第三百一話
「第三百一話」
・ガイア視点
「よし。これで寒くない。」
すっかり吹雪も止み、快晴となった日中は暖かいとは言えないまでも、凍てつく風はなくなっていた。
ノアにマフラーを巻いて、宿を飛び出した。
脱力しきったノアの手を引いて、目的地まで歩いていく。
「急いでいるけど、少し寄り道して行ってもいいかな。」
「………」
「ありがとう。」
馬車を手に入れなくてはならないが、使命を放っておくわけにはいかない。
街を出て、しばらく歩くと、廃村へとたどり着く。
かつて栄え、人々が住んで居たであろうその村は、家屋が腐り、人が住めないほどに、異臭を漂わせる。
動物の住処になっているのだ。
「っ……」
無言であったノアが反応を示す。
やはりか。
「かつて……人が住んでいた場所だよ。見れば分かるだろうけれどね。」
「………」
その廃村の中心に作った墓の前に立つ。
自分で作ったので、言いたい放題だが、下手くそな墓だった。
名前を管理人に聞いて、石に彫った。
「………父さん」
初めてだろうか。彼の声を聴いたのは。
しかし、その声は泣きそうなほど棒読みで、心が籠っているほど震えていた。
「これがわたしの仕事でね。非難しているわけじゃないんだ。『権限』使用者によって殺されてしまった魂たちの解放。彼らが遺恨なくあの世で謳歌できるように、現世での役割を終わらせてあげる。」
「………なんでだ。」
「人には役割がある。殺す者。生かす者。生きるもの。死ぬもの。料理を作る者。食べる者。わたしの『権限』は『死神』だ。殺すことが役割じゃない。死者を労い、携わることこそがわたしの役割だ。」
「………」
「君の役割は何かな。」
「………分からない。」
「そうか。それでもいいんじゃないだろうか。それとも、自分には何ができるか、何をするべきか。答えが知りたいのかな。」
「………分かるのか。」
「案外第三者にしか分からないことがあるものだよ。その人物がかっこいいだとかかわいいだとか、強いだとか弱いだとか。」
「………」
「わたしには君の役割が分かる。薄情だというかな、それでもそれを口にしない。役割は自分で決めるべきものだから。他者に強制された、いわば紙の上の氏名のような、目的は君の役割じゃない。そんなのは仕事だと言うんだよ。誰にでもできる、いわば、君だけの事柄じゃない。」
「………」
「管理人は君に、『万能』を倒してほしいと思っている。それは君も聞いたよね。そして、心のどこかでは君だって、彼女との再会を望んでいる。それでも踏ん切りがつかないんじゃないのかな。」
「………エレナは……」
「結論を急がなくていい。変な言い方で申し訳ないけど、わたしはどちらの味方でもある。管理人の駒であり、君の良き理解者でありたいとね。君が何を選ぼうと、わたしは肯定しよう。だから、ゆっくりと悩むと良い。」
「………」
「それが人間だよ。」
墓を綺麗にして、立ち尽くすノアを引っ張って、街へと向かう。
あの墓に入っている者が誰に殺されたのか、わたしは知らない。
いつも管理人が押し付けるのは、原因不明で亡くなった死体だけ。それを隠すように、地面に埋めるだけ。
青くなった顔しか知らないわたしは彼らに本当の意味で寄り添うことができていない。
彼の心に張り付いた氷のような薄い膜はいつ溶けるだろうか。いや、溶けないのだろう。壊すことも無いんだろう。それでも、彼は立ち上がるのだろう。
わたしと違って彼は人間に最も近い役柄なのだから。
「羨ましいよ。」
夕方になるころ、街へと到着する。
【フロストホロウ】で、最も栄えていないであろう貧困者のたまり場。いわば、スラム街のようなこの場所は、どの貴族も近寄りたがらない“ハクレイ”と名づけられた。
「馬車を見つけることはできないだろうけど、寒さを凌ぐ程度なら十分さ。どこかお邪魔しようか。」
異臭が漂うだけでなく、道に剣や槍や、酒瓶やドラックや、死体や物乞いが居座っている。
モラルのない街。いや、たまり場は好んで旅人が来るような場所ではなかった。
もし、潔癖症の誰かがここへ足を踏み入れたのなら、嘔吐し、軽蔑し、手を差し伸べるかもしれない。正義に溢れ、未知を探求し、己が被害を被るとしても、子供だけだったとしても救済し、導くだろう。
しかし、すべてに見放された人々は、そんな希望を捨てここへ集まった。
動物が集まって暖を取るように、彼らは集まって自己を救済しているのだ。
下は下を見下して、安心感に酔いしれる。
それが正しくないと分かっていながらも。
「案外わたしには知り合いが多くてね。勘違いしないで欲しいんだけれど、ただ、ノアさんに自慢したいわけじゃないんだ。ただの知人の家があると紹介したくてね。」
「………はやくしろよ。」
「!?」
ノアはようやっと返事をするみたいに、声を細めながらも対応してくれた。
顔は見えない。フードを深くかぶらせたし、何よりここで気分を害したのなら、彼は一生口を聞いてくれないだろう。
「こっちだよ。」
「………ああ。」
知らない一面を初めて見た。
それは氷柱のように鋭く、春のように冷たい彼の一面だった。




