第一話
「第一話」
白い息が出る。
足の踏み場もないほどに雪が積もっている。
前人未到の領域に足を踏み入れたみたいだ。
そこに優しく、雨が降っている。その雪を解かさないように、必死に避けているのかもしれない。
春の寒さは、服を透過し、すべてを冷やす。
感想は、帰りたいだった。
雨の日に小さな拾い者をした。
小さいと言ったのは間違いだったのかもしれない。
それは傘よりも小さく、手に持つには大きすぎる。
見たままを言えば少年だった。
傘に当たる雨の音でかすれるほどの心臓の音とは裏腹に、隙がないほどの生命力。警戒心。
私には彼が分からない。
しかし、知りたいと思っているのだろうか。
疑問を提示するならば、自分は彼に興味があるのだろうか。
身長ほどの剣を抱きしめ、その目は死を訴えている。
地面に座ってこちらを見る様は、物乞いと言うには気高く、戦士と言うには青すぎる。
推論を述べれば、彼は少年兵に違いない。
「少年。名は?」
彼。ノアとの出会いは雨の音と共にやってきた。
汚れた彼との泥臭い出会いの場。
それは、破壊された建物の内側。言うなれば、雨も凌げない廃墟の中心だった。
・ノア視点
「少年。名は?」
「誰だ、あんた。」
「この綺麗なお姉さんにその口の利き方はないんじゃない?」
「は?」
話かけてきたのは夜に溶けそうな黒髪を肩まで垂らして、見つめるだけで沈んでいきそうな黒い目。極めつけは、仮面をつけた人物。
身長的に歳はそんなにいってないように見える。
成人そこそこだろうか。
顔を見ることができないので何とも言えない。
今の俺でも殺れる。
外敵にはなりえない。
はっきりと言える。こいつの戦闘力は皆無だ。
「ははぁーん。その目は、さながら獲物でも探しているのかなぁ?」
「黙れ。お前には関係ないだろ。」
「あら!失礼しちゃうわ!」
「なんの用だ?」
「用?あなたに用事がある人が居るの?驚きを通り越して、聞き間違いかしら。」
「……馬鹿にしてんのか?」
「冗談だよ。君、私の用心棒にならない?」
「…...仕事か?」
「もちろん。報酬はそうだねぇ……今後の食事とか?」
「分かった。すぐに食わせろ。」
「お任せなさい。」
正直、腹が減ってどうしようもなかった。
仕事が入ってこないから、金もないし。つてがないから、飯にもありつけない。
八方塞も良いところだった。
この女を利用して、飯を食べた後に殺そう。身なりを見れば、それなりの金持ちに違いない。
後に続いて歩く。
剣だけを抱きしめて。
どんどんと人気の多いところへと歩かされる。
こんなに中央に来たのは初めてだ。
中央に行くにつれ高級な店が多くなっていく。
自分ではその店の空気を吸う事すらおこがましいと思えるような空間。
それは、言い表せないほどに居心地の悪い結晶のようなものだった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。そんなに私が怖いの?」
「冗談を言うな。面白くもない。」
「子供のくせに生意気だなぁ……。」
「子供扱いするな。仕事をする以上俺は対等なはずだ。」
「あーはいはい。そうだねぇ~。」
「っち!」
「あら、可愛い。」
なんなんだ。
この腹立つ女は。
とっとと飯を食って殺そう。
長い間話し込んでいると頭がおかしくなりそうだ。
「ここだよ。」
「あ?」
「ここのお店が絶品でね。」
「ここは…...」
そこは街の中心地に近い高級店だった。
レストランの名は、“星屑のテーブル”。
入れる者は社会的地位の高い者や信用のあるごく一部の人間だ。
それほどの人物とは…。
「初めて行くけど、緊張するね!!」
「…は」
思い違いだったようだ。
ここに入る条件すら知らない田舎者だとは。
「じゃあ、行こうか!!」
「待て。」
入れるわけがない。
それどころか、戦闘になるかもしれない。
「どうしたの?」
「はぁ…。お前……知らないのか?」
「ん?何が?」
「ここには偉い奴しか入れないんだぞ。」
「あぁ。そのことね。知っているよ。知り尽くしているとも!心配しないの。子供は笑顔を作るのが仕事なんだから。」
「俺の仕事は護衛だ。」
「はいはい。入って入って。」
「……」
中は綺麗なものだ。
土どころか、埃すら落ちていない。
清掃が行き届いている室内。
この街でこれほど清潔な場所があるとは知らなかった。
目を輝かせて見ているこいつが少し恥ずかしい。
ただでさえ怪しい格好をしていると言うのに、変な素振りを見せたら追い出される。
俺もここの料理を食べてみたいから。
「お客様。」
「はいはーい。」
「……申し訳ありません。当店は会員制となっておりますので、お入りいただけません。」
「え~…ケチくさいなぁ。良いじゃん二人くらい。」
「申し訳ありませんが。」
「言葉強いなぁ。どう思う少年!」
「入れろ。殺すぞ。」
「よだれを垂らした子供を放っておくのかい??酷いな…人間じゃない!」
「迷惑ですので。御帰りを。」
「君ね。頭の固い人物だなぁ。私の客よりもケチだよ。」
「……おい。帰らないと言うのなら。命を懸けろ。」
店員が雰囲気を変える。
背中に隠し持っていたらしいナイフを取り出す。
肉を捌くナイフ。それも人肉専用。
殺気をまき散らしながら、近づこうとする。
そこに剣を一瞬だけ抜いて、地面に線を刻む。
誰もが驚く斬撃。これが俺の特技だ。
これだけでいくつもの死線を超えてきた。反応できない抜刀。
「その線を越えるな。」
「っ!」
店員の男は止まる。
理解したようだ。
はったりではなく、その線の内側が俺の射程範囲だと。
「やめんか。」
「マスター!!」
「やぁ。バルドルさん。」
小太りの老人が歩いてくる。