第三百十話
「第三百十話」
・ガイア視点
勧められるがままに椅子に座った。
何の変哲もないただの椅子だ。長時間座れば当然体に支障をきたすであろうただの椅子。
括りつけられているわけでもないのに、嫌な圧迫感が張り詰める。
「まずは正しいと形容させてもらおうか。」
「正しい……?」
「更に正確に、端的に言うと礼儀正しいと言うべきか。」
「あ、ああ……?」
なぞなぞだろうか。言っている意味が良く分からない。
「食事は紳士と淑女によるスポーツだと思ったことがあるだろう?」
「……?」
「故に、得点や失点。ルール違反が当然のように存在する。貴様は武器を仕舞い、吾輩に礼儀を見せた。食事シーンにおいて、他者を攻撃する物質は不要であるというのが、ここでの共通認識であると互いに理解を示したわけだ。」
なるほど……『食事』と言うには名ばかりで、単に互いの常識をぶつけ合う儀式のようなものか。
この場において、下手に攻撃をして傷つけることはご法度。
そして、こいつを戦闘不能にするにはこのルール下で勝たなくてはならない。
「吾輩はミーノ。貴様の名前を聞いておこうか。」
「……ガイア。」
「そうか。では、始めようか。ガイア。マナーについての正確な共通認識を紡ごうではないか。」
ミーノが指を鳴らすと、後ろの扉が開き二人の男が入って来る。
白い割烹着に、コック帽。配膳車に乗せられたクロッシュ。
配膳車が互いの後ろまで来ると、クロッシュが目の前に置かれる。
開かれるとそこにはオードブルだろうか、テリーヌが置かれる。
それと同時に、丁寧に机の上にフォークやらスプーンやらが置かれ始める。
「さて、君はどう食す?」
「食べ方で作法を見定めるわけか。」
「そうだ。言葉遣いで性格や育ちが分かるとか嘘っぱちを抜かす奴も居るが、それは全く持ってけしからん言い分だ。人間の本性は食事の作法に現れる。どのように暮らしてきたのか。誰に育てられたのか。愛情を知っているのか。教養はあるのか。そのすべてが今から試される。」
正解か……実はコースが出されるような店に行ったことはないんだよなぁ。
何が正しいのか知ったこっちゃないが……良いだろう!!
「やってやるよ。」
ナイフを右手に、フォークを左手に持ち、テリーヌを一口大に切り、フォークで口へと運んだ。
どうだ……?
正しいと言わないまでも、下品ではないだろう?
すると目の端で机の下に何かが落ちるのが見えた。
「?」
ミーノから視線を外し、落ちた物を見ると
「なっ!?」
それは指だった。
人間の指。それも新しい。血が垂れ、まるで今ここで斬り落とされたみたいに……
違う!!
自分の手を見た。
すると左手の小指が無くなっており、血を垂らしてテーブルを汚していた。
「どうした。動揺しているぞ。」
な、何をされた!?
攻撃のモーションは見えなかった。いや、こいつは動いてすらいなかった。
後ろに立っているこいつか!?
い、いや……音がまったくしなかったし、第一刃物を持ってねぇ。
これか……?これがこいつの『結界』か?
間違えれば、失点する……得点版はわたしの体ってことか……!?
何かマナーと言うか……こいつの機嫌を損ねる何かをしたのなら、わたしの体が欠損していく。そういう『結界』なのか!?
「吾輩の大好物でな。こいつは。」
ミーノは皿を大きく持ち上げ、自分の顔の前まで持っていくと、香りを楽しむのかと思ったら、犬のように食らいついた。
「な……なに!?」
むしゃむしゃとがっつくミーノを見て、下品だと簡単に卑下することが正しいとは思えない。
むしろ、ここから答えを導き出さなければならないのだ。
「うん。旨い。」
口の周りにソースをべったりと付けて、光悦な表情を浮かべる。
まるで砂漠に取り残された男が一か月ぶりに飯を食うような豪快さがあった。葛藤や迷いのないその所作はマナーとか以前に、人の欲望に忠実な様を彷彿とさせる。
「食べないのか。」
更に半分以上残った料理を指した。
「食べるさ。待ちな。」
フォークとナイフを机に置いてテリーヌを手で掴む。
それを一口に頬張った。
口に付いたソースを右手の甲で拭い、咀嚼する。
どうだ……?
何か……体の変化……!?
口の中に違和感を覚えた。
それはテリーヌの食感ではない堅いものだった。
急いで口の中に指を突っ込み、それを取り出すと、歯だった。
前歯が一本抜け落ちたのだ。
「っ……!?」
「どうかしたのか?顔色が悪いぞ。」
こいつ……飄々と……
いっそのことやっちまうか?
『死神』で三人を戦闘不能にすることは簡単だ。それも一振りで出来る。
しかし、恐らくではあるのだが、この失点にはルールがある気がする。
言ってしまえば、これは死因に繋がりにくい軽傷と言える。つまり、それほど大きなマナー違反を犯してはいないということではなかろうか。
逆に言えば、ここで大暴れするなどと言う大幅なマナー違反を犯せば指や歯などでは済まない可能性がある。
臓器の破損。もしくは四肢の分解。
このどちらかをされたのなら今後の活動に支障をきたす。
下手に動くことは死を招くな。
「完食か。では、次の料理だ。」
攻略する他ないのか。
次はスープ。向こうの出方を見てから飲む。これは絶対条件だ。
常識的に言えば、スプーンを使うに決まってる。それに、スープの飲み方ならドランが教えてくれた。
口で冷ますことなく、スープの上澄みをスプーンに三分の二ほど乗せて口に運ぶ。
器に口を付けることはご法度だ。しかし、こいつの言うマナーがそうでない可能性がある。いや、そうなんだろう。
間違いなく、何かしらのルールが存在する。
それを特定するまでは、ダメージ覚悟で実験をするしかない。
考え事をしている中で、ミーノが薄っすら笑ったことに気が付かなかった。




