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第二十八話

「第二十八話」


「………ん。」


 目にゴミが入ったのだろうか。

 少し湿っている。

 にしても、暖かい。

 自分を包むその暖かさに酔っていた。


「おはよう。ノア。」


 否。うざい奴の体温であった。

 エレナに抱きしめられるように眠っていた。

 咄嗟のことだったのか、エレナは仮面がずれている。

 やけに口の周りがべとべとしている。よだれを垂らして眠ったらしい。


「俺、どうしてた。」

「眠っていたよ。忘れたのかい?」


 そうだ。山賊のところへ行く最中だった。

 しかし、途中からの記憶がない。しかも、何か大事な、かけがえのない夢を見ていた気がする。

 でも、内容はなんだっただろうか。全然思い出せない。

 懐かしい。そんな空気。


「いきなり私の胸に飛び込んできてね。そのまま眠ってしまったよ。だから、そっとしておいたんだ。起こした方が良かったかな?」

「………悪かった。」

「良いさ。謝ることじゃない。それに、少し楽しめたし。」

「?」


 相変わらず訳の分からないことを言う。

 口周辺のべとべとを拭う。


「水か何か持ってないか?」

「ん?どうして?」

「よだれ垂らしたみたいだ。気持ち悪い。」

「あ~………そうだね。私は持っていないから、川に顔を洗いに行こうか。」

「ああ。」


 ゆっくりと歩き出す。

 しばらく、疲れていたのだろうか。それとも、何かに感傷してしまったのだろうか。

 突然に気絶したように眠ってしまうなんて。

 今までにはなかった。


 川に到着する。

 その冷たい水で顔を洗う。

 エレナが残念そうな顔をしていたが、気にしない。

 こいつの思考を読もうとしたら、頭が爆発しかねない。


「行くぞ。」

「そうだね。時間も押しているし。」


 約束の場所はもう少しらしい。

 どこへ向かっているのか知らないが、早く帰りたいと思った。

 でも、どこへ?

 まだ、意識が夢の世界へでも旅立っているのだろうか。思考がまとまらない。


「ノアはお眠かい?」

「そんなことはない。仕事に支障はない。」

「気遣っているのに。」

「気遣うなら、前もって内容を教えろ。」

「それは無理。ミステリアスな女でありたいからね。」


 何がミステリアスだ。

 普段はアクティブなくせに。


「本当にきついなら休んでも良いんだよ?」

「だから、大丈夫だ。」


 うんざりそう言った。

 本調子でないことは否めないが、山賊程度、問題ない。


「じゃあ、信じるよ。」


 しばらく歩く。

 山道は、平地と違ってかなりの距離を演出する。

 そのために、どれくらい進んだか正確に把握するには相当な知識と感覚が必要になる。

 俺はすでに把握できていないが、エレナは分かっているのだろうか。

 迷いやすい道でも、なんでもない顔で進む。


「ここだよ。」


 そこには小さな山小屋があった。

 外観は汚く、ならず者が集うにはもってこいの場所であった。


「行こうか。遅刻しているし。」

「だから悪かった。」

「責めていないよ。その代わり………」

「うるせえ。」

「はいはい。」


 扉を開ける。

 十人余りの山賊がたむろしていた。


「やあ。ドナート。」

「おう、仮面か。」

「その別称はやめて欲しいね。エレナって名前がちゃんとあるんだから。」

「それだってどうせ偽名だろ。」

「さぁ?どうかな?」


 ドナートと言う人物。

 山賊と言うにはあまりに真っすぐで、立派な目をした人物であった。

 白の髪を汚らしくセットし、動きやすそうな服装をしている。


「ガキを連れてんのか?」

「まあね。」

「誰だ?」

「私の恋人だよ。」

「ああ。用心棒か。」

「ねぇ。」

「おい、ガキ。」

「なんだ。」

「こいつには気を付けろ。」


 こいつとはエレナのことだ。

 ドナートもいろいろと厄災に巻きまれたらしい。

 同情しよう。素直に。


「分かってる。」

「なら良い。」

「やめてよ。ノアは私にゾッコンなんだから。」

「「それはない」」


 ドナートと意見があった。

 こいつについて行こうかな。

 この際に山賊へ転職するものありかもしれない。


「ガキを連れ来たからって、遅刻が許される訳じゃないぞ。」

「分かってる。でも、割引なんてしないよ。」

「ちっ、頭の固い奴だ。」


 鞄から袋を取り出す。

 それをドナートに手渡した。

 ドナートは中身を確認して、金を支払う。


「はい。確かに。」

「次も頼むわ。」

「もちろん。君が死ぬまでずぶずぶで居よう。」

「口の減らん女だ。ほら、いk………待て。」


 後ろを振り向いた瞬間にドナートが止める。


「お前……名前は?」

「ノア。」

「いくつだ。」

「10。」

「出身は?」

「その辺だ。」

「………」


 なんだろう。

 この面接みたいな質問攻めになんの意味がある。


「……お前、クリスを知ってるか?」

「は?」

「クリスだ。」

「……知らん。誰だそいつ。」

「俺の妹だった。首を斬られて死んだ。」


 クリスなんて知り合いは居ない。

 こいつには申し訳ないが、力にはなれない。


「知らん。」

「そうか。」


 後ろの山賊が立ち上がる。

 戦闘の気配がする。

 全員から覇気を感じる。

 俺も剣を握りしめる。


「妹にはたくさん迷惑をかけた。」

「……」

「だから、干渉しないようにしてた。」

「……」

「こんな職業だ。関われるわけねぇ。」

「……」

「でもなぁ」


 ドナートは立ち上がる。


「妹がお金に困ったって言ってきたんだ。」


 一歩近づいてくる。


「そんなの放っておけるわけなぁよな。」


 さらに前進してくる。


「緊張したさ。だってよぉ、久しぶりに顔を見るんだし、あいつには子供がいるんだもんな。」


 俺の目の前に立つ。


「あいつの子供に会うのも初めてでよぉ、俺はこんなんだが、楽しみだった。わくわくしてたんだ。初めてレストランに行くみたいな気持ちでよぉ。」

「……」

「しかし、どうだ?妹家族どころか、集落に一人も居ねぇじゃねぇか。」

「……」

「あいつの夫に挨拶でもしとこうと思ったのによぉ。あいつの子供を可愛がりたかったのによぉ。あいつの集落は幸せなんだろうと思ってたのによぉ。」


 剣を引き抜き、ドナートの首に向ける。


「動くな。」

「まだ、息のあった奴に話を聞くとよぉ、ガキが暴れたとぬかしやがった。」

「……」

「なぁ。ノア。お前だな。」


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