第二十三話
「第二十三話」
(昔話―月が欠けたように②)
救助された男性は朝に意識を取り戻した。
その男性の名は、マクスというらしい。街で飲食店を営んでいる。店での食料が底をつき、お金もなかったため自分で調達しようとしたらしい。
昔は山で育ったために、謎の自信があった。それが命取りになるとも知らずに。
「本当にありがとうございます。助けていただいた上に、食事まで。本当になんとお礼を申し上げれば良いか……」
「いえ、困ったときはお互い様ですから。」
そういう父は、自分のご飯をマクスへ渡していた。
自分は昨日の夜も食べていないのに、よくもまあ、あんな笑顔を他人に向けられる。
「ですが……そうだ!皆さんで私のお店に来てください!!御馳走します!!」
「それはありがたい。早く良くなると良いですね。」
「はい!」
「ところで何を探しておられたので?」
「キノコを探していました。店で使っていたものが切れてしまって。自分には自信があったのですが、この吹雪で、動けなくなり……」
「そうでしたか。うちのを持っていくと良いです。」
「え……しかし、」
「良いんです。お気になさらないでください。」
「……良いんですか?」
「もちろんです。」
マクスはお礼よりも先に頭を下げた。
地面にめり込むほどの態勢で。
父はすぐにやめるように促したが、マクスは涙を流しながら、そのままの態勢で何度もお礼を言った。
父は「山で今日の分の狩をしてくるから、マクスさんを送ってやりなさい」と言った。
だから、俺は街の近くまでマクスを送ってあげることにした。
「本当にありがとう。御馳走になって、その上、食材まで譲ってくれるとは。」
「いや、父さんに言ってよ。俺たちは何もしてない。」
「そうだ。街まで来ないかい?店に寄っておくれよ。」
「ん?なんで?」
「流石に手ぶらで返すわけにもいかない。何かお礼をさせて欲しい。」
「……良いけど、父さんたちに御馳走してくれるんだろ?」
「ああ。もちろんだ。約束する。それとは別で何か送ろう。何が良い?」
「……俺は、」
父の欲しがる物が分からなかった。
父だけではない。母の欲しい物すらも。
だから、即答できなかった。何を求められても。
「そうだよね。いきなり言われてもって感じだよね。」
「何がある?」
「ん~そうだなぁ、そう言われると僕も困るけど……店に着いてから決めようか。」
「うん!」
マクスの後をついて行く。
街へ入るのなんて過去に数回しかないことであった。
高い建物を見上げる。街ゆく人を見る。ただの空気を吸ってみる。
どれも、初めての経験のようなものだった。
いつもは父と一緒に来ているので、マクスと一緒とは言え、一人で満喫しているような背徳感があった。
自分は大人になったのだと実感できるとともに、親に隠れて悪いことをしているような感覚に浸っていた。
「ここだよ。」
マクスのお店についた。
店の文字が読めない。なんていうお店なんだろうか。
中へ入ると、そこには見たこともないような刃物が並び、整頓された食器。清潔を絵にかいたような空間。
自分には、許されていない禁足地のように思えた。
酷く、自分が場違いに感じる。
「好きな物を選んでくれて構わないよ。」
ずらーっと並んだすべてに目をやる。
しかし、どれを選んだものか。
迷うなんてレベルじゃない。思考が停止している。
「迷ってそうだね。」
マクスは笑いながらにそう言った。
マクスは一つのナイフを手渡した。
「これなんかどうだい?」
「これは?」
「動物を捌くのに適していると思ってね。」
確かに、父の使っているナイフはかなり年季の入ったものだった。
これは喜ぶに違いない。
子供ながらに確信した。
「うん!これ頂戴!」
「良かった。気に入ってもらって。」
そのナイフを綺麗に包んでもらい、そのまま帰路についた。
夕方になりかけたことで、急がなくてはいけないと思った。
急いで来た道を戻る。
完全に暗くなる前には帰れるだろう。
「だ、誰か……」
小さくか細い声ではあったが、はっきりと聞き取れた。
また誰かが遭難しているらしい。
声のする方へ近づいてみる。
そこには、血だらけの男が横たわっていた。
出血量は大したことはない。
その付近には袋が置いてあり、その形状からお金であることが推測できる。
「お、おい!誰かいるのか!?た、助けてくれ!金ならやる!!助けてくれたら、金をやる!!助けてくれ!!」
懇願そうにそう言った。
それを見た瞬間に、二つの光景を思い出した。
一つ目は、金にあえいでいる両親の姿。
夜な夜な貧困対策をしている両親の背中。その背中を支えたいといつも思っていた。
二つ目は、動物を捌いている父の背中だった。
普段通りの父だが、その立ち姿は憧れる。
この二つをなぜか思いついた。それも、鮮明に。
次に取った行動は、自分でもなぜかは分からなかった。
でも、当然の行いのように。これが正しいのだとどこかで理解したかのように。
父からもらったナイフをその男の首に静かに入れた。
ジタバタと暴れる男に構うことなく、続ける。
迷いはなかった。その行動に。
しばらくすると、男は完全に静止した。命を引き取ったのだ。
服には男の血がついていた。
愉悦とでも表そうか。その程度の感触が、手元から離れようとしない。
これは、どういった意味があるのだろうか。
降り積もる雪の中で、赤い地面を見て、自慢げにため息をつく。




