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第二十一話

「第二十一話」


「良いだろう。答えてやる。」

「お!良いね。」


 今はどこを歩いているのだろうか。

 エレナの迷いのない歩みはいつも心配になる。

 誰も歩いたことが無いような道を当然の顔色で歩く。

 本人は数回行ったことがあると言っていたが、心配だ。

 こいつに迷われると俺も死ぬことになる。

 最期の景色がこいつの寝顔とはまっぴらである。


「じゃあ、私も質問を返すよ。」

「なんだ。」

「ノアの故郷は?」

「……知ってるだろ。」

「確認だよ。確認。私の情報が正しいのかどうかのね。たまに、間違っているから。」

「ここだ。【フロストホロウ】だ。」

「どの辺?」

「あっちだ。」


 適当に指を指す。

 正確にどこに住んでいたか、俺もよく知らない。

 しかし、確かに住んでいた。

 そこには四人の家族が住んでいた。


「違うよ。こっちだよ。」


 エレナが違う方向へと指を指す。

 地図が頭の中に入っているためだろう。

 そして、知っているなら聞くな。


「……」

「不満そうな顔だね。」

「なぜ、聞いた。」

「ちょっと面白いから。」


 イラッと来る。

 こいつが俺に対してからかう以外のコミュニケーションをしたことがあっただろうか。

 いや、ない。


「じゃあ、俺の番だな。」

「どうぞ。」

「なんで商人なんてやってる。」

「それは、」


 手で円を作り、こちらの顔をよく見て


「お金だよ。」


 目を輝かせながら言った。

 こいつは仮面を外すと、顔芸だけで会話が成立しそうな表情の豊かさだ。


「ああ。」

「何その分かってました。みたいな顔は。」

「それ以外にないだろ。」

「まあね。次は私ね。」

「お前が知らないことを聞け。イライラするから。」

「はいはい。気を付けますよ。じゃあ、ノアの親御さんは?」

「知ってんだろ。」

「もちろん。でも、情報だけでは分からないこともあるから。」

「母親はエレン。父親はクルト。両親は普通の人間だった。」

「どうして殺したの?」


 即答できなかった。

 良い両親だった。豊かとは言えないまでも、明るく楽しい家庭だったと思う。

 なぜ、殺したのか。

 どうして、殺人衝動に襲われたのか。

 三人の唯一の存在。それをこの世から亡くした。

 その過程をしゃべれなかった。


「………」

「回答に時間が必要なの?」

「別に、」


 うざかったから。そんな嘘を言おうとした。

 しかし、言えなかった。例え、口が裂けたとしても。

 そんな言葉を言うことはできなかった。

 俺の中の何かが反発した。


「なんでもねぇ。」

「え?なんて?」

「なんでもねぇ!行くぞ。」

「分かった。」


 しばらくの無言。

 少し、整理したかった。

 昔のこととは言え、自分の中で何かが暴れだしたからだった。

 しかし、どんなことなのかは分からない。


「ごめんね。私が悪かった。」

「何がだ。」

「今の質問さ。いたずらがしたかったわけじゃないんだけど、少し、申し訳なくなってね。だから、ごめん。」


 初めて聞く、反省の声。

 エレナは悪くなかった。

 無駄な長考が良くなかった。


「良いよ。ノアの番で。」

「いや、そんな気分じゃなくなった。」

「そう。少し、休もうか。」


 しばらく歩いたはずだ。

 街の影すら見えない。

 そんな場所。周囲は木で囲まれ、現在位置が把握できない。

 同じ景色をぐるぐるしている。そんな気分。


「ノア。」


 後ろからエレナが抱き着いてきた。

 いつものことかと思い、振り払おうと腕を伸ばした時に、その腕を優しく、いつものような馬鹿力ではなく、優しく、掴みそっと戻した。


「大丈夫。過去の清算はいつかできるよ。」


 慰めているのだろうか。

 情に訴えているのだろうか。

 親殺しの鬼は、自分の過去と向き合えていないと言いたげだ。


「少し、こうして居ようか。落ち着くでしょ。」

「………全然。」

「あら、生意気。」


 それは分かりやすすぎた嘘だった。

 両親のことを思い出して、感傷に浸っていた。

 だから、こいつの体温が心地よかった。


「大丈夫。私はノアに殺されるなんてことにはならないよ。」

「……煽りか?」

「違う。君は身近な誰かを失っている。それを、どこかで恐れているんだよ。でも、私は居なくならないから。」

「……」


 俺は悲しんでいるのだろうか。

 それだとしても、涙一つ流すことのできない人間は、人間と言えるだろうか。

 俺は何かをどこかで落としたらしい。

 それが何かは分からない。

 しかし、大切な何かは人間にとっては最重要な器官で、それが無ければ人間だと確信できない。


「さぁ。行こうか。」

「ああ。」


 エレナは俺から離れ、歩き出す。


「もう少しで到着だよ。」

「は?」

「ん?」

「野宿は?」

「ああ。それ、嘘。」


 俺は二度とこいつと作戦会議なんて馬鹿な真似はしない。


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