第二百五十話
「第二百五十話」
写真と目の前の男の容姿を見比べる。
「えぇっと……」
ナイアラは文字が読めなかった。
写真を渡され、探し殺せと言われたが、彼女にはこれが誰で何の目的があるのかを知ることが出来なかった。
「か……い……ぜら?」
写真の後ろに書いてある、カイゼルという名前を彼女は正確に読むことが出来なかった。
「まぁ、良いか。」
命令は命令なのだし、殺せば文句の一つもないだろう。
銃を取り出し、男に向ける。
既にカイゼルは虫の息だった。呼吸はしているが、浅く。変色した手足からは、嫌な匂いがしていた。
「薄っぺらい男に乾杯。」
バァン!
折れ曲がった指と、赤くなった手首を見る。
銃が地面に落ちる音でようやくナイアラは我に返った。
「だ、誰!?」
ナイアラの構えた銃が弾き飛ばされたのだ。ナイアラの放った銃声に被せ、直前まで撃ったことを悟らせないように。そして、近づいていることに気づかせないように。
ナイアラは内心かなり焦っていた。結界師との戦闘経験が少なかったからだ。
もし、発砲した相手が結界師ならば、逃げた方が賢明なのかもしれないと考えるほどに。
「通りすがりのビビりだよ。」
古い猟銃を構え、その先端からは煙が出ている。
男は、汗を掻き、震え、ナイアラを凝視していた。
「全然自己紹介になっていないけど。」
「へ、へ?俺なりの紹介だったんだけどな……」
「名乗りなさいよ。」
「………俺は」
「いい。主任。俺がやる。」
「ノア!待てよ!お前……」
「車の中暑いんだよ。」
主任と呼ばれた男の後ろから松葉づえを突いた少年が顔を覗かせた。
「カイゼルは生きてるのか?」
「た、多分。」
「そうか。」
「そんなことよりも!お前大丈夫かよ!」
少年は杖を捨て、剣を手に取る。
そして、一言
『白紙・隼』
そう呟いた。
・ノア視点
「『結界・薄氷』」
手を握って具合を確認する。
問題なく動く。普段通り走り回るのは少し厳しいだろうが、カイゼルを助けるくらいなら大丈夫だろう。
「主任。援護を」
「お、おう!」
バァン!
主任が一発発砲する。
その弾丸はナイアラの目の前で、見えない壁にぶつかったように、威力を失い崩れた。
ナイアラは薄く嗤う。
「薄っぺらい攻撃だこと。」
なんだ……こいつの顔の変わりようは。
さっきまでの自信なさげな女の顔じゃない。こいつは……自信に満ちた顔じゃないか。
体を浮かし、瞬時にナイアラの後ろまで飛ぶ。
勢いを殺さず、そのままに剣を振った。
しかし、ナイアラに届く前にやはり、見えない壁があるみたいに何かにぶつかった。
ぶつかった途端に、バリン!と氷でも割れるような音が響く。
「ほら。薄っぺらい。」
ナイアラは俺の剣を軽々とよけ、避けることが困難な体勢になった俺に蹴りを入れた。
足の甲が顔面の半分を覆い、そのまま壁に突き刺さるように吹き飛ばされた。
「がはっ……」
「ノア!!」
「あんたもよ!!」
「ちっ!」
主任が二発続けて発砲するが、それらも防がれ、腹に二発、顔面に一発のパンチを食らう。
「薄っぺらい!薄っぺらい!!薄っぺらい!!!」
ナイアラは狂気に謳う。
「あんたら薄っぺらすぎるのよ。感情の起伏がまるでない。人間の感情はね、層になってるのよ。本音を薄い氷で覆って見えないようにしてしまう。そうすることが美談であると豪語する愚者も居るようだけれど、これはまったくの間違いね。人間が会ったのなら氷を取り去り、危険な橋であろうとも、本音で語り合うべきじゃない?そうでないと、理性を持った動物として恥ずかしいわ。」
『白紙・鰐』
手の甲に鰐の文様が浮かび上がる。
指が地面をスライドすると、五本の斬撃が飛んでいく。
ナイアラには遠く届かないが、二回、三回、四回と斬撃を飛ばす。
部屋に余計な物が無くなったと判断して、
「主任。カイゼルを他の場所にもってけ。」
『白紙・猿』
両腕に猿の文様ができる。
地面を大きく叩くと、床が割れ、ナイアラと俺が地下へと落ちていく。
「そんなので狼狽えるとでも?」
ナイアラの余裕な表情は消えない。
「ああ。ここからが勝負だ。」
背中を押されるように、飛ぶ。
斬撃を飛ばしながら、隙を探る。
こいつの『結界』、自分の周囲に目には見えない壁を作るんだ。その壁は一撃で壊れるが、すべての攻撃を防ぐ。
恐らく、攻撃力だけであの壁は攻略できない。
ナイアラは不動で、ニヤニヤと笑うだけだった。
「舐めやがって!!」
数メートル近づいた時に、顔色が豹変する。
「ほら……薄っぺらい。」
ナイアラが拳を出してきたので、それを左手でいなそうとしたが、左手が壁にぶつかる。
「しまっ」
ナイアラの拳は止まらず、直進してきた。
鳩尾に拳がめり込み、一瞬だけ白目を向く。
次に回し蹴りで壁まで吹き飛ばされた。
「うっ……はぁ……」
「ほんと可哀そうな子。そんなに薄っぺらく設計された顔面ならいらないのにね。」
「はぁ……はぁ……」
顔に仮面でも付け替えているのではないかと思うくらいに、表情がコロコロ変わる。
そして……この体術……防がれることがないと分かっているから真っすぐと、躊躇うことなく飛んでくる。余計なことを考えていない証拠だ。
すべてに実直で、素直にすべてを平らげる。
「どう?一応、自殺の時間をあげるけど。」
「……い、いや?リハビリには丁度良い相手だ。」




