第三十三話
「第三十三話」
「『結界』はね、その人を強くするんだ。」
簡単に説明しすぎである。
愛玩動物に話しかけているみたいだ。
馬鹿にするを通り越して、見下し過ぎである。
「もっと噛み砕け。俺には簡単すぎる。」
「ごめん。ノアは文字が読めないから頭悪いのかと思ってた。」
こいつの中で、デリカシーが死んだらしい。
ついでに素直も消息を絶ち、普段通りの腹立つ奴の完成である。
実に腹だたしい。
「説明しやすいと思ってね。地図を持ってきたんだ。」
料理を端に寄せ、地図を広げる。
大きな地図だ。
机から少しはみ出してしまう。
「例えば……こことこことこことここ。この四つのポイントを繋ぐと、四角形ができるよね。」
「ああ。」
当然だ。
四点で繋げば、この図形ができるのは当たり前の話であった。
これ、四角形って言うんだ。馬鹿にされない内に覚えておこう。
「これ。綺麗だと思わない?」
「は?」
綺麗?何が?
地図に描かれたのはただの四角形である。
これを綺麗だと思うには瞑想でも必要なんだろうか。
「あ、あぁ。」
「分かってないね。」
「……」
「これは長さが同じなんだよ。」
「……」
「うん。分かってないね。」
「いちいち言うな。分かった。点の大きさが同じなんだろ。それがどうした。」
「違うよ。この長さだよ。」
四角形を囲う、直線のことであった。
それの何が良いって言うんだ。
別に分かっていたが、言わなかっただけだ。
「それがどうした。」
「これを同じ長さに調整すると、『結界』は発動する。」
「分かった。」
「『結界』は大地の力……なんて表現すれば良いんだろう……自然の力?」
「ああ。なんとなく分かった。」
「それを使って『魔法』みたいなことが出来るの。」
「まほう?」
「うーんと……何も使わずに火を起こせるとか。」
「ああ。」
「うーんと……水を操れるとか。」
「ああ。」
「うーんと……あ!剣を作れるとか。」
「なるほどな。」
エレナが俺の顔をちらちら見てくる。
ついてこれているか確認してくれているらしい。
そこまで馬鹿にしないでほしい。
ちょっと理解するのに時間がかかるだけだ。
「自然の力を使わせてもらうことで、人間はデメリットなしに『魔法』を連発できる。それが『結界』だよ。」
「ああ。分かった。」
「そして、これが究極のデメリットなんだけど。」
「なんだ。」
エレナが周りを確認する。
誰も居ないことを確認して、
「よし。いっか。」
仮面を外した。
別になんてことのない顔だ。
これがどうしたというのか。
「これがデメリット。」
「???」
俺の頭の回転が足りていないのだろうか。
それとも、察しが悪いのだろうか。
ちっとも分かりやしない。
「……何が言いたい?」
「ノアには分からないよ。多分だけど。試しに店員さんを呼んでみて。」
「?ああ。分かった。」
店員を呼ぶ。
これで何が分かるというのだろう。
「はい。ご注文ですか?」
「いや、こいつの顔を見ろ。」
「は、はぁ……」
到着した店員は戸惑いながら、エレナの顔を見る。
何も起こらない。と思った瞬間のことだった。
「う、うわああああああああ」
店員が腰を抜かして、その場に倒れ込む。
そして、ジタバタと手足を必死に動かして、地面を擦りながら逃げていく。
その光景をただ見ていた。
これがこいつの言いたいことらしい。
「ね。分かった?」
「ああ。なんとなくな。」
人に嫌われる?いや、畏怖や憎悪と言った感情を持たせてしまうというのだろうか。
なんと表現すれば良いのか分からないが、大体合っている気がする。
エレナは仮面を付けずに話す。
「私は、あらゆる生物から敵対される呪いを受けた。これが、『結界』における最大のデメリット。」
「私は?」
「うん。人によってデメリットは違うらしい。私のは、顔を見られなければ発動しないし、元々仮面をつけていたから問題ないんだけどね。でも、他人からあんな風に恐怖されたり、酷いときは攻撃されたりするからね。意外にも厄介なんだよ。」
「……」
俺はなんともない。
別に怖くないし、攻撃したいとも思わない。
これの差はなんだろうか。
「俺は?」
「そこだよ。」
人差し指を俺に向ける。
良い質問だ。と言わんばかりの人差し指だ。
「どうしてノアは関係ないのか。それを私は知りたい。私はいろんな人で試したけど、ノアが初めてだよ。だから、君を相棒に選んだ。」
「そうか。」
だから初仕事で、名乗った際に仮面を外したのか。
テストと言ったのは、戦闘面での話ではなくこの呪いが利くのかどうかを確認していたのか。
「大体わかった。どうして、今になって話した。」
正直声に出したくなかった質問だ。
俺は、また一人になるのかとどこかで怯えているから。
エレナのこの能天気な会話が無くなるのが、たまらなく怖い。どうして、そう思うのかは分からないが、俺にはなぜかとて恐ろしいものに感じる。
「単純に今回の件を謝罪したいからだよ。それと、もしノアが今回の件で私にうんざりしてどこかへ行ってしまいそうになっても、同情してくれるかなって思っただけ。」
「同情?」
「うん。君が私から離れないように。言ってしまえば、最後の保険かな。もっと言えば、私には君が必要だと理解してほしかったから。」
「……」
「今回の件で私が君にしたことは許してもらえないだろうけど、どうかまだ一緒に居て欲しい。もし、同情してくれるのなら情けでも良い。仕事なんてしなくても良いから、まだ近くに居てくれない?」
俺は立ち上がる。
なぜか、そうするのが適切だと思った。
エレナの真顔。
真顔と言うよりは、恐怖を抱いている。
仮面を外したことにより、その感情が鮮明に読み取れる。
ふざけが一切ない、その純粋なお願い。懇願と言ってもいいだろう。
「お……いや、エレナ。」
「!?」
「エレナがどう思っているのか知ったことではない。何を抱えているのか知ったとこで俺には同情できるほどの心が無いのかもしれない。」
「……」
「でも、一つだけ言える。」
「……」
「ベッドは別だ。二度と抱き枕なんてしない。」
「!」
「帰るぞ。眠い。」
「うん!!!」
街が活気づく少し前。
まだ、人間が暖かさを空間へ提供する少し前。
二人の人間が肩で風を切って歩く。
一人は剣を。
もう一人は仮面を。
二人は何かを抱えている。
それも、誰にも理解されないような歪んだ何かを。
でも、お互いはそれを知らない。
二人はそれでも、同じ部屋へと帰っていく。
それが、傷を分かちあった友情とでも、愛情とでも言える絆の形であるゆえに。




