第二百六十三話
「第二百六十三話」
・ノア視点
『白紙・豹』
脹脛がぐっと熱くなる。
目を見開き、同格以上の相手を睨む。
「やめろ。」
ヴェイロンから出たのは、俺を静止させる言葉だった。
「……なんだ。」
「見て分からんか?」
「………」
「ドレスコードだ。」
両手を大きく開き、俺に見せてくる。
「……それがなんだ。」
「丁度お前を探してた。座らんか?一戦後で疲れてるだろう?」
「………」
ヴェイロンは、倒れて埃の被った椅子を起き上がらせると、座面と背面を掃い俺に向ける。
「ほら、お前の椅子だ。」
「………」
「私のは……これで良いか。」
ヴェイロンはもう一つ椅子を起こすと、同じく埃を掃き座った。
向かい合わせで座った俺らは、数秒の間無言だった。
「ほら。」
ヴェイロンは持っていた瓶を俺に手渡す。
反射でそれを受け取るが、中身は液体であるらしかった。中が見えないので何とも言えないが、匂いからして酒でないことだけが分かる。
「ただの牛乳だ。害はない。なんなら、毒味して見せようか?」
「……いや、いい。」
一口飲むと、暖かい甘みと獣の匂いが口いっぱいに広がった。
ヴェイロンの言う通り、これは牛乳であった。
「なんなんだ。急に。」
「セレーネの『権限』について知ってるか?」
「知らん。回復だと言ってた。」
「それは、あの仮面の言葉か?」
「ああ。エレナは常に正しいからな。」
「そうか。執心してるな。それ、返せ。私も飲む。」
瓶をヴェイロンに返すと、ぐびぐび飲み始めた。
口から零れた白色の液体が、黒いスーツを侵略していく。
「セレーネの『祝福』は、人を蘇らせる。奴が使えると判断したんだろうな、私とカーボは蘇った。」
「……それがなんで今の状況に繋がる。」
「私は一度死んだんだ。いや、負けたんだ。悔しいが、再戦したいが、これは自然の摂理の常識である弱肉強食の理論だ。私がここで自我をさらけ出し、お前と戦うのなら、私は自分の信念を曲げることになる。悪いが、それだけはできない。」
「スーツは?」
「ああ、拾ったんだ。カーボがノアに会うなら着ろとうるさくてな。仕方ないってやつだ。初めて服を着るが、悪くないな。生前、もっと試せばよかった。」
「………」
「不服そうだな。」
ヴェイロンは牛乳を飲みながら、俺の顔を凝視する。
「……お前に不満があるわけじゃない。」
「自分か。」
「………」
「まぁ、なんだ。私はこう見えても成人だ。お前の二倍以上は生きてる。所謂……大人ってやつなんだ。
そこで、どうだ?相談してみるか?」
「………」
「そうか。悪い、水を差したな。」
「これは……知り合いの話だ。」
「……ほう。」
主任が良く使う手段だった。
話者は自分であるが、主人公があたかも自分ではないように話すことで共感ではなく、相手の意見が聞きたいときに使う。
これを真似させてもらう。
「俺は……エレナが好きだ。あれ以上に必要だと思った人間は居ない。あいつと居ると楽しいし、嬉しい。それに、気が休まるし、好調だ。
だけど……別れ話をされたんだ。」
「……そうか。」
「意味は当然知っていたし、理解もできた。でも、はぐらかしたんだ。それに、エレナは乗ってくれた。だから……何かの冗談かと思った。でも、違った。あいつは……最後まで仮面をとってくれなかったからな。体温が離れる瞬間まで眠れなかった。車のドアを閉めて、帰って来てくれると思ってた。それなのに、翌朝主任から聞いたのは、別行動。どうしてだろうな。俺が何かまずったのか。」
ヴェイロンの顔を見る。
「どうした。なぜ、顔を隠す。」
「す、すまん。恋バナだとは……あぁ……うぅん。」
わざとらしく咳ばらいをして
「悪かった。一つ訂正させてくれ。」
「なんだ。」
「私に恋愛経験はない。」
「………」
「故にアドバイスもない。」
「………」
「お前らの関係を知らん。」
「……よく大口を叩けたな。」
「あとな。」
「ん?」
「知り合いの話を引用する際の注意事項だが、一人称は変えた方が良い。」
「………?」
「一人称が俺だと、自分の話だと分かるだろう。」
「……っ!!先言えよッ!!」
「すまん。何言ってるか分からんかったから。」
「……じゃあ、お前はどう思うんだ。」
「そうだな……あの仮面について、私は知らん。戦ったことも無いし、話したことも無いからな。」
「じゃあ」
「それで、あの戦闘になったのか。」
「………」
「先ほどの戦闘。お前らしく無かったな。弱い者いじめをするみたいに、快楽に溺れていた。」
「……胸糞悪い場面を見せたな。」
「いや、良いんだ。正者に口出しできるほど、私は老人じゃない。あと、一つ訂正させてほしい。恋愛経験がないと言ったがな、それには若干の嘘が含まれる。」
「嘘?」
「ああ。私はカーボが好きだったさ。あれだけ、献身に、親身に、豊かに話をしてくれる奴は居ない。だからな、あの言葉を言わせた自分が許せないのさ。」
「……どんな言葉だった。」
「お前も聞いただろ。「一緒に逃げないか」あの言葉だ。」
「……何がダメだった。」
「悪役にハッピーエンドは訪れない。」
「………」
「それをカーボは深く理解していたはずだ。そして、あの日、アキと言ったか。あいつと話してから何かを確信したんだ。だから、あの日……あの言葉を言ったカーボの目は……見ていられなかった。自己矛盾を理解した……破滅に向かう人間の目だったからだ。」
「……なぜ、悪役に興じた。」
「楽しかったから……なんて生前なら格好をつけただろうな。だが、死人の強がりは寒いだけだ。故郷である【ピロニス】が繁栄するなら……そのために私は人生を捨てて……悪役にノリノリになったわけだ。」
「………」
「それなのに……酷いよな。あんな好青年を見せられたらさ。天秤も傾くっての。あいつ……三回も抱いてくれたんだ。四回目は泣いてた。私らに、その結末は許されていない、私らの正体がなんであるのか、あいつは理解しすぎていたからな。」
「……なんで……あいつを殺せたんだ。」
「あいつの……苦しむ姿をこれ以上見たくなかった。私の欲望だった。」
「………」
「悪い。白けたし、話が反れたな。剣を持ってるか?」
「ああ。なんでだ?」
「最期はお前に任せる。」
「……分かった。」
立ち上がると、ヴェイロンは首を差し出した。
「………」
「最後に一つ良いか?」
「……良くない。集中してるんだ。」
「お前は………何人殺めた?」
「………」
「お前は……正義になれるのか?」
「………」
「良い……エンドロールを見られると良いな。」
手が震えた。
ヴェイロンは遠回りではあるが、相談に対して答えを出してくれたのだった。
「……悪い。斬れない。」
「そうか。無駄話が過ぎたな。じゃあ、剣をくれ。」
「……」
無言で剣を手渡すと、ヴェイロンは躊躇うことなく、頭に突き刺した。
「悪い……甘えたな……」
ヴェイロンは力なく倒れ、死んでいった。




