第二百四十二話
「第二百四十二話」
・カイゼル視点
時刻は少し進み、夕方になった。
窓から差し込む赤色の光が、時計の不必要さを体現していた。
「ただいま~」
マーカスの娘が仕事から帰ってきたらしい。
ちなみに、名前はイリスと言うらしい。
「おかえり。」
やけに元気なイリスは、鼻歌を歌いながら夕食の準備を始めた。
そんな背中を見ながら考え事をする。
自分の体調については問題ない。唯一の軽傷者だった。今すぐにでも動ける状態だ。
しかし、他の連中はそうはいかないだろう。少なくとも、オリヴァーのタイムリミットは二日。車が一切ないこの場所で、引き返すこともできず、進むしかないこの状況で行けるところなんか限られている。
病院の場所は聞いたし、今日にでも話し合いをしなければならない。
気がかりなのは、“祝福の木”連中がどこまで迫っているかだ。追われたのなら逃げきれないだろう。
「うーん」と喉を鳴らしていると、イリスが料理を持ってきてくれた。
「ありがとう。」
「どうしたんです?そんな怖い顔をして。」
「あ、ああ、ごめん。凄んじゃってた?」
「ええ。誰かをにらんでいるみたいに。」
「ごめんごめん。そんなつもりじゃなかった。」
優しく微笑みかけてくれる彼女は、キッチンへと戻っていく。
スープをスプーンで吸い込み、体に吸収させる。
食事をしていると、イリスも自身の食事を持って俺の正面に座った。
パンをちぎり、スープに浸す。
「そういえば、仕事は何を?」
「受付です。」
「へぇー。そんな笑顔で接客されたら誰でも喜んでサインするだろうね。」
「うふふ……口が上手ですね。」
「そんなことないよ。でも、受付を雇っているような大きな会社勤めってすごいじゃん。」
「会社って言うか……“祝福の木”ですよ。」
「え………」
すくったスープを皿に零す。
固まってしまった。
“祝福の木”の構成員!?
でも、彼女には結界師らしい言動が見えない。
きょとんとする彼女は、話を続ける。
「入会する人のお手伝いみたいな感じで。」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ……」
若干の警戒心が芽生えてしまう。
ここで俺がやられれば、一大事だ。オリヴァーやベリンガーを迎えに行かなくてはならないのに。
お見合いのような会話を止め、尋問のような質問へと変わる。
「“祝福の木”ってどんなことしてるの?名前は知ってるけどさ……内容はまるで知らなくて。」
「私も全体を知っているわけじゃないですよ。支社の受付ですからね。いろいろなことをしているって聞いてます。学校の運営とか、奉仕活動とか、仕事の斡旋とか。でも、珍しいですね。【ピロニス】に居て、“祝福の木”に関わったことがないなんて。どこでも、見れる景色じゃないですか?」
「わ、悪いね。田舎の出だからさ。」
「お世話になった人がたくさん居るんです。あんなかっこいい人たちになりたいなと思って就職したんです。」
「へぇ~、立派な志望動機だね。」
「学校の先生とか、周辺の村でのボランティアとか、ホームレスの人たちに家を提供する人とか。確かに、他の地域に比べれば貧困で、見ていられない光景かもしれないけれど、今後発展していく【ピロニス】の柱の組織に属することができて幸せです。」
「………」
彼女は……俺らからしたら遠い存在なのだと分かった。
預金通帳の桁の話じゃない。人間としての品格がだ。
「もしさ……仮の話なんだけどさ。それを壊す……なんて言うかな、悪党が現れたらどうするの?」
怖い質問だった。
目の前のイリスに嫌われることじゃない。もっと多くの人に嫌悪されるからでもない。その答えが、自分をどういうわけか、恐ろしいと思わせた。
「そうですね……私は許せないと思います。」
「そう……だよね。」
「………」
「カイゼルさん?」
「良いなぁ……そんな気高い仕事をしていたら、毎日が楽しいだろうね。」
「はい!毎日楽しいです!カイゼルさんも一緒にどうですか!?」
「是非行きたいね。」
それから、食事を終えるまで、イリスから“祝福の木”の話をたくさん聞かせてもらった。
我々が知っている側の話ではなく、所謂地元の話だった。
彼らは、すべてを知らないが、我々もすべてを知らなかった。
“祝福の木”ができてから【ピロニス】の事情は大きく変わった。
そのうち、近いうちに、他の地域でも働ける技術者が、会社が誕生することだろう。下手をすれば、【ピロニス】に移住したいと思う者が現れるかもしれない。そうに違いないのだ。
特有の冷たい空気。
ここは玄関だった。
後ろから声をかけられる。声の主は、マーカスだった。
「行くのか?」
「……ドクターストップか?」
「いや、イリスの話を聞いて、あんたがどう思ったのか、知りたくてな。」
「……聞かないでくれ。揺れた棒は倒れるしかないんだ。起こすことなんて誰にもできない。」
「そうだな。あんたらは……テロリストだからな。」
地域が違うだけで、役職が変わる。
見る目が変わっただけの話なのだが、苦い気持ちだった。
玄関のドアを開けた。
影が屋根から降りてくる。
「病院まで行こう。」
影に抱っこしてもらい、走り去った。
黒い影は、夜の暗さに良く溶けた。音のない、その足取りは、誰にも気づかせないことだろう。
病院窓から侵入し、オリヴァーとベリンガーが居る病室を開けた。
「オリヴァー!」
「……来たか。」
オリヴァーとベリンガーは着替えを済ませており、二人揃って俺の顔を見た。
「行くぞ。作戦開始だ。」




