第二百三十五話
「第二百三十五話」
・カイゼル視点
「おーい。生きてるか?」
地面にこべりつくようにして倒れ込んだオリヴァーに声を掛ける。
無事……ではないようだった。それは、地面に付着した荒い血の跡を見れば明白だった。
「なんだ。心配してくれるのか。」
「ま、まぁ……そりゃあ」
「悪くない下僕を連れてきたらしい。」
オリヴァーはなんと元気だった。
もう少し頭を強く打ってくれれば仲良くなれたかもしれない。
「戦況は?」
「敵は六人。こっちは……生きてはいるな。」
「そうか……それは朗報だ。」
嬉しそうな声を上げるが、顔はまったくもって深刻そのものだった。
「立てるか?」
「手を貸せ。」
「はいはい。」
オリヴァーの手を掴んだ時に違和感を感じた。それがなんであるのか、説明することはできないが、同じ人間の腕ではない気がした。
オリヴァーが地面にお尻を付けると、急に吐血した。
「かはっ……」
「うわっ!お、おい!大丈夫か!?」
「……うるせぇな……少し待て……」
オリヴァーは何度か深呼吸をするが、痛みが引かないのか、だんだんと不機嫌な顔を見せるようになった。
「カイゼル。」
「な、なんだよ……」
「このことは二人には言うな。」
「はぁ!?」
「だから」
オリヴァーは俺の服を掴み、ぐっと近寄る。
「黙ってろって。」
「……わ、分かった……そ、その代わり、何かあったら絶対言えよ。」
「ああ。」
気の抜けた返事だった。
付き合いの短い俺でも分かる。こいつは、無理を平気でするタイプだ。常に見張っておかなくてはならない。
「俺の鞄をとってこい。」
あまりに深刻そうな顔を見せるので、「お、おう。」と返事を返すしかなかった。
医者でも何でもない俺ですら分かる。いや、本人はもっと理解していることだろう。
オリヴァーは長くない。この旅を完走することが出来ないだろう。
彼のタイムリミットは一週間か、ニ三日か、明日かもしれない。四人しかいないために、一人でも欠けることがあれば、全員の生死に関わる。
どうにかして、彼を回復させる手立てを見つけなくては。
オリヴァーを一人にしておくのは流石に危険だと思ったが、とやかく言うと本気で怒りそうなので、俺はしかなく離れることにした。
何もないことを祈るばかりである。
ギデオンとベリンガーは出発の準備をしてくれている。
集落の内、ニ三の家を破壊したので、すぐにでも出発したいところだった。しかし、乗り物はないし、全員戦闘に次ぐ戦闘で疲れているので、必要な荷物とそうでないものを選別してくれているのだ。
宿に戻り、ギデオンとベリンガーにふわっと事情を説明し、オリヴァーの鞄を手に取った。
そして、足早に宿を出て行った。
鞄の中の何を必要としているか分からなかったために、鞄ごと持った。いや、中を見るのが怖かったというのが大部分の理由である。
家を曲がり、オリヴァーのところへ行こうとすると、先の少年と出会った。
バケツを持ち、汗を掻いている少年と。
「あ、あんたか。」
俺の顔を確認するなり、怯える少年を横目に歩いて行こうとした。
「ま、待てよ!」
「ん?何か用かな?」
「い、いや、別に……」
「そうか。」
歩いて行こうとするが、手を掴まれ、行く手を遮られる。
「なんだよ。」
「この状況を見て……何も思わねぇのかよ。」
「思う?ああ、心が痛まないのかってこと?」
「ま、まぁ、そう言うことだ。」
言語化に乏しいのか、少し歯切れが悪い少年だった。
初めに会ったときとはうってかわって大人しくなった印象がある。
「はっきりと言うけど、無いね。うちらが燃やしたわけじゃない。」
「………」
「非難をしたいのか。そうか。この現状について、さながら探偵のような、推理ゲームがしたいわけだ。」
「た、たんてい?」
「知らなくても良いさ。」
「何でも良いけどさ……ほら。」
少年はバケツを手渡してきた。
手伝えと言う事らしい。
「悪いね。」
手を伸ばし、バケツを受け取らず、少年の頭を掴み、隣に退かした。
「急いでるんだ。」
「お、おい!」
後ろから怒号を上げる少年を無視しようとしたが、流石にやんや言われて追いかけられても面倒なので、一言だけ言うことにした。
「主観。」
「は?」
「主観で物事を言うじゃない。」
「な、何言って……」
少年の顔を見るようにして振り返る。
「君から見れば、俺らはただのテロリストだろうが、それは違う。俺らは軍人だ。使命を胸に誇り高く戦う軍人だ。ボランティアや人助けに来たわけじゃない。そして、君らは非難を浴びせたいようだけれど、勘違いを正そう。今、目の前に居る俺らは聖人じゃない。やった事柄に対して正義を誇る者達だ。君たちは知らないだろうね。俺らがいくつの村を焼いてきたのか。」
「っ……」
「話が終わりなら先に行くよ。子守をするほど楽じゃないんだ。この仕事は。」
「じゃ、じゃあ……なんで助けてくれたんだ?」
「………」
答えられなかった。
それが、質問であり、正当な答えがあるにも関わらず、俺は答えられなかった。答えなかった。
「お、俺は……嬉しかったよ。だから!」
少年は息を呑む。
そして、大声で叫んだ。
「ありがとうって言いたかったんだ!!」
「………」
遠のいていく声と、自分の確かな足音を聞いて進んだ。
でないと、バケツを持ち上げそうだったから。
「俺!あんたみたいな……立派な大人になってみせるよ!!」
「っ……」
幼い、真っ直ぐな心が直視できなかった。
後ろめたいから振り返れない。どこか、立派な大人なんだろうか。
「そんなに楽しかねぇよ……この歳の人間はさ。」
少年の耳に届かないくらいの声量で、呟いた。
さぁ、オリヴァーのところまでもう少しだ。




