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第二百九十九話

「第二百九十九話」


・ガイア視点


 暖炉がまだ燃え切っていない小屋の中。

 一人のある意味、生まれたての少年を毛布でくるめた。

 その目は絶望しきって、もう生きる気力すらないのではないかと思ってしまうほどに、枯れ葉のような人物だった。


「スープを作ってあるから、飲む?」

「………」

「仕方ない。お兄さんがあーんしてあげよう。」


 半ば冗談であったが、ノアは拒絶することなくスプーンに乗ったスープを受け入れた。

 食欲はあるようだった。

 皿に盛りつけられたスープを完食するくらいには、元気なようだった。


 当然なのかもしれない。体は、言い方こそ変だが、新品である。故に、作った段階で不足している栄養素を体は摂取しようと必死なのだろう。

 しかし、本人の、いわば中身とでも言えるものが生きることを否定している。


 どんな言葉が効くのだろう。

 どうすれば、彼はもう一度活力を得るのだろう。

 この際、目的や管理人の思惑と言った外的要因はどうでも良いだろう。これは、本人だけの問題なのだから。


「どうだろうか。動けるかな?ノアさん。」

「………」

「少し寒いだろうが、今日中に少し大きな都市に行っておきたい。山を下るだけでもしておかないと、凍死してしまうし、アキさんやシヴァさんに間に合わないかもしれないからね。」

「………」

「ごめんね。少し着替えをさせてもらうよ。」


 体にくるめられた毛布をゆっくりと剥がし、その傷やしわのない体をはだけさせる。


 一応買っておいた子供用の服を着せ、何とか極寒の山でも動ける程度の装備にさせた。


「夕方には山を下れると思うよ。だからね、ちょっとだけ頑張ろうか。」

「………」

「ゆっくり行こうか。」


 暖炉の火を消し、荷物をすべて持って、ノアの手を引きながら外に出た。

 視界が悪く、十分な厚着をしているというのに体温がみるみる失われていく。

 ノアの手を離さないように、ぎゅっと強く握りしめ、どうにか雪で悪い足場を歩いた。


 【フロストホロウ】の大寒波。滅多に起こらないその現象は、道行くすべての人物たちを惑わせる。

 どこから来て、どこへ行くのか。たまに休んでも良いだろう。しかし、一時の甘えが命取りになる。すべてを忘れ、役割を忘れ、名前を忘れ、体まで忘れてしまったのなら、寒波はすべてを持ち去っていく。

 雪を積もらせ、底に埋めてしまう。春になるとそれが溶けてようやっと思い出す。

 自分が何者であるのかを。


「あと少しだ。まだ、歩ける?」

「………」

「強い子だ。」


 街の明かりが見えて、それが星のように反射する。

 何とか夜になる前に到着することが出来たらしい。

 いつも世話になっている宿へ向かう。


「亭主が良い人なんだ。」

「………」

「料理はまずいが、暖かい。今日はそこで一泊して、明日の朝にでも出ようか。」

「………」

「なあに気にしなくても良い。お金なら持ってる。」


 戸を叩く。

 風の音で人間が叩いているのか分からないだろうが、気づいてくれるだろう。


「はい!いらっしゃい!」

「久しぶり。」


 少女のお出迎え。

 主人の一人娘らしい。名前は、ハナ。元気いっぱいに客をもてなす、看板娘だな。


「一泊しても良いかな?」

「うん!パパ呼んでくる!」

「うん。ありがとう。その前に入れてくれる?」


 流石に外は寒いので、受付で休ませてもらった。


「懐かしい顔だ。」

「久しいね。ドラン。」

「毎日泊まってくれんと、儲からんだろ。」

「悪いね。ここの料理を食べると病みそうで。」

「うるさい。一泊か。」

「うん。頼むよ。二人居るが、一部屋で構わないよ。彼は……旅で疲れてしまってね。一人だと何をし始めるか分からないのさ。」

「複雑だな。名前は?」

「ノア。古い友人の知人だ。」

「ノア?聞き覚えのある名前だ。」

「へぇ?そうだ、彼の出身は【フロストホロウ】だったか。」

「……どこだ。」

「え?……うーん……そうだ。確かこの辺りじゃなかったかな。」

「………いや、気のせいか。顔が全然違うもんな。それにあいつはこんな優しい雰囲気じゃなかった。」

「あら、ノアさんと知り合い?」

「すまん、別人だ。ほら鍵だ。」

「これはどうも。そんなことより。」

「ああ。夕食はキノコのバター炒めだ。」

「うわぁ……」

「おい。俺が丹精込めて開発した逸品だぞ。」

「いや、どこでも食べられるよ。それ。」

「何が不満なんだ。」

「いや……はっきりと言うけれど、君の炒め物はもう少し油の量を減らした方が良い。前から思っていたけど、まさかとは思うけれど、バターを入れるのに、油を引いているわけじゃないよね。」

「何言ってる。炒めるんだから油を引くだろ。」

「……終わった。」

「なに!?」

「良いかい!君の魂胆は分かってる。油攻めして、僕の胃袋を破壊した後に、トイレから出てこれなくなったのを見計らって、もう一泊させてやろうかと悪魔の囁きをすることだ。もう、あの手には引っかからない!」

「なんだよ。一回やっただけだろ。」

「二回。」

「悪かった。」

「ウルトラレアの肉とか言って、僕にカチコチの肉を提供したこともあったね。」

「………」

「挙句の果てには、水の素揚げとかもはや呪文の、悪魔のセリフを吐いたことさえあったよね。」

「分かった。何が食いたいんだ。」

「なんでそっちが不貞腐れて、こっちが害悪なクレーマーみたいになるのさ!」

「お客様のありがたいご意見だ。無駄にしない。何を揚げて欲しい?」

「……魚。」

「うん。無理。」

「……肉は?」

「コストを考えろ。無理に決まってるだろ。」

「え?この店ってやる気ないの?」


 階段を上って自分たちの部屋へと到着する。

 持ってきた非常食をノアの口に突っ込み、ノアをベッドに寝かせて、自分は椅子に座って、瞼を閉じた。


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