第三十五話
「第三十五話」
(間話―暖かい料理)
・エレナ視点
ノアと話した少し後。
ノアと出発する少し前。
とあるお店に行く。
一人だ。ノアは眠ってしまっている。
故に一人。
店のドアを開ける。
店のお店は“赤月”。店名にセンスの無さを感じる。
相変わらずらしい。
「いらっしゃ……!?」
向こうも私に気が付いたらしい。
カウンター越しに、驚いている。
「ひ、久しぶり……」
「ヘレナ!!」
男は大声を上げて喜んでいる。
私はと言えば、少し、いやかなり緊張していた。
「ま、まぁ、座って!」
「うん。」
誰も居ないお店で、私だけが席に座る。
店主と二人だけ。
緑の髪を短く整え、清潔感を演出している。そして、料理人とは思えない筋肉を服で隠しているが、隠しきれていない。
ノアの過去に出てきた人物。
彼はマクスと名乗っていた。ノアに講釈を垂れた人物。ノアの父に助けられた人物。
「今まで何してた。」
「……ごめん。まだ、説明できない。」
「そ、そうか。心配したんだぞ。」
「うん。ごめん。」
しばらくの沈黙。
それは久々に会った人物との会話が嫌だったわけじゃない。
単に気恥ずかしかったのかもしれない。
「どうしてこんなことしてるの?」
「店のことか?」
「うん。」
「いろいろ事情があってな。まずは、お前を探してた。」
「私を?」
「そうだ。いきなり消えたからな。探すのは当然だろ。」
「……そうかも。」
確かに第三者から見れば私の行動は突拍子のない異常だったかもしれない。
でもそれ以外に解決策を見いだせなかった。
「母さんは?」
「アリセナはまだ……」
「そう。分かってはいたけどね。」
未だ順調に『結界』が作動してくれているわけか。
これは喜ばしい出来事なのだろう。しかし、泣きそうな自分も居る。
「ヘレナはどうしてたんだ。四十年近く会えなかったから」
「別に。どうしてもいないよ。ただ、歩いてただけ。」
「お前が出て行ってから奴らの襲来が止んだ。ヘレナが何かしてくれたんだろ?」
「さぁね。」
誤魔化しにすらなっていないだろう。
でも、今すべてを話すつもりはない。それこそ私の目的がおざなりになってしまうから。
「父さんの受けた『結界』はまだ続いてるんだ。」
「……知ってたのか。」
「当然だよ。」
「……不甲斐ないな。まだ、剣を握れないんだ。」
「そう。じゃあ、あの二人は生きてるんだ。」
「……そうなるな。すまない。」
「いや。謝るようなことじゃないでしょ。大丈夫。私が解決して見せるから。」
「ここまで酷い親である俺が言うのもなんだが、アリセナの顔を見なくて大丈夫か?今は、その」
「良いよ。これから“スノークレスト”を出るんだ。そしてエヴァンシールに会いに行く。ついでに母さんに会いに行くから。」
父は顔を緩め、慈愛に満ちた表情。安堵と言い換えても差し支えないが、そんな顔を見せた。
久々の再開が仮面越しとは、なんとも迷惑な娘だ。
「噂を聞いていろいろ探してな。ここが最後の希望だった。」
「そう。一緒に帰る?」
「そうしたい。そうしたいが、ここでの荷物をまとめなくちゃいけない。それに俺が居ると仕事の邪魔になるだろ?」
仕事か。それなりに私のことを調べたのか。
流石は元英雄様だ。
行動力が他とは異なる。
「そうだ。これ」
ある一冊の本を取り出す。
「これは……?」
「[建国日誌]。父さんの本でしょ?」
「……古い本だな。」
父はペラペラと本の内容を確認した後に、溜息をついた。
「……これは正しくない。」
「そう?面白い本だったよ。」
「……いや。この主人公のレイヴァンとか言うやつはそんなに勇敢じゃなかった。身内のために他者を喰らった咎人だ。」
「そうなんだ。過去の大英雄は自己評価が低いんだね。」
「……こんなのどこで見つけた。」
「さぁ?拾ったんだよ。その辺でね。」
私は席を立ち、店を出ようとする。
「もう行くのか?」
「うん。私は……」
単に父の顔を見たかったから。
それは遺言のように聞こえるかもしれない。だから、言えなかった。
「風邪ひくなよ。」
「もちろん。母さんには会いに行く。でも、勇気がないんだ。ここは料亭でしょ?お客の機嫌をとってよ。」
「俺もすぐに向かうから。」
「それは良いね。やる気が出てきたよ。じゃあ、近いうちに。」
「ああ。すまない。こんな父親で。」
ドアを開けて路上に出た。
「そんなことないよ。大丈夫。家族は私が戻して見せるから。」
前を向き、自身を鼓舞する。
それでしか私の動機をまとめられなかった。




