第二百三十六話
「第二百三十六話」
・オリヴァー視点
カイゼルが走って行った。
できれば、かなり急いでほしいところではある。
でも、一人になりたい理由もあった。
「ちゃんと構えろよ。でないと、当たらんぞ。」
独り言を言うみたいに、闇に向かって呟いた。でも、独り言にしては少しばかり大きかったかもしれない。
「なんだ。気づいておったのか。」
「当たり前だ。何度死線を乗り越えたと思ってる。」
声の主は、いや、銃を持った者の正体は、宿を貸してくれた老人だった。
銃口を震わせながらこちらに向けていた。
「持つのは初めてか?」
「……悪いか。」
「いいや……立派だ。」
お互いに目を合わせない。俺は空だけを見つめ、老人は銃だけを眺めていた。
「殺さんのか。お前さんの力なら儂を殺すなんて寝ていてもできることだろ。」
老人は吠える。
何が彼を駆り立てるのか知らないが、駆け引きでもしているつもりなんだろうか。
「そりゃそうだ。俺とあんたなら勝負する必要すらない。」
「じゃあ、なんでだ。」
「あんたこそ、迷ってる時間が長いな。水鉄砲と間違えたのなら取り替えてこい。」
「本物だ。」
「そうか。」
短い静寂が訪れる。
長くは続かない。
「……奴らに通報したのは、儂だった。」
「ああ。」
「知っておったのか。」
「カモがネギしょって来たみたいな顔してたぞ。初めに会ったとき。」
「……お見通しか。」
「ああ。おかげで六人殺せた。」
「皮肉か。」
「感謝を述べたつもりだった。」
「へたくそが。」
「お礼を言われるとはね。」
「……通達があった。」
「へぇ?」
「お前らを殺せって。“祝福の木”。名前くらいは知っておるだろ。」
「まぁな。意外に博識だろ。」
「うるさい。なぜ、動じん。」
「イカれてるからかもな。ほら、こんな状況なのに、涼しい風が吹いてる。誰も我関せずなのさ。騒いでるのは外野だけ。プレイヤーは意外に落ち着いてるもんさ。」
「この辺の集落は皆敵だぞ。」
「十二人の有名人か。悪くねぇ響きだ。」
「……怖くないのか。」
「おい。爺さん。話が反れてるぞ。」
「何?」
「俺が質問したのは、撃たないのかってセリフだぜ。それ以外は聞いてない。」
「……小心者を嗤うのか。」
「嗤わんさ。言っただろ、立派だって。正しい正しくないを論するのなら正しくないんだろう。勇敢か勇敢でないを論するなら勇敢でないのだろう。しかし、立派か立派でないかを論するのであれば、あんたは立派さ。それが俺の答えだ。」
「………」
「一つの集団である、あんたの答えを見せてくれ。」
老人は銃に力を込める。
茶々は入れない。それが失礼だと分かるから。
「……参ったな。」
老人は銃を降ろしてしまう。
老人自身もなぜ、発砲できないか理解できたらしい。
「金がな……ないんだ。」
老人は集落全体を見渡すように、視線を上げた。
「気が付いたか?極端に若者が少ないことに。」
「もちろんだ。節穴じゃないからな。」
「選別だよ。」
「………」
「子供を選別してるんだ。」
申し訳なさそうに、教会で懺悔でもするように呟いた。
「十歳の段階で選別して、受かった者は、都市部へ行って稼いでもらう。ここでは、全員に食料を分けられるほど豊かでない。餓死者が出るくらいならと全員で決めたことだ。」
「………」
「“祝福の木”が出来てから、生活が変わった。仕事を貰い、食料を分けてもらった。すっからかんの倉庫を見ることも少なくなった。」
「………」
「勝手な……情けを掛けてくれと言いたいんだ。お前さんらに“祝福の木”が迷惑を掛けているのは知っている。だが、儂らにとって……奴らは生命線なんだ。だから……」
「選別は成功だな。」
「……なぜだ。」
「あんたは引き金を引けなかった。生涯を通じて人間を殺すことが無かったんだ。あんたを選んだ先人たちは優秀だな。」
「………」
「そして、悪いな。俺の出身地では選別なんてやってない。だから、俺は平気で人を、下らない名目で殺せる。あんたらの言葉に耳を貸せなくて申し訳なく思うよ。」
「………」
「もうすぐ仲間が来る。銃なんて持ってたら誤解されるぞ。隠れた方が良い。それとも何か?やっぱり殺すか?」
「……いや、隠れよう。」
老人は肩を落として、建物の中に入っていく。
後悔だろうか。その背中は小さかった。
「オリヴァー!」
カイゼルが走って来る。
意外にも時間が掛かったらしい。
「遅いな。」
「走ったんだけどな。」
「汗を掻いてないな。」
「クールな男だからな。」
「カッコ付いてないぞ。」
「……ほら、鞄だ。」
カイゼルが俺の横に、鞄を置いた。
鞄の中に手を突っ込む。
そして、手がお目当ての物を見つけた。
「あった。これだ。」
鞄から取り出したのは、錠剤の入った瓶だった。
錠剤が四十個ほど入っている。
「なんだ?それ……ってお前……!!」
「ご名答。」
瓶の蓋を外し、手に三粒出す。
「お前……」
「語彙力が無いな。止める術もないくせに。」
その三粒を口の中に放り込んだ。
それは薬物だった。“ブースト”と呼ばれる薬物だった。
一錠でも飲めば、数時間後には死ねる。それを三粒も飲んだんだ。効果には大層期待している。
「うっ……」
最初に吐き気が来た。次に頭痛だ。
その二つが体に馴染むと、痛みが消え、アドレナリンでも出ているのかと思うくらいに、軽くなった。
負傷を忘れ、立ち上がる。
「良し。行くぞ。」
「い、いや……」
「どうした。顔に何か付いてるのか?」
「………悪い。行こう。」
「ああ。お前には、お前らには飲ませないからな。俺の一人占めだ。」
「………」
カイゼルは言葉を失い、隣を歩く。
俺だって、この行動が正しいと思ってないさ。




