第二百四十三話
「第二百四十三話」
・カイゼル視点
ド素人が見ても分かるくらいに、不健康な顔色。
ベッドの傍で着替えを済ませた二人は、想像よりも深刻な顔色をしていた。
「お前ら……大丈夫」
「カイゼル。」
ベリンガーが窓の外を見ながら呼んだ。
「ギデオンはどうした。」
「………」
「そうか。」
急に梅雨に入ったのではないかと錯覚するほどの湿度に覆われた。
湿っぽくて、心地の悪い室内へと変貌する。
「あいつも……満足したんだな。」
「悪い……死体すら持ってこれなかった。」
「謝るレベルの話じゃない。第一、カイゼルが居なかったのなら俺たちは生き残れなかったんだ。感謝してる。」
「でも」
「カイゼル。」
次は、オリヴァーが口を開ける。
「そんな話はどうでも良い。作戦についてだ。時間がない。いや、余命がない。」
「っ……」
「話をするぞ。この街にも“祝福の木”の支部があるらしいな。」
「あ、ああ。そう聞いてる。」
「じゃあ、今からそこを潰しに行くぞ。」
「え!?でも、その体調じゃ……」
「だからだ。どうせ、これ以上の長旅なんてできん。なら、相手の足を引っ張るのに全力を出すまでだ。建物の外観も知らん。数もだ。仕方がない、正面突破で潰しに行く。」
「な、なぁ。」
ふと、イリスの顔が浮かんだ。
やんわりとした雰囲気で、お人好しな顔が。
「こ、ここは関係ないのかもしれないし、先を急がないか?でないとさ……いや、ここでオリヴァーの治療を専念するとかさ。まだ、助かるかもしれないだろ?」
「「………」」
「ベリンガーだって、万全じゃない。もっと情報を得て、二人の体調が良くなってから」
「カイゼル。」
「っ……」
オリヴァーの低い声は狭い病室には響かなかった。
「薬を持ってきたか?」
「え、え?あ、う、うん。」
持ってきた鞄から錠剤の入った瓶を取り出す。
それをオリヴァーへ手渡すと、数も数えずに瓶を逆さまにし、口に入れた。
瓶の中身が空になるまで、すべてを飲み込み、瓶を捨てる。割れることなく、瓶は転がった。
「ベリンガー、行くぞ。」
「ああ。」
オリヴァーとベリンガーが立ち上がり、病室から出て行こうとする。
顔も一切合わなかった。
「ちょっ……ま、待てよ!」
「待たない。」
オリヴァーは瞬時に言葉を返す。
病室から出て、誰も居ない廊下へと足を踏み入れた。
「良いか、カイゼル。俺は、説得なんて真似はしない。さっきも言ったが、時間がないんだ。だから、一度だけ言うぞ。」
「………」
振り返ったオリヴァーは神妙な顔を作り、真顔で、淡々と言葉を並べる。
「これは完全なる悪党の所業だ。聖人を自負したいのならついてくるな。恐らく誰も帰れない。だから、敵前逃亡とかを報告することも無い。お前は怒られることも無く、減給とかもない、非難なんてまっさらだ。自分で選ぶんだ。ついてくるのか、待機か。俺らは振り返らんぞ。」
病室のドアを強く閉め、足音だけが遠くへと鳴り響いていく。
会話のない二人の背中は、いつも以上に小さかった。
病室のドアに手を掛ける。
妙に軽い扉だった。
イリスや集落の少年を思い出す。
なんら変わらない日常に隕石を落とすような感触だった。
初めてだった。自らの意志で、多くの犠牲を覚悟に、行動することは。その結果まで見えていて、背景まで知っている。
躊躇ってしまう。確かに、多くの仲間を失った。家族も失った。家も失った。復讐する理由を上げればきりがない。十分すぎる動機がある。
でも、綺麗ごとだけが頭にあふれてくる。
少し迷って、扉を開けた。
曇った眼で二人の背中を追いかける。
声も掛けず、反応も見ない。二人の後ろを静かについて行った。
導かれるように進んでいった先は、街の中心部。似合わなく壮大で、綺麗な建物だった。
近づく度に、重くなる空気。でも、決して誰も歩幅を緩めようとはしなかった。
「建物内の人間は全員殺せ。」
オリヴァーが吐き捨てると、三人揃って武器をとる。
「『結界・月虹』」
「『結界・満足』」
「『結界・影牢』」
入口だと思われるところに煙草をふかしている男が座っていた。
暇そうで、退屈そうだった。
「ん?なんだぁ?あんたら。」
「「「………」」」
「……不愛想な奴らだな。」
陰で見えないのか、俺らのことを認識できていなかった。
「ここへ入りたいなら朝にでも出直してきな。夜間の営業はやってねぇんだ。」
銜えた煙草を地面へ落とし、靴で踏みつぶした。
危険を察知したらしい男は、立ち上がる。
「聞こえなかったかぁ?失せろ。」
「「「………」」」
「お前らなぁ……っ!!お前ら!!」
「『結界』」
目が合った時には彼の頭は体と泣き別れていた。
俺と影が腕を。
ベリンガーが胴体を。
オリヴァーが頭を落とした。
「締まっていくぞ。」




