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第三百十一話

「第三百十一話」


・ガイア視点


 机の上に置かれたのは透き通ったスープ。

 具材が溶けるほど煮込んだらしく、長時間かけて作られたことが分かる。

 器には取っ手が両サイドについており、わざとらしくスプーンも新たに置かれた。


「どうしたと言うのかね。毒なんぞ入っていないただのスープだ。スープと言う名称がうさん臭くて嫌いと言うのなら汁物とでも言おうか?」


 硬直したわたしを見て揶揄うようにそういった。


「いや……問題ない。スープで結構だ。」

「そうか。まだ、コースは終わっていない。」

「お仕置きコースの話かな?」

「どう受け取るかは貴様次第だ。これを罰と取るのか、それとも食と取るのか。」

「後者だッ!!」


 スプーンを手に取り、器を持ち上げて米を掻っ込むように、器に口を付けてスプーンで中をほじくるように掻き込んだ。

 熱いスープは喉を焦がしながら胃袋へと直進していく。


「っ……!!」


 舌を火傷し、体が震えるほどに体が熱くなっていく。

 一気に飲み干すと器を机に戻した。


 味なんか分からない。しかし、世間一般で言うところの下品をミーノはやって見せた。それが正解ならば、これでダメージは……


「がはっ……!?」


 吐血する。

 ポタポタと血が唇から垂れ、それが喉の奥から押し寄せる血液であると判断できた。

 口の中を傷つけたわけじゃない。恐れていた、内側の臓器の何かしらを攻撃されたのだ。


「分かっていないな。」

「あ……!?」

「マナーの何たるかを理解できていない。」

「………」


 ミーノは優雅にスプーンでスープを掬い取ると、吹くことなく口に運んだ。


「うん。旨い。」

「何が……分かっていないって……?」

「すべてだよ。」


 ミーノはスプーンの柄で自身の頭を突っつきながら


「教科書通りの行動なんぞ、誰にでもできる。言ってしまえば、芸を教え込まれた猿でもできる。しかし、真の気遣いや礼儀、作法は人間にしかできない。どうしてだと思う?」

「……理解できていないからだ。」

「ほう?」

「その行為に意味があると理解できていないからだ。」

「その通りだとも言えるだろう。しかし、実際は違う。」

「なに……?」

「凄んでも無駄だ。その答えこそ貴様に、今この瞬間足りていないすべてなのだから。」

「ちっ……」


 舐めやがって……だが、これではっきりした。

 ちょっとやそっと適当に真似をしたからと言って攻略できるタイプじゃない。

 そして、こいつは今!!ここで決着をつけるべき人材であると!!


「狩ってやる……!!誰が紳士なのかを叩きつけられるのはお前の方だぜッ!!」

「なるほど、食事中でありながら餓えた獣であると言うことか。面白い……では、見せてもらおうか。貴様の紳士としてのマナーをッ!!」


「「次の料理を寄越せ!!!」」


 魚料理……揚げ物か。


「大口を叩いたんだ。先行は譲ろうではないか。光栄だろう?ムッシュ。」

「ああ。当然だ。ネズミの様に下品な様を見せられた後では料理もまずくなる。」


 考えろ……考えるんだ。

 こいつとわたしは何が違う……食べ方の問題ではないのは分かっている。マナーとは何たるか。何が礼儀たらしめるのか。

 この哲学的とも言える答えをこの場に出さなくてはならない。

 これ以上のダメージは避けたい。いや、避けなくてはならない。


 ニタニタと笑うミーノは、自分を殺す気でいる。

 コース料理を作法に乗っ取り完食しなくては、絶命するんだろう。


 何が……あ。


ナイフとフォークを机の上に置いた。


「どうした?」

「辞めだ。」

「何を辞めると言うのかね。」

「こいつで食うのをさ。」

「……ほう?」

「箸を持ってこい。」


 看護師もといウエイターに注文するとすぐに持ってきてくれた。


「実はナイフやフォークと言った類は慣れなくてね。この方がしっくりくる。」


 箸で魚を割り、ほぐれた身を丁寧に口へと運んだ。

 味わい、そして飲み込んだ。


「うまい……こんなにもおいしいものだったんだな。」


 体の奥がじんわりと暖かくなり、気だるい感じもなくなった。

 口の中の血の味は消え、小指が復活する。歯も戻っていることだろう。


「……分かったのか。」

「ああ。芸を教え込まれた猿と何が違うのか。それは細かな所作ではない。本当の意味で感謝し、尊敬しているか。気持ちの持ちようだったんだ。わたしは感謝する。料理を提供したウエイターに、作った料理人に、獲ってくれた漁師に。」

「なるほど、それが貴様のマナーか。だが……これはマナーの押し付け合い。いわば戦争なのだ。ここからマナーは激化する。貴様は人に感謝した。吾輩は食材に感謝する。この違いが今の貴様には分かるだろう?」

「当然。」

「では、本当の『食事』を始めようか。」


 ミーノはナイフとフォークを後ろへ投げ捨てて、魚を手に掴んだ。

 それと同時にわたしも箸で魚を掴む。


「乾杯するかね?」

「わたしは紳士としか乾杯しない。」

「恐縮だよ。」


「「乾杯。」」


 一口飲み込むと、初めて母親と眠ったような安心感と温もりが胸を締め付けた。それと同時に脇腹に弾痕ができる。

 それはミーノも一緒だった。

 血を吹き出し、皿に乗ったソースと見分けがつかなくなる。


 それでも、食事を続けた。

 食べれば食べるだけ、風穴があいていく。ほら、また一つ。もう一つ。

 食事を辞めず、完食へと突き進んだ。

 床のカーペットが汚れ、椅子から血が垂れていく。

 ウエイターは何もしない。まさに、この状況こそがミーノの望んだ光景であるかのように。


 皿を平らげると、間髪入れずに肉料理が机に乗せられる。


「はぁ……はぁ……次は……ソルベじゃないのか?」

「っ……くっ……醒めない内にいただこう。我々のマナーがッ!!」


 両者同時に肉を頬張った。

 すると、脚が飛んでいく。左足が彼方へと飛んで行った。軸足が無くなったことで、姿勢が崩れ前傾姿勢になった。


「っ!?」


 箸を投げ捨てて、強引に肉を口へと運ぶ。

 次に左腕が無くなり、腹に切り傷ができて臓器があふれ出る。


 野性味あふれるその味はまさに真の生肉の様にも感じられた。


「くっ………や……るじゃないか……」

「お前……だって……」


 肩で呼吸をするのがやっとだった。

 机が傾き、壊れていく。

 配膳車が目の前に来ると、プリンが出てきた。


「さいごの……りょうりだ……何を託す!!!」

「わたしは敬愛する!!!ミーノ!!お前のすべてを!!!」


 プリンを一口で完食すると、体の欠損部が回復し、両足で立ち上がる。


「実に見事な料理だった。」

「……ごうかく……だ……」


 ミーノは体を支えきれなくなり、椅子から転げ落ち床で眠った。


 担架を持ったウエイターがミーノを乗せ、奥の部屋へと連れていく。

 終始敬礼をして、ミーノを見送った。


「ガイア様。」

「?」

「お出口はこちらです。」


 わたしの配膳係が扉を開け、外へと出してくれる。


「君らは戦わないのか。」

「はい。これが我々のマナーにございます。」

「立派な医務室だった。」


 元の冷たい廊下に戻され、わたしは歩いていく。


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