第十四話
「第十四話」
・エレナ視点
ノアを向こうへとやった。
少し、入り込んだ話がしたかったから。
「あのガキは良いのか?」
「うん。彼は、ビジネスとは関係ない。」
「そうか。お前さんの、その仮面には聞き覚えがある。」
「そう。良い話ではないんでしょ。」
「そうじゃな。死のピエロ、そう言われとったな。」
もっと可愛い名前を付けて欲しい。
こっちは乙女なのだから。
しかし、的を射ている。
「見てみれば、そうじゃな。その通りじゃな。」
「どうして?」
「人を欺き、貶し、嗤う。それを平然とやってのける。それに、お前さんには、あのガキに対して仲間意識がない。」
「へぇ~。よく見ているね。」
「しかしなぁ。仲間意識はなくても、情が移っとる。ガキを大切にしとるんやな。ガキが居なくなった瞬間に口調が変わった。」
「……そんな話は良いの。私が、ノアのことをどう思ってようが。そんなことは、ここでは関係ない。あなたの話だよ。」
「俺の?」
「うん。あなたは、“グリム”を取り戻すために動いている。」
「……よく調べたな。」
「そりゃね。情報通だから。力を貸そうか?」
「……まるで、悪魔との取引じゃな。」
「ピエロですから。」
そう。目の前の男は、“グリム”を取り戻すために躍起になっている。
数えるのも退屈になるくらいの武器を集めて。
「“グリム”にはあなたを迎える準備がない。それをよしとしないあなたが、武装蜂起を行う。間違いないね。」
「そうじゃな。俺は、純粋に親父の遺品を取り戻したいんじゃ。」
「力を貸すよ。」
「どうやって。」
鞄から、一つの薬を取り出す。
この薬は、どこでだって飛ぶように売れたらしい。
「これ。」
「なんじゃそr……お前……お前が流通させたのか?」
「ご名答。」
薬の名前は“ブースト”。
これを飲用することで、兵士たちは狂ったように戦う。
まるで野生に戻ったかのように。
「ピエロなんて可愛い者じゃない。お前は悪魔よりも怖い女じゃ。」
「面白いことを言うね。私は薬を流通させただけ。使ったのは、あなたたちでしょ?」
「……そんなものは買わん。」
「ほんとに良いの?」
「……」
彼の現状は大体把握している。
彼には、“グリム”とやりあえる戦力がない。
しかし、これを使えば戦況がひっくり返る。とまでは言わないが、多少は善戦できるだろう。
可能性の話だが。
私は可能性に火をつけるだけだ。
「本当に買わないの?あなたたちは確実に負ける。その結果は揺るがない。でも、これを使うことで、最善の結果に導ける。何を恐れているの?何を怯えているの?どんな可能性を妄想しているの?どれも無駄だよ。走った者にしか分からない景色があるからね。」
「……そうやって、多くを地獄へと落としたのか。」
「まぁね。私は利益を追求する。人情は次の次だよ。」
その薬には大きな副作用がある。
パターン① 廃人になる。
何も考えず、何を求めない。求めた先は、灰色の世界になってしまう。苦肉の策を行った人物たちの末路。
パターン② 全身の激痛。
散々暴れまわった後に、待ち受けるのはリバウンド。その体に耐えられない負荷を与えた人物たちの末路。
パターン③ 重度の禁断症状。
彼らは、水を求めるように薬を服用し続ける。終わりはない。限界もない。その腹のどこに入っていくのか想像もできない量が彼らをむしばんでいく。
現状はこれくらいか。
聞いた話だけなので、実際は知らない。
本人たちは口を利ける体じゃないし。
「副作用ばかり気にしていたら、終わりだよ。そんなに落ちぶれたのかい?御父上が泣いているよ。」
「黙れ。」
「傭兵になりたいとぬかしていた君たちが、よもや戦いの前から尻込みとはね。どんな面白い話よりも滑稽だ。」
「っ!!」
ガリオンは腰に携えた短剣を机に叩きつけた。
机がきれいに割れ、床へと落ちる。
店内の喧噪でも響く、落下の音。
それは、誰もが注目するほどに衝撃的だった。
「黙れと言っている。」
「もう黙ったじゃん。うるさいなぁ。そんなチキンなら良いよ。負けた後に、嗤いに行ってあげる。」
「………せ。」
「??」
「……よこせ。」
「はっきりと言葉にしないと。そうやって、誤魔化していては誰にも響かないよ。」
「よこせ。その薬。」
「毎度あり。じゃあ、人数分用意してあるから。」
「お見通しか。あっぱれだな。」
「そりゃね。支払いを頼むよ。」
「ああ。」
袋をその場に置く。
机が無いため、地面へと。
それと同時に私も薬を地面へと置く。ゆっくりと。慎重に。
「これで成立だね。」
ゆっくりと手を伸ばし、お互いに目的の物を手にする。
彼が多額のお金を持ち歩いていることは知っていた。
なぜなら、彼らには帰るべき場所。すなわち、アジトが無いからだ。
故に、財産を持ち歩かなくてはいけない。
この金でノアにおいしいものでもごちそうしよう。
「試しに飲んでみれば?」
「は?」
「私の薬が効かなかったら、もったいないでしょ?」
「然るべきときに飲む。」
「いやいや、思い立ったが吉日だよ。君が、やらなければ誰も続かないよ。それに、その薬の特効薬はできているんだ。それはおまけさせてもらうよ。」
「………」
「どうしたの?ビビっちゃった?」
袋からその薬を一つ手に取る。
覚悟を決めたような顔で、その一粒を口に入れる。
ドガ!!
それを口にした瞬間、彼は地面へと転がった。
作戦通りだ。
「よし。馬鹿一号。」




