第三百五話
「第三百五話」
・『万能』視点
「如何でしょうか。」
紅茶の入ったカップを心配そうに見つめるセバスチャンを横目に一口。
『うん。悪くない。いや?素晴らしいと思うよ。』
「それは大変良かった。」
朝十時頃の空気は肺に適した温度で、目の前に広がる森林は保養に丁度良かった。
椅子に任せた体重は、腰を据えるのに完璧であると言える。職人と言うのにも興味が出た瞬間だった。
『昼食は何かな。』
「はい。刺身でございます。」
『楽しみだ。』
齢五十歳。セバスチャン・ノース。未婚であると公言しているが、本人も知らないところに子供が一人。男の子だ。
年齢は二十五歳。昔遊んだ女が孕んだことに気が付かないボンクラではあるが、なかなかに使える執事だ。
自身の髭を気に入っている風に見せて、本人は剃りたがっている。しかし、それを気取らせない。ノース家は代々王家の周辺を支えてきた。その一端である彼はまさに完璧だと言えるだろう。
感情の一つも見せない所作に敬礼でもしようかと思うほどに。
『なるほど。これが尊敬とでもいうのかな。』
「……?」
『なんでもないさ。そんなことよりも甘いものが食べたいな。』
「コック長に申し付けております。昼食のデザートにご賞味いただけると思います。」
『流石だね。汲み取ってくれるとは。』
カップを再度持ち上げ、口に近づけた。
紅茶を飲み、空になったカップを持ち上げると、セバスチャンが淹れてくれる。
湯気の出るカップを目の前まで持って行き、香りと見た目を楽しんだ。
『座りなよ。』
「失礼します。」
小さな円卓には椅子が一つしかないため、セバスチャンは椅子を室内から持ってきて、僕の対面に置いた。
重心のブレない座り方で、いつでも立てるよう足に力を込め腰を浮かせて座る。
警戒を解かないその姿勢はまさにプロだと言えるだろう。
『昨晩の相手、クビにしておいて。』
「かしこまりました。」
『痛くてさ。下手をよこさないでおくれよ。』
「とんだ失礼を。」
『君が相手して、満足した子だけ連れてくるってのも良いけどね。』
「これはご冗談を。わたくしは男児でありますので。」
『いやいや、マジな話さ。人間は命令に忠実なもの。もしもの話だよ?僕が君に命令したとする。そうすると君はどうするべきなのかな。』
「遂行いたします。どんなお話であれ。」
『即答か。君らしいね。』
セバスチャンも紅茶を注ぎ、香りを楽しんだ。次に、口に運ぶ。
その所作を見ながら、少しばかりの興味に駆られる。
『周りには誰も居ないね。』
「分かるのですか?」
『ああ。断言してあげても良い。今、ここは三階なわけだけれど、ここのフロアには誰も居ない。ネズミやゴキブリを除いてね。』
「なぜ、そんな話を?」
『鈍いな。いつも端的に正確に鋭利に答えをたたき出す君らしくない。恐怖?これは違うか。納得と言うべきかな。君はこ状況下で「うん、なるほど」と事態を把握し、納得しているわけさ。』
「ご所望とあらば話しましょう。」
『さて、どうぞ。』
「王家の人間はどこに行ったのか。」
『うん。悪くない。』
ここへ来た時にほぼ全員に暗示をかけた。
この『万能』こそがヴァルモンド家の人間であると。それと同時に、本来の王家であるヴァルモンド家全員を彼方にやった。帰ってくることは決してない。
誰もが僕のことを王族だと勘違いを信じ切っているが、少々の興味があったために、目の前の男。セバスチャン・ノースにだけは暗示をかけなかった。
『僕がここへ来て数日。僕と二人っきりのタイミングは何度もあった。それなのに、僕がこうして話を振らないと切り出さなかったのはどうしてかな。』
「興味と言うべきでしょうか。それとも関心と呼ぶべきでしょうか。その狭間とでも形容するべきなのでしょうが、無かったんです。それらすべてが。」
『なるほど。君は、言うならば王冠を被ってさえいれば誰の犬にでもなると?』
「そうわざとらしく侮辱的な言葉を投げかけられれば首肯するのが難しいですが、つまるところあなたが魅かれたのは、王族だから誰もが頭を垂れるのか。それとも、王冠に誰もが従っているのか。これが知りたかったのですね。」
『そうだよ。側近である君の口から言葉を聞けば納得の一つでもできるかと思ってね。心を読み取れると言っても、その口から、かみ砕いた発音から真意ってやつを聞きたいのさ。』
「良いでしょう。結論を述べるとわたくしは王冠に従います。つまりは、誰で、何者であろうともその玉座に座り、踏ん反り返り、人民を見下す者こそが我が主であると言えるでしょう。」
『それはなぜかな。そうだな……もっとこう……挑発的に言うと、そこらに盗賊とかが居たとするだろう。彼らが謀反をしたとする。すると、国は武力によって傾き、その首領つまりは大犯罪者が王冠を被ることになる。そうなったとしても君は従うのか。』
「ええ。それが民衆の総意でしたら。」
『………』
顎に手を当てる。
そうか。第三者が王冠に価値を見出せば誰であろうと王になり、支配者として君臨し、手を挙げるだけで人を殺せる。
『では、質問を変えようかな。』
「どうぞ。」
『あまり驚かないでほしいんだけれど。』
拳銃を生み出し、セバスチャンの前に置いた。
『これは本物の銃だ。タネも仕掛けもない。ただの鉄の塊さ。』
セバスチャンは銃を手に取り、弾丸の数を確認し、本物であることを確認した。
「ええ。本物ですね。あまり経験はありませんがある程度は扱える自信があります。」
『それは良かった。大変に都合が良い。』
「それで。何を狙えば?」
『自分の頭さ。』
「そうですか。」
バァン!
セバスチャンは躊躇うことなく、自分の頭を打ちぬいた。
銃声を殺したから誰も気づかず、誰も来ることはないだろう。
もしかすると、この『万能』が生き返らせてくれると思っての行動だったのかもしれない。
それとも、主の命令に忠実な彼なりの恩義だったのかもしれない。
目の前に転がった死体の温もりに不可解な気持ちのざわめきを感じた。
瞬間的過ぎて心の機微を読み取ることができなかった。
『やはり………君は興味深いな。』
自分の顔がニヤついているのが分かる。それは道楽的な、下卑た嗤いではなく、新たな発見をした学者のような、可能性をこの目に見た母親のような若干の希望めいた笑いだった。
『今の僕ならケイルやイザルナ・アルトリアの短絡的で幼稚な正義感が理解できるのかもしれない。いや、知りたいと思えるかもしれない。』
席を立ち、棚に置いてあるワインをラッパ飲みする。
酔いを知らないこの体はただの水と遜色ない液体を飲み込んでいく。
ブドウの渋みとアルコールの苦みが喉を通過すると、独特の熱が胸に帯びた。
受話器を取り、コールすると、執事たちの休憩所に繋がった。
「如何いたしましたか?」
良く聞く青年の声に、次の標的を決めた。
『セバスチャンが自殺した。処理を頼むよ。』
「はぇ?」
ガチャリと電話を切ると、残りのワインも飲み干した。




