第百話
「第百話」
・ノア視点
「ここはどこだ?」
ベッドに座ったエレナに聞いた。
「ここはエヴァンシールの屋敷だよ。意外に仕事が早くてね。昨日の夕方にはすでに部屋が用意されていたみたいだね。マメになってくれて感謝しなくちゃ。」
昨晩の景色とは一変して、室内は隅々まで清掃され、太陽ではない照明が部屋の中を照らしていた。
「エヴァンシールはなんて?」
「認めるってさ。かなり上からの物言いだったけれどね。後で話を聞くとも言っていたね。」
「じゃあ。」
「うん。ここからが正念場だ。」
これまでが前座と思うほどに強力な相手が数多存在するのだろうか。
これまで以上に死闘を闊歩しなければならない。
やはり、このままじゃいけない。
もっと強くならなくては。レイヴァンとの修行を思い出して、甘えず、直向きに自分を見つめなおす。
「いろいろと考えているみたいだけど、その前にお腹を満たさない?」
腹の虫が鳴る。
考えてばかりでは自分らしくないな。
もっと体を動かさないと。
「そうだな。お腹が空いた。」
「エヴァンシールが気を利かせて朝食を用意してくれているみたいだから、行こう。」
「ああ。」
エレナは立ち上がると、左手を出してきた。
それを掴み、立ち上がる。
当たり前のように傷が完治している。
そっとエレナの方を見るが、エレナには目立った外傷は存在しない。
これは大変に喜ばしいことなのだろう。しかし、自分が情けなくて仕方がなかった。
廊下に出て、階段を下りる。
誰ともすれ違わない。
これほどに大きな屋敷だと言うのに、誰にも会わないのだ。不自然なほどに。
嫌われたのだろうか。
それとも、純粋に歓迎されていないのだろうか。
それにしてはかなり清潔に保たれている。
それが異様に目立つ。
「ここかな。」
「やけに詳しいな。」
「そりゃあね。以前住んでいたからね。でも、改装されていて、大体の場所しか知らないけど。」
「ああ。」
そんなことも言っていたな。
扉を開ける。
そこには包帯の男が朝食をがっついていた。
その隣には、赤色の髪の毛をした高貴そうな女性が優雅に飲み物を飲んでいる。
お誕生日席。つまりは、一番偉い人が座るべき場所にはエヴァンシールが座っている。
大きな、三人では余りに余っている机は、ガラガラだった。
「よぉ。よく眠れたか?」
エヴァンシールが興味深そうにこちらに話しかけた。
「ああ。」
「まあまあね。」
「よく言うな。お前の我儘でノア君と同室にしてやったというのに。」
「それに関しては感謝しているよ。昨日も、お礼を言ったじゃないか。」
「あれをお礼とか言うやつは居ねぇ。」
「そう?私は胸を張って言えるけどね。」
「すごいな。やはり縁談は断って正解だった。もはや、脅しだったからな。」
「縁談……?」
「ああ。昔ね。」
軽く受け流されたが、初めての単語にしては、イラっとする響きだった。
「若様。どうして私を招集したのか。」
優雅な女性が、コップから口を離し、机に静かに置いてから質問した。
「そうだった。君にも苦労を掛けるね。」
「いや。仕事だから。」
「そう言って、割り切ってくれるのが君の魅力だよ。」
「口説きなら他所でやっていただける?」
「悪いね。あと、若様はよしてくれ。」
エヴァンシールは立ち上がる。
「ノア君には言っていなかった。此度はよくやってくれた。合格だ。なんて偉そうに言うことはできない。だから、切実に本音を語らせてほしい。協力してくれないか?僕や、僕の領地のために。」
「俺はエレナに従う。お前のお願いはその次だ。」
「良いよってさ。」
エレナが翻訳してくれた。
正直、どうでもいいことではあった。
「それは嬉しいね。それと、お前。なんて無粋な呼び方はよしてくれないか?僕には、ゼノス・エヴァンシールって名前があるんだから。」
「分かった。ゼノス。」
「うん。良いね。」
「主任はどこだ。」
「……?そこに居るじゃないか。」
ゼノスは包帯の男を見た。
そうか。どうりで既視感があったわけだ。
「よお。元気か?」
例のごとく、包帯でぐるぐる巻きにされた主任は声でしか判別できない。
「ああ。主任は……元気そうだな。」
「元気………元気………ゲンキ……うん、」
壊れた。
主任が。
完全に。
何かトラウマにでもなったか。
「まぁまぁ。話をしようじゃないか。今後の、重要な。」
「そうだね。ほら、ノア。座って。」
「ああ。」
エレナが椅子を引いてくれたので、そこへ座る。
エレナも隣に座った。




