第二百四十四話
「第二百四十四話」
・カイゼル視点
「六人目。」
刀身がどすぐろい赤に染まったときにようやく一息つくことができた。
オリヴァーとベリンガーは既に肩で呼吸をしている。
玄関を通り過ぎると、いきなり乱戦になった。
十人余りの人間が向かって来たのである。
「はぁ……はぁ……さき」
口を開いたオリヴァーがどこかに飛んで行った。
壁を突き破り、大きな音を立てながら瓦礫を吹き飛ばして行った。
「オリヴァー!!」
飛んで行った方へ走ろうとした時だった。
「蝶?」
自分の周りを無数の蝶が囲んでいた。
蝶に気が付いた瞬間、吐血した。
「かはっ……」
膝をつき、自分の首を絞める。
「かはっ……」
「カイゼル!!」
ベリンガーが近づいてきているらしいが、血を吹き出した耳ではよく聞こえなかった。
「カイゼル!!」
肩に手を置かれる。その体重で地面へと崩れ落ち、赤色の水たまりが形成された。
「カイゼル!カイゼル!!」
必死になってベリンガーが大声を出すが、そのすべてが聞こえなかった。
「カイゼ」
バァン!
ベリンガーの声を引き裂き、一つの銃声が産声を上げた。
その弾丸はベリンガーに命中したらしい。
俺の横で何かが倒れる物音がした。でも、何かは分からない。
「蝶は無口で、華麗で、妖艶だ。どこにでも現れて、どこにでも消える。人類最大の功績があるとしたなら、蝶の剥製を最初に作った人物だ。」
微かに見える目を開き、歩いてくる人物を凝視する。
帽子をかぶり、迷彩服を着た男だった。
蝶を指の先に乗せ、それを眺める。
「お前ら運が良いよ。とてもいい。なんたって、蝶の毒で死ねるんだからな。こんな幸福なことはない。」
「お……おま……」
「なんだ?聞こえんなぁ?お前らは、幸福によほど遠いらしい。そして、最も近いのは降伏だ。降参しろ。蝶が空を舞っている間に。」
「………」
「なんなのだ。口を動かすなら声を出せよ。」
男が一歩踏み出した瞬間に、影が男の頬を思い切り殴った。
オリヴァーとは逆方向へ飛んでいく。
「ぷっ。」
血の混じった痰を吐き出し、男が飛んで行った先を眺める。
立ち上がると、ベリンガーも立ち上がった。
「話が長ぇんだよ。」
突如として、二階から悲鳴が聞こえる。
「俺を攻撃したアホンダラも満足したらしい。場所が分かった。」
「昆虫野郎は俺がやる。」
「オリヴァーは良いのか?」
「俺は、知り合いの葬式には顔を出さないタイプだ。」
「……奇遇だな。俺もだ。」
ベリンガーは二階へ走っていき、俺は先ほどの男を追いかけた。
そいつが飛ばされたのは、書庫だった。多くの紙がバラまかれ、整頓されていたであろう資料の多くが散乱している。
「よぉ。さっきはよくも講釈を垂れてくれたな。」
「……ふざけやがって。」
「ここでなら悲鳴を上げても良いぞ。本に染み付いた外道の手垢の鎮魂に役立つかもしれん。」
「わたしの嫌いな出来事をあげてやろう。」
男は、蝶に囲まれた状態で、鼻から出た血液の雫を腕で拭く。
「自分に興味のない事柄に否定の言葉を浴びせる野郎だ。関心が無いのなら分かる。すげぇよくわかる。なんたって、興味がねぇんだからな。例えば、俺は車に興味がねぇ。しかしだ、荷物持ちだとか、ただの走る塊だとか思ってねぇ。感謝はしてるが、中身には興味がねぇんだ。だから、俺は何も言わない……だがッ!!世の中には技術者に罵詈雑言を浴びせる阿呆が居やがる!!これは許しちゃあいけねぇ!!てめぇは俺の蝶を二匹も殺しやがった!!てめぇは興味がねぇはずなのにだ!!これは許されざる行為だ!!!てめぇの母親に土下座してもらって、父親には首を吊ってもらわなくちゃあ気が済まない!!!」
「そうか。残念な野郎だな。遺恨を持った状態であの世への切符を買った愚者だったとはな。」
剣先を男へ向ける。
「名乗れ。興味の無い俺が、引導を渡してやる。」
「トム……そう呼びな……そして、死ぬが良いッ!!みっともなく血を吐きだしてッ!!鼠みたいに地面を這いつくばれよッ!!」
蝶が群れを成して、俺を取り囲んだ。
前の見えない、この場所で、トムが何をしているのか見当もつかなかった。
しかし、俺の影には関係のない話だった。
「殴れ。コテンパンにな。」
剣を一振りすると、目の前の蝶が数匹消える。
蝶が消えた隙間から見えたのは、影がトムを数発殴っている場面だった。
更に剣を振り、蝶を消していく。
視界が晴れ、トムの無様な姿が良く見えるようになった時に、影の動きがピタリと止んだ。
と同時に、体に強い衝撃が走る。
視界が逆転し、床が頬を強く叩いた。倒れたのだ。
「は……?」
血管の浮き出た腕は震え、汗のように血が流れ出る。
涎かと思ったものはすべて血液だった。
「かはっ……」
毒か……
「薬をよぉ……キメてるのか知らんがよぉ……俺のタフネスがてめぇに勝ったわけだ。」
トムは影を蹴とばして、立ち上がる。
「人間、幻想に酔ってる間が華なのさ。」
トムは銃を構え、発砲した。




