
こんなのでよくもあんなはったりができたものである。
「こんなところだね。」
「面倒だな。」
「あ!ノア!そんなこと言わないの。」
「じゃあ、なんて返せば良いんだ。諦めろ?どんまい?」
「卑屈だなぁ。もっと夢物語みたいな捉え方ができないものかね。」
「何が夢物語だ。ソリアンは現実が見えてないだけだろ。」
「そんなことないよ。年齢を考えない絆。良いじゃないか!」
「うるせぇな!大体、あいつの妄想だったらどうする。純粋にソリアンが遊ばれてるだけかもしれないぞ。」
「大丈夫。それはないよ。」
「なぜだ。」
「簡単さ。年齢は関係ないというサンプルが欲しい私が肯定するからね!!」
「あほらしい。」
聞いてるだけで頭痛がする。
今更だが、どうしてこんな奴に目を付けられてしまったのだろう。
後悔後を絶たずと言うが、まさに先人の言うことは的を得ている。
「ノアは年上のお姉さんどう?」
「年齢によるだろ。」
「例えば?」
「そうだな。俺が今、十歳だろ。じゃあ、一つや二つくらいのものじゃないのか。」
「そっか。」
エレナが急に真面目な顔になった。
「実は隠していたんだけどね。私は、十二歳なんだ。」
「サバ読みすぎだろ。」
「いや、マジな話さ。」
うちの老害は年齢すら数えられなくなったのだろうか。
「良いじゃないか。少しくらい年上でも。」
「……」
「ちょっと良いかもって思った?」
「……」
この渾身のあきれ顔を理解できないとは可哀そうな人種である。
いつまでこの顔をしておけば察してくれるだろうか。
「まぁ、良いのだけどね。そんな話は。でも、正直私は興味があるんだ。」
「?」
「この話の結末にね。歪な絆はどのように受け入れられるか。どうしても気になるんだ。私はそのサンプルが、いや、勇気が欲しい。」
「……どうした。」
「いや?ただの人助けの解説さ。」
「……?」
理解が出来なかった。
どの会話を遡っても答えは出てきそうにない。
無言の俺たちの間に馬の足音が響く。
すでに聞き慣れた、地面の悲鳴。体重で地面を凹まし、その代価として地面の声が聞こえる。
急にエレナが俺の頭を掴んだ。強く。
そして、床へと叩きつけた。




