第二百四十一話
「第二百四十一話」
・カイゼル視点
俺の『影牢』の範囲はそこまで広くない。十メートルそこそこだ。本人が動いていないために、家の中と、隣人の家、そして、家の前の道路を見るくらいがせいぜいだろう。
しかし、断言しよう。近くに敵は居ないと。
ボロボロになった一軒家が続くこの場所は、密告者でも居ない限りそう簡単には見つからないだろう。
木を隠すなら森ということだ。
道路も荒廃しきっていた。車を走らせることなんてできない。誰か掃除でも、しないものだろうか。
そういえば、車の類を一切見ない。皆、足で生活している。
一応警戒はしておく。眠ったふりをし、『影牢』で家の周囲の人間を探る。ここへ来てから十二時間ほど経過しただろうか。家の前を通り過ぎる人も、見える人も、なんら戦闘員とは断言できないほどにやせ細り、下を向いて歩いていた。
食事を運んでくれた女性も、早朝にどこか働きに出たらしい。家の中には俺しか居ない。不用心にもほどがなかろうか。
一人の男が家の前で立ち止まり、鍵を開けた。
それをじっと見る。
玄関で靴を脱がず、土足のままで入ってくる。侵入者かどうか、判断ができなかった。
そして、家の地図が頭に入っているように、迷わず狸寝入りをこいている俺のところまで来た。
「起きているだろう。少し話さないか?」
その男は、この家の大黒柱であると、認識した。
急いで起き上がり、口をパクパクさせる。溢れ出す質問に脳みそが追い付いていなかった。
そんな俺を見て、男は手のひらを前に差し出し、静止させた。
「質問が多いだろうが、私から話そう。そのあとに質疑応答の時間を設ける。」
まるで敵意がない。俺の見解に間違いはなかったらしい。
医者である男は、状況について語り始めた。
「君のお友達だがな……あまり良いとは言えない。」
「………」
「面長の名前は?」
「オリヴァーだ。」
「そうか……医者として余命宣告でもしようか。」
「っ……」
そのまっすぐな瞳に驚いたが、冷静になれば驚くことではなかった。
オリヴァーの容態については俺も知っていたからである。
「ベッドの上なら三日。動き回るなら数時間。」
「……えらくはっきりしてるな。」
「訂正してもいい。彼はもう、起き上がれない。臓器が潰れて、肋骨が折れてる。薬物投与もしただろう。今頃、禁断症状に苦しんでるさ。」
「もう一人は?」
「表面上は火傷だ。重度ではあるがな。中身はもっとひどい。あんたら、雷とでも戦ったのか?神経はズタボロ。機能していない臓器がちらほら。筋肉の大部分が痙攣してた。痛み止めでも飲まないと、筋肉痛で発狂するぞ。」
「生きていけるか?」
「長くは無理だ。お仲間の結界師にでも治してもらえ。ここでの治療……というか、現代の医術では無理だ。」
「あんた詳しいな。」
「詳しい?当たり前だ。俺は医者だからな。」
「そうなんだけどさ、ここで誰が医術なんて教えてくれるんだ?」
「ああ。そういうことか。【ルメレイン】の産まれだからな。」
「ヴァルモンド家……」
「そう警戒するな。安心してほしい、俺は軍人とか結界師とかじゃない。ただの医者だ。故にすまない。お友達を治すことができなくて。」
「あんた」
「俺の話は良いだろう。もっと質問があるんじゃないのか?」
「………」
医者の男は立ち上がると、水を汲み、俺に渡してきた。
「ありがとう」と一言だけ言い、その水を飲み干した。
「俺らの見当はついてるんだろ?」
「まぁ、大体は。」
「なら、なんで協力する?」
「確かに“祝福の木”は血眼になって探してるな。そりゃあ必死に。でも、我が家には関係ない。」
「………」
「【ピロニス】の英雄。経済の再生者。貧民街の王様。通り名なんていくつもある。」
「答えになってないぞ。」
「悪いな。こっちは、十数時間のオペで疲れてるんだ。そのうえで、尋問を聞いてる。疲れもするさ。」
「……悪かった。」
「安心しろ。報告とかしない。金一封をもらっても、困るだけだ。」
「そうだ!金!悪いんだけどさ……手術代を払えるほど裕福じゃなくてさ……」
「ああ。金持ちには見えない。」
「命を救ってもらったんだ。変なことは言えない。でも……我儘を言えるのなら、少しだけまけてくれないかな。」
「交渉の時は、下から来るんだな。」
「………」
「チップはもらわない主義でね。薬代と人件費、あとは電気代とかで良い。あとで請求書でも書こうか?」
「ありがとう……助かるよ。」
「医者の本分を忘れないってだけだ。金儲けは、人助けと結び付けちゃいけない。」
医者の男は歩いていく。
「名前くらい聞いてもいいか?」
遠のく背中に聞いてみた。
「マーカス。好きに呼ぶと良い。そして、出ていくときも置手紙はいらないからな。」
「助かった。ありがとう。」
マーカスは、寝室であろう二階へ上がっていった。




