第二百六十九話
「第二百六十九話」
アリエナ・ドリフトはため息をつく。目の前には二つの死体が転がっていた。
転がったリバッチの死体を蹴飛ばしてどかし、ノアの死体を拾い上げようと手を伸ばす。
『万能』との約束、セレーネ・ドリフトを守るため、ノアの死体を献上しようと考えたのだ。
「それはやめてくれないか。」
アリエナ・ドリフトは振り返る。
足音や気配がなく、唐突に闇から現れたのは、セレーネ・ドリフトから良く聞かされた男の特徴に一致した男だった。
「君と会うのは初めてだね。初めてだ。カーボ。カーボ。覚えてくれたらうれしいな。うれしい。」
カーボは両手をポケットに突っ込み、立っている。カーボの姿を見た瞬間にアリエナ・ドリフトは本能的に、戦闘態勢を作った。
なぜかは分からなかった。しかし、アリエナ・ドリフトは目の前の敵意がまるでない男を殺さずにはいられなかった。
「あんたの持ち場はここじゃねぇだろ。」
アリエナ・ドリフトは、確認するように問うた。
「そうだね。そうだ。でも、それを見逃せるほど気が長くないんだ。長くない。」
「それ?なにほざいてんのか知らんが、怪我せんうちに逃げ出しな。」
「確かにね。確かに。君と僕の戦力差は一目瞭然だ。でもねぇ……ヴェイロンが彼と話をしたいと言ってきたんだ。言ったんだ。彼女は彼と話しただろう。十分な時間があった。なら、彼にもう用はない。しかし、ヴェイロンが残した彼を僕が見逃していい理由にはならない。」
「見逃す……?こいつはおもろくない野郎だ。こいつはすでに死んだぜぇ?どうすんだ?私と一戦やって完膚なきまでにボコボコにされて、尻尾巻いてヴェイロンとハグしてくるか?
あの世でな。」
「……ヴェイロンはもういないさ。居ない。ノアに負けた時、我々は死んだんだ。死んだ。墓から呼び起こし、またも人形劇をさせようとは、愚の骨頂だ。
彼は返してもらおう。」
「……良いだろう。てめぇらを殺して、誰が一番有能なのかを姉さんに熱弁してやるよ。」
アリエナ・ドリフトは態勢を直し、カーボと対峙する。
手を空にかざしたとき、二階であるにも関わらず、三階、四階が倒壊し、雲が突っ込んできた。
「『結界・兵器』」
「さぁ……てめぇの頭さえ残れば十分だぁ。存分に死ね。」
「『結界・分析』」
「区別のできない飯事に付き合うほど、僕は落ちてない。」
カーボが瞬きをすると、情報がカーボの頭の中に流れ込んでくる。
アリエナ・ドリフトがどういった結界師なのか、どうすれば彼女に勝てるのか。
目に光を入れたとき、カーボは敗北を宣言しそうになった。
「……強すぎだ。」
カーボの一言は己の戦意すべてを破壊する。
単独での戦争の実現。これが彼女の『結界』だった。
手に触れたものを武具へと変えるその力は、セレーネ・ドリフトと愛し合うことによって昇華し続けた。結果、彼女の『兵器』は変貌を遂げる。
雲は戦闘機になり、地面は踏み場のない地雷原となり、空気は弾丸を発射する銃になり、瓦礫はミサイルに変化する。
幻聴であろうか、至る所で車両の音が響く。
「どうしたぁ?ビックマウスはおしまいか?」
「………」
カーボからしてみれば相性は最悪であった。
彼女の心を壊す最大の弱点は、あのセレーネ・ドリフトであるからだ。
アリエナ・ドリフトを殺すよりもはるかに難しいだろうとカーボは考える。難易度が違いすぎる。
これがエヴァンシール領最強の結界師なのだろう。
カーボは長い時間を経て、結論を、言い訳のように並べた。ノアを回収することも、最期にヴェイロンに挨拶することもできなかった。
「そ、その、そのさぁ……ま、混ぜて、く、くれない、か、かなぁ……」
「っ!?」
「………」
アリエナ・ドリフトは凄んだ。
そのカーボの背後から現れた人物が、自分の知っている男であったからだ。
「お前は……」
カーボもこの男については知っていた。
フィオレンツァ領に近いものは全員知っている。
「ヴァルター……フォール!!」
アリエナ・ドリフトは大きく吠える。
セレーネ・ドリフトがべた褒めし、警戒していた男だったから。セレーネを苦しめた元凶として、アリエナも彼を憎く感じていた。
「し、心配でさぁ……来てみれば……
凄惨な状況に立ち会ったわけだ。」
カーボは考える。
想像しうる最悪な状況であった。
前にはアリエナ・ドリフト。後ろにはヴァルター・フォール。どちらもカーボの敵う相手じゃなかった。
「カーボと言ったかな。付き合ってほしい。君は彼らに心配してくれたんだ。だから、信頼できる。」
「………後で殺してくれるのか?」
「もちろん。君らは全員生かして帰さない。知らない顔は全員殺す。」
「……良いだろう。良いだろう。その言葉を聞いて安心できた。安心だ。」
「なぁに、勝手に話進めてんだよ……生かして返さねぇって言葉はよぉ……私のセリフだぜッ!!」
アリエナ・ドリフトが手を振ると、雲が動き、空気が振動し、地面が静止する。
アリエナが合図を送ると同時に、銃の乱射が始まり、爆撃が開始された。




