第二話
「第二話」
「やぁ。バルドルさん。」
「お前は下がっておれ。」
「し、しかし!マスター!」
「聞こえんのか!!下がれ!!」
「も、申し訳ありません……。」
俺たちを応対してくれた店員は逃げるように奥へと入っていった。
マスターと呼ばれていた老人が振り返る。
剣を構えようとしたが、雇用主が手を前に出してきた。
やめろと言わんばかりの対応だ。
「すまない。うちの若いのが迷惑をかけたな。」
「とんでもない!楽しかったですよ!!」
「それはよかった。こちらへ。」
「はい!ほら、行くよ!少年!」
「……」
「どうしたの?元気ないじゃないか!」
「……解せねぇ。」
「なに?」
「なぜ、あんな真似をした?」
「テストだよ。」
「あ?」
「君に対するね。」
何を言っているのか分からない。
テスト?
あんなので何を試せたと言うのか。
雇用主は嬉しそうに歩いていく。
俺もそれに続いて歩いていくことにした。
ため息をその場に置き去りにして。
案内された客間は広く、豪華なものだった。
この豪華な作りが“星屑のテーブル”の盛況具合を物語っている。
席へと案内され、上座へと座る。
雇用主はご機嫌そうにメニューを開けている。
ここでなんの約束があるのだろうか。
「何か召し上がりますかな?」
「そうだねぇ…。少年は何がいいんだい?」
「……これ。」
「…ふっ。」
「あ?」
「ごめんごめん。少年は文字が読めないんだね。」
「黙れ。これが良いと言ってるだろ。」
「少年。それは飲み物だよ。」
「……」
頭に手を置かれ、撫でられる。
完全に舐められてる。
こいつ…。
「お姉さんが選んであげるよ。」
「早くしろババa…うっ!!」
腹にパンチを貰う。
座っているのに、勢いのある良いパンチだった。
「お姉さんね。お・ね・え・さ・ん。繰り返してみ。せーの、お姉さん。」
鳩尾に入ったらしく、言葉が出ない。
職業柄相手の感情に敏感だ。
これは怒っている。ただ、怒っているのではなく、言うならばブチギレだ。
それほど年齢に敏感なのだろう。
もしかすると、仮面の下は老婆なのかもしれない。
声だけ若作りしているとは何とも気持ちが悪い。
「じゃあ、バルドルさん。オムライスを二つ!」
「かしこまりました。厨房に伝えてきます。」
「お願いしますね!」
バルドルは部屋を出て、どこかへ歩いていく。
向かった先は厨房だろう。
「もう。少年!」
「な、なんだよ。」
胸を摩りながら聞き返す。
「良い?女性の年齢は聞いちゃだめなんだよ!」
「じゃあ仮面外せよ。」
「それは無理。」
「は?」
「これには深いわけがあって……。」
「なんだよ。言えよ。殴ったんだから。」
「そろそろご飯来るかな!」
「おい。そらすな。ば、うっ!」
何回も同じところ狙いやがって。
なんで座ってんのにこんな力が強いんだ?
女じゃなく、男なのかもしれない。
「お待たせしました…ってあれ?お連れさんどうかしました?」
「いえ!別に!」
「そうですか…。」
ぬけぬけとこいつ。
自分が殴ったんだろ。
帰り道に絶対に死体にしてやる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます!ほら、少年!おいしそうだよ!」
「……」
無言で目の前に置かれたものにがっつく。
今まで食べたことのないくらいにおいしい。
あまりのおいしさに手を止めることができない。
その結果。すぐに食べ終わってしまった。
おかわりがほしいくらいだ。
「まぁ、おいしい。」
「ありがとうございます。」
「本当においしいですね。ここのマスターさんと仕事ができるなんて感激です。」
「うれしいことを言ってくれますね。」
「本当のことですよ!彼におかわりをお願いします。」
「それも良いですが、そろそろ。」
「あ!そうでしたそうでした。忘れない内にやっておかなくてはいけませんね。」
「はい!では品物を。」
「忘れました。」
「は?」
「忘れてしまいました。」
「は、はぁ?」
「では、おかわりを。」
不穏な空気が流れる。
いや、不穏なんて優しいものじゃない。
殺意に似たその空気は空に出ていくことなくここへ留まる。
「な、なんと?」
「忘れました。」
「き、聞こえています。は、はぁ!?」
「おかわりください。」
「いや!できるわけねぇだろ!!ば、馬鹿か!!何してんだ!?!?」
「えぇー…そんな怒る?」
「てめぇ!!何が忘れましただ!!ふざけたこと抜かすな!!!」
「しょうがないじゃん。忘れたんだから。ねぇ!少年!次は何が食べたい?」
「俺は同じものが良い。」
「バルドルさん、同じものを!」
「ふざけるんじゃねぇ!!!!」
バルドルは勢いよく机を叩く。
その勢いで雇用主がまだ食べていたものがどこかへ飛んで行ってしまう。
綺麗な放物線を見つめて、バルドルの方へ向きなおす。
「ただじゃおかねぇ!!!野郎ども!!殺せ!!!」
「やだなぁ~物騒な。私は極力暴力を振るいたくないんだ。」
「黙れ!!小娘が!!」
「おお、怖。」
雇用主は茶化している態度をやめない。
「少年、名は?」
「は?」
「名前だよ。字が読めなくても、名前くらい覚えられるでしょ?」
「……今か?」
「そうだよ。今さ!」
「このジジイ、キレてるけど。」
「今じゃないとダメなんだよ!」
「……ノア。」
「ノア!よろしくね!私は…」
彼女は仮面を外しながらに告げる。
その名前を。
生涯忘れることなどできないその名前を。
「…エレナ。」
仮面の下からは人間とは思えない美人が登場した。