第二十五話
「第二十五話」
(昔話―月が欠けたように④)
「マクスさん、いらっしゃいますか?」
四人でマクスの店へ出かけていた。
四人でのお出かけは久しぶりのことで、街へ全員で行くなんてことは初めてのことであった。
「あ!ようこそ!」
「お久しぶりです。」
「こちらこそ!どうぞ、入ってください。」
席へと案内される。
マクスがおすすめを提供してくれるそうだ。
それを待つ時間。わくわくしている。
「久しぶりね。こんなお店に来るのは。」
「そうだな。結婚する前のことだもんな。」
両親はこんなお店に来たことがあるようだった。
俺たちと言えば、全くない。
「お父さんが張り切り過ぎちゃって、いいお店を予約してくれたんだけど、文字が読めなくて二人でジュースを飲んで帰ったわね。」
「やめろよ、恥ずかしいな。」
二人の良い思い出になっているみたいだ。
若いころの両親など想像もできない。
二人にも自分と同じ年齢の時期があったなんて、納得できるだろうか。
大人は生まれつき大人だと勝手に思っていた。
「懐かしいね。」
「そうだな。」
父は少し恥ずかしそうに笑う。
しばらく、二人の間にはコミュニケーションをとる時間がなかったのかもしれない。
二人の時間の大抵はお金の話だっただろうから。
「どう?アリア。こういう場所は」
「うん。緊張する。」
姉はこの空間が緊張すると言う。
そう聞いている俺もかなり緊張している。
姉弟の二人ともがガチガチであった。
「ノアはお腹空いてるか?」
「うん。ぺこぺこだよ。」
「それはよかった。今までに食べたことのない料理が来るぞ。きっと。」
「そこまで期待されると、応えられるか分かりませんよ。」
マクスが料理を運んできてくれる。
その匂いに身に覚えがないほどに、唾液が出る。
「ありがとうございます。」
「いえ、是非堪能していってください。」
「あ、そういえば。お金をいただいたみたいで……」
「お金……?」
両者話が噛み合わない。
それはそうだろう。だって、マクスからお金など受け取っていないのだから。
マクスは俺の顔を見た。
何かを理解しようとしてくれている。
そして、理解したようにうなずいた。
「はい。そうでした。やはり、何かお礼をしたかったので。」
「あんな大金を……大丈夫なんですか?お返ししますよ?」
「いえいえ。気にしないでください。渡したものを返すだなんて。命を救っていただいたほんのお礼です。」
なぜかマクスは話を合わせてくれた。
俺が何をしたのか分かっているのだろうか。
ほぼ、初対面のマクスに理解できるほどに単調なことだったのだろうか。
「そんなことよりも召し上がってください。」
「ありがとうございます。」
全員でかぶりつくように並べられた料理を食べる。
初めての食感。初めての味。初めての食材。
どれもが自分を肯定してくれている。
「おいしいね。」
母も満足してくれたらしい。
姉と俺は完全にこの料理の虜になってしまった。周りを気にせずに、マナーや礼儀、行儀といったものを無視して食べる。
周囲から見れば、まるで山から下りてきた猿が餌に食いついているように見えただろう。しかし、そんなことは気にしない。
今は、この料理で満たされたい。
完食は速かった。
普段のペースよりも。
全員が満足そうに食後のジュースを飲む。
ほっとしている間に父が
「あまりお邪魔するのもあれだし、帰ろうか。」
「そうね。ノア、アリア行くよ。」
「はーい」
「うん」
マクスにお礼を言い、扉を開ける。
俺が最後に店から出ようとすると
「ノア君。」
マクスが扉を閉め、俺を家族から引き離した。
父は不思議そうな顔でこちらをみているが、マクスが会釈すると外で待っていることを決めたらしい。
「ノア君。」
その神妙な顔で何が言いたいのか理解できた。
咎めたいのだ。俺のしたであろう行動を。
「良いかい。僕は君に意見を言えるほどに偉くない。それに、助けられた身だ。説教するつもりもない。でも、覚えていて欲しい。もし、もしだ。何か頼るつてが無くて困ったのなら僕に言いなさい。必ず力になる。」
「……分かった。」
「良いね。」
「マクス……俺は……」
「何も言わなくていい。僕もそれなりに修羅場を超えてきた。だから、言える。君はまだ戻れる。戻れるんだ。その手を両親との時間に使いなさい。肩たたきでも、家の手伝いでもいい。必ず、両親のために使うんだ。後悔しない内に。」
「……分かった。」
マクスは扉を開ける。
「すみません。ノア君がまた来ても良いかと聞くもので。」
「え!?申し訳ない。息子が我儘を言ったせいで。」
「いえ、とんでもない。是非、またのご来店をお待ちしていますよ。」
全員で頭を下げた。
よくできた人物だと思う。
帰り道は、父の手を握った。
断りもなく。
父は驚いた顔をしたが、特に何も言わなかった。
すると、姉も手を握って来て、両手が埋まった。
姉と母も手を繋いで、全員が一列に並んだ。
マクスの言う通りかもしれない。
俺はまだ、戻れる位置に居るのかもしれない。
両親に恥じない生き方をしなくてはいけない。
握りしめた手を強く、心に決めた。




