第三話
「第三話」
すでに大勢に囲まれている。
広かった客間が狭く感じられるほどに。
妙に張り詰めた空気が深刻さを物語っている。
「ノア。」
「何?」
「君の仕事はなんだっけ?」
「お前の護衛だ。」
「お前じゃなくて、エレナね。」
仮面を外したことで表情が分かる。
顔の筋肉が活発に動き、表情がしゃべっているようだ。
その表情はピンチを示してはいなかった。
この状況でも笑っていられるとは、どれほどの場数を踏んできたのだろうか。
「私のピンチの際にはどうすれば良いと思う?」
「助けりゃいいんだろ。」
「ご名答!この場合だと、「助けて!!」って叫んだ方が魅力的かな?」
なんでこいつはこんなにものんきなんだ。
ここで殺されてもおかしくないくらいの状況だぞ。
「あれ?突っ込まないの?」
「黙れ。」
「もう!乱暴ね。」
「護衛対象に動かれると面倒だ。」
「はいはい。」
バルドルがうんざりそうに、声を上げる。
その顔を見ると、焦りと怒りが混合したような、ただの小娘と少年に向ける者ではないような顔色だ。
こけにされていることを理解した彼は、顔を真っ赤に変色させている。
「お話は済んだかな?」
「うん。もういいよ。」
「では、野郎ども!!殺せ!!!」
「なんで狙われる?」
「私、賞金首だから。」
「あ、そう。」
「まぁ。そっけない。」
剣を抜くと同時に目の前を走ってきた二人を殺す。
今、交わしただけで分かった。
素人だ。酷いくらいに。
これに手こずるのは恥ずかしいな。
根性のみの剣捌き。当たる方が難しい。
一人目を避けて、二人目を避けて、三人目を避けて、
五人に囲まれたところで大振りをして、彼らの腹の臓物を飛び散らせる。
即死だな。
この程度の攻撃にも対応できないとは、その辺の不良でも雇ったのか。
逆に心配してあげたくなる。
「ノア。バルドルは残してね。」
背後から注文が入った。
雇用主からの命令なので、仕方がない。
そういうエレナは椅子に座ったままこちらをニヤニヤと眺めている。
こいつに戦闘能力はあるのだろうか。
こいつはこいつで心配になる。
そこに居合わせたおよそ15人。
息が上がることなく終わらせた。
体に返り血がべっとりついている。
俺の一張羅が台無しだ。
普段から使っているため、元々綺麗とは言い難い代物ではあるが。
「うわぁ…汚れたね~。後で、洗ってあげるよ。」
「バルドルはどうした?」
「今頃逃げる準備でもしてるんじゃない?」
「追いかけなくていいのか?」
「うーん。もう少しかな。」
「そう。」
適当な布を拾い、剣についた血を拭く。
きれいになった剣を鞘へと納め、椅子に座る。
「よし、行こう。」
「……」
座った瞬間を狙ったのかと思うくらいに、ちょうどだった。
少しイラつくが従うしかない。
エレナが歩いて行ったところにバルドルは居た。
扉をあけようと必死だったらしい。
こちらに気が付くと、怯えるように腰を抜かした。
「バルドルさん。本日の品物は届きませんでしたが、手数料くらいはいただきますね。」
エレナはバルドルが落とした袋を俺に持たせて、その場を立ち去ろうとする。
「お、お前!何、様のつもり、だ!」
「そんなに片言に話さないでください。聞き取りづらいです。」
「お前、の、う、噂はよく聞くぞ!」
「そうですか。有名人になれてうれしいです。」
「お、お前の、こ、こきょうの、、」
「ノア。」
エレナの背中越しに会話する。
今までに聞いたことのない声色。
俺が感じたことのない恐怖。
エレナの顔が見れないくらいに怯えている。
「殺して。」
「あ、ああ。」
剣を振りぬく。
バルドルが最期まで何かをしゃべっていたが、関係ない。
それに震えて何を話しているか分からなかったし。
せっかく拭いた剣が汚れてしまった。
これは大問題だ。
「よし!一仕事終了!!」
先ほどの殺気が嘘のようにエレナは笑顔を見せる。
故郷とか言ってたか?
まぁ、今のご時世で故郷なんて関係ないか。
エレナはお金が入っているであろう袋を嬉しそうに抱えている。
店を出る前に、仮面をつけなおしていた。
そんなに素顔を見られたくないのだろうか。
さっき懸賞首って言っていたしな。
店を出て、通りを歩いていく。
「さぁ。お腹空いたでしょ?帰りに何か食べようよ。」
「この辺は嫌だ。」
「どうして?」
「店ごとに面倒事がありそうだからだ。」
「もー。私はそんなに野蛮な種族じゃないよ!」
「どうだかな。」
「もう!あ、待って!ノア!」
帰り道ではもう雨は止んでいた。
雲の隙間から覗いている太陽が、地面へと光を渡し、大気を温める。
雨によって冷やされた空気が、だんだんと暖かみを帯びていく。
この感覚はいつまでも好きでいられる。