お兄が留年した理由
兄と言うものはきっと誰しもがシスコンであり、
妹と言うものはきっと誰しもがブラコンである。
「ちょ、ついてこないでよ」
「気にするな。俺のことは空気だと思ってくれ」
「流石にそれはできないでしょ」
「学校までちゃんと送り届ける、これ俺のなかで常識だから」
とうとうこの人行くとこまで行っちゃったよ・・・
「そこまで行くと流石にキモいよ」
「・・・え」
長く手入れの行き届いた髪をなびかせ小学生と間違われるような小さな背をした女の子が足早に学校へ向かう。
丸くくっきりとした大きな瞳がその印象をさらに引き出し制服ではなくランドセルを背負わせたほうがしっくりとくる。
しかし口だけは少々達者なので小学生と言うより“クソガキ”と言ったほうが正しいだろう。
その後ろを明らかに同じ学校ではない制服を着た背の高く切れ長い瞳をした男の子が追いかける。
まったくなんちゅう格好しとるんだ。
目の前を歩く女の子のスカートはかなり際どいところまで巻くり上がっており、風が吹けばその中に履いているものが確実に見えてしまいそうなほどギリギリのラインを攻めていた。
その露出された足は日焼けを知らないかのような白さをしており、太すぎず細すぎずのちょうどいい肉付きをしている。
それにしてもよくもまあこんなにも寒い中あれほど生足をだせたものだ。
まだ二月上旬だぞ?平均気温九度の中パンツで外歩いてるのと一緒じゃないか。
俺なんてマフラー手袋カイロに二重靴下おまけにヒートテック×2と防寒着の廃課金勢だというのに。
対極的な二人の格好に季節感がまるで感じられない。
「だってそうじゃん、世界中どこ探しても毎朝学校に遅刻してまで妹の登校についてくる兄なんていないでしょ」
「なに言ってんだよ。ここにいるだろ」
「んーーああーーーー!!!そういうことじゃないーーー」
おっと言い忘れてた、俺たち二人は兄妹だ。
一つ年の離れたロリ要素満載の妹をもつ俺は地元では少し名のある高校に通う一年の室咲圭一。
そして今まさに俺の発言によって髪をぐしゃぐしゃにしながら叫んでいるそこのロリこそが我が親愛なる妹、室咲満月だ。
仕事が忙しくたまにしか帰ってこない両親に変わり小さなころから面倒を見ていたせいかいつの間にか満月を溺愛するまでに成長していた。
朝の弱い満月をビブラートの利いたモーニングコールで起こし、愛情の詰まった朝ごはんに弁当を準備し、学校まで送り届ける。
とこれが毎朝のルーティーンだ。
おっと、シ・ス・コ・ンはやめてくれよ。なんせここだけの話、世の中の兄と言うものは大体みんなこんな感じだ。だがらこれは決して俺に限った話ではな・・・
「いや、十分シスコンだよお兄。それにこんなことするのお兄だけだから」
「満月よ。とうとう“俺”の心の声まで聞こえるようになってしまったか・・・兄ちゃんは嬉しいよ!!」
「なッ、違うわ!全部声に出てたんだよ!!」
「またまた、冗談はよしてくれ」
「いやもうほんとよしてくれ」
「兄ちゃんのことそんなに好きだったなんてまったくしょうがない奴だなー」
「だから違うってー!!!」
「え、好きじゃないの・・・」
駄目だこの人話が全然通じない。
満月は自身の言葉で一喜一憂する圭一と話すとき細心の注意を払うようにしていた。
それは過去にちょっとしたことで喧嘩になったことがあるのだがその時に放った一言「出てって」このたった四文字で三日三晩家に帰らなかったことがあるからだ。
はぁー、まったくどうしてうちのお兄はこうもめんどくさいの・・・
ふいに出たため息はまだ冬の寒さを象徴させるかのように白くくっきりとしていた。
「それよりそのスカートの丈はどうにかならんのか?」
「あーこれ?いいでしょ~。見えそうで見えないギリギリを責めることに意味があるんだよ。わかってないねーお兄」
おっと、うちの妹はいつのまにこんなスリリングな子になってしまったんだ。
「ほら思い出してみて。お兄の学校の人たちもみんなこんな感じだったでしょ?」
まーたしかに俗に言う“陽キャ”と言ったやつらはそういう格好していたような・・・
「ってまだ中学生だろ」
「春から高校生だもん!」
中学三年生の満月は圭一の通っている私立高校に進学したためすでに受験も終わっており“女子高生”という夢にまで見た憧れの存在にもう少しでなれるという喜びで浮かれていた。
だがその姿を見る圭一は深刻そうな顔つきをする。
・・・どうしようどうしようどうしよう。我が妹である満月がとうとう高校生になってしまう。こんなに可愛いんだ絶対に彼氏とかできちゃうよ。
それは何としても阻止せねば兄として威厳に関わる大問題だ。
だが幸いなことに満月の通う高校は俺の学校だった。どうにかしてこれをうまく利用できないものか・・・
「ねーえお兄、高校って成績悪いと留年すんだよね?それってっ実際どなの?」
確かに成績が悪いとそうなる。しかし留年かー、俺には関係のない話しだな。
満月の世話ばかりしている圭一だが成績だけは常に学年トップに君臨しているためそれとは無縁の関係だった。
ん?いや待てよ。留年・・・留年・・・留年・・・そうか!!
「・・・たよ」
「え?」
「だからもう学校着いたんだから早くお兄も学校向かってって、ね!」
あらやだ何この子めちゃくちゃ可愛いんだけど。
この前半にみせるきつめの口調も後半最後に見せる一瞬のデレで調和し、初めにツンをすることによって後のデレが通常よりはるかに効果を発揮するという高等テクニックまで兼ね備えたこの言葉。さすがは我が妹。
「どうしたのお兄、悩みごと?」
「え、いや今日も可愛いなと思ってな」
「なっ!!もーすぐそういうこと言うー!」
兄妹とは言え面と向かって可愛いと言われるのは流石に恥ずかしかったのか満月の顔が赤くなる。
「あ、そだ。言い忘れてたけど水色のしましまは余計幼く見えるぞ。じゃな」
圭一はそのまま自身の通う高校に向かって走り去る。
一方何を注意されたのかわからない満月はその場で考えこんでいた。
水色のしましまっていったい・・・・あ!!!
さらに顔が赤くなった満月は走り去っていく圭一に向かって大声で叫んだ。
「この変態シスコンくそおにぃのバカーーーーーー!!!」
いやー朝から神聖なものを見てしまった。
圭一は鼻から赤い鼻水が垂れたのを袖でぬぐい高校へと向かった。
「圭一、お前どうした鼻栓なんてして」
「あぁちょっと妹でな」
「え・・・とうとう行くとこまで行ったのかお前」
その後クラス中に変な噂が広まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時は流れ冬の寒さから少し温かみが戻ったころ一人の女の子があわただしく部屋中を駆け回る。
とうとうこの時が・・・来たっ!!!
鏡の前で乱れた前髪を整え、サラサラした髪にヘアオイルを塗る。
待ちに待った高校生活。今日この日のためにどれだけ苦労したことか。今思えば長い道のりだった・・・
見えはって細く注文したが故届いて気付く履けないスカート。
ダイエットしようと頑張るも卒業パーティーやなにやらで増える体重、肥えるウエスト。
今日こそは!と思い決心するもどうしてもだらけてしまうこの性格。
徹底的な食事制限に毎朝五キロのランニングをラスト二週間で追い込み手にしたこのボディ。
見よこのくびれるような腰回りにシャープな輪郭、すっと細い足回り。
ああ、辛く険しい道のりだった・・・だけど!それも今日を可憐に飾るための努力の結晶。おかげでこの通り見えはって注文したウエストがジャストサイズに!
その過酷なダイエットを思いだし涙がこぼれる。
「おーい早くしろよー」
「分かってるってーもう行けるからー」
うん。もうそれ5回目。
圭一はかれこれ二十分玄関で待っていた。
それにしても今日は入学式だっていうのに何でまたお兄まで制服着てんのかな?
今日は在校生お休みだったはずじゃ・・・あそっか!きっとお兄のことだし保護者役として参加する気だな~。残念だったなお兄よ。この私には全てお見通しだよ。
謎の自信とともに部屋を出た満月は玄関で待ちくたびれていた圭一の元へ向かい肩に手を当てこう言った。
「残念だったな~お兄ぃ。まだまだだね」
何を言っているんだこいつは。
「そんなのいいから早く学校行くぞ。入学早々遅刻する気か」
「なッ・・・あ!そだった。ほら何してるのお兄置いてくよ!」
そうして二人は高校に向かった。
「ってなんでお兄の席がここにあるの!」
「言ってなかったか?留年したんだよ」
・・・ん、なんだって?
「留年?何それ、おいしいの?みたいな顔してたお兄がなんで留年なんか・・・はっ!」
「ようやく気が付いたか。相変わらず今頃気付くとはまだまだだな」
お兄はシスコンそれはわかっていた。それはわかっていた、けど・・・ここまでするとは思っていなかった。私としたことがお兄の行動力を舐めていた。
私と同じクラスになりたいからって留年・・・ば、バカげてる。
「バカなの?ねえお兄バカなの」
「なにいってくれちゃってんの。兄ちゃんはちゃんと天才だよ」
「天才なら妹と同じクラスになりたいからって留年なんかしないと思うけど」
「逆だ。天才だからできたんだよ」
「ん?どゆこと」
すると圭一は自慢げに事の成り行きを話し出した。
「一年の最後のテストで担任と少しゲームをしてな。俺が学年一位をとったらなんでも言うことを一つ聞くということを条件に賭けをしたんだよ」
「でもそんなのいつものお兄だったら余裕過ぎる条件じゃない?」
「この賭けにはボーダーがあってな、仮に学年一位になれたとしても一科目でも五点以上の減点を取ればその時点でこっちの負け。それに加えて向こうは国立大学の過去問を存分に出してくる始末(一方こっちは高校一年分のことしか教えられていない)。
いやー久しぶりに本気を出したよ。
だがそのせいで学年の平均点はダダ下がり。追試者が続出するはめとなりテスト後二人して学年主任に呼び出されて三時間の説教とまあ色々大変だったんだよ」
「さ、さすがはお兄。でもそんなリスク犯してまで担任の先生の目的は?お兄はいったい何を賭けたの?」
「満月の寝顔写真」
ん、今こいつなんて言った?気のせいかな私の名前が聞こえた気がしたんだけど。
「ごめん、よく聞こえなかったなーお兄“誰”の写真だって?」
「え、だから満月の寝顔写真」
よし、死刑だ。
「ちょっとこっちに来い」
「恋?!」
こうして二人の新しい学校生活が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょ、お兄」
「ん」
「ねえお兄ってば」
「なんだよ」
「さっきからあの先生ずっと変な言葉で喋ってるよけど大丈夫かな?」
「え?」
「だからあの先生授業始まってからずーっと日本語でも英語でもない言葉使ってるんだって!」
おい嘘だろ。今フランス語の授業だぞ。
今二人が受けている授業は選択式のフランス語の授業だ。
英語以外の他の国の言語も使えるグローバルな人になれるようにと数年前から始まったこの授業。中国、フランス、ドイツと三つの中から自分で受けたいものを選んで受ける選択授業を取り入れている。高校ではなかなか珍しい授業だ。
「も、も、もしかして宇宙人との交信?!どうしようお兄宇宙人に連れ去られちゃうよ」
「よし落ち着け妹よ。どこの高校に授業中宇宙人と交信する先生がいるんだよ」
「だって宇宙語話してるよ」
宇宙語に進化しちゃったよ。
「この時間は何の時間かわかるか?」
「お兄ぃ舐めてもらったら困るね。今が何の時間かだって?そりゃもちろん宇宙についてに決まってるでしょ」
「うん。選択授業な」
「あ、はいそうでした」
「自分が何のコースを選択したか覚えてないのか?」
「コース?」
満月はなんのことだかわからずポカーンとした表情で圭一に聞き直す。
「ほら入学式の日にもらっただろ。選択授業のアンケート用紙。それ何に丸つけたんだ?」
「んー、わかんなかったからとりあえずお兄と一緒でいいやって感じで適当にやったから覚えてないや」
うーんこれは少々過保護に育て過ぎたかもしれん。
「いいかこの授業はフランス語の授業だ」
「ほうほう。ボンジュールってやつね」
「そんで変な言葉や宇宙語と言っていたのは全てフランス語だったんだ」
「あーそうだよね・・・うん。知ってたよ」
嘘つくな嘘を。
「ちなみにいっとくがさっきからずっと先生がこっち見てるからそろそろ前向いた方がいいと思うぞ」
「ういー」
「え」
今こいつ“うい”って言ったのか? ”oui" つまりフランス語で「はい」を意味する。
それを既に知っており日常的に使ったというのか・・・・さすがうちの妹だ。
だが当の本人は「oui」=「はい」などと当然理解などしておらずただなんとなく言っただけであった。
午後は体育の授業だったため男子は外での授業だった。
授業が終わり圭一は教室に戻るとそこには満月の姿がなかった。
辺りを見渡すとクラス中の女子が浮かない表情をし一人の女子生徒が動揺しながら泣いていた。
疑問に思った圭一はなぜ満月がいないのか近くにいた女子に聞こうとするも口をつぐみ目をそらされる。
「おい、どうしたんだよ・・・満月は、満月はどうしたんだよ!」
すると奥で泣いていた女子生徒が圭一の元まで近づき声を震わせながら事の経緯を話した。
事情を知った圭一は血相を変え教室を出ていった。
「わ、わたしもわざとやったわけじゃなくって・・・」そう言いながら女子生徒はその場で泣き崩れる。
・・・満月が・・・満月が・・・気を失って倒れた
体育の授業でバスケだった女子は試合が炸裂しヒートアップしていた。そんな中ふとよそ見をした満月は相手のパスが乱れこっちに来ていることに気づかず顔面にボールが直撃。その衝撃で気を失いその場で倒れた。
圭一は不安と焦りで息が乱れ保健室まで行くだけなのに何キロも長い道のりを走っているかのような気分だった。
バンッ!
「はぁ、はぁ、はぁ・・・み、満月!」
勢いよく開いたドアの開閉音と圭一の声が保健室に響き渡る。
辺りを見渡すも先生はおらず奥のベットのカーテンだけが閉まっていた。
・・・満月
いつもの俺ならこんなことはしなかっただろう。
誰がいるかもわからないベットをのぞくなんてことは絶対にしない。だがこの時の俺は冷静さに欠けていた。満月がいると確信できないにも関わらずその閉ざされたカーテンを開けた。
あ・・・
そこにいたのは目を瞑り頬にガーゼを貼って寝ている満月だった。
「おい!満月ッ!しっかりしろ満月!!」
必死に呼びかけるも返事は返ってこない。
・・・ッく、俺が近くにいたってのにまた・・・
圭一は昔の記憶がフラッシュバックした。
六年前、小学三年生だったころのこと―――
俺には一つ上のお姉ちゃんがいた。その人はいつも優して頼りになる自慢のお姉ちゃんだった。
俺はそんなお姉ちゃんが大好きで何をするにもいつも一緒だった。
今日あった授業のこと。テストで満点を取ったこと。リレーで一番になれたこと。何気ない話でもちゃんと聞いてくれるのがうれしくてそのために勉強も運動も全部、全部頑張った。
だがそんな幸せな時間は一瞬にして奪われた。
いつも通り一緒に下校している時だった。
その日のお姉ちゃんは新しく買った白いワンピースを着ておりいつもより輝いていたのを覚えている。
「でねまだまだ話したい事たーくさんあるんだよ」
「今度は何かな~」
「つぎはね・・・」
一瞬、ほんの一瞬目をそらしただけだった。次に目の前を向くとさっきまで隣にいたお姉ちゃんの姿は消えていた。
「タケルくんと競争し・・・え」
数メートル先、少し離れたところに変わり果てた姿のお姉ちゃんがいた。
頭から血を流し声を掛けても返事がない。新しく買った白いワンピースもその輝きを無くし真っ赤に染まる。
「お姉ちゃん!お姉ち゛ゃん!!」
高齢者ドライバーのブレーキとアクセルの踏み間違いだったと思う。当時の俺にはそんなことどうでもかった。ただお姉ちゃんが無事であることだけで頭がいっぱいだった。
病院に運ばれて三日が経ったときお姉ちゃんは目を覚ました。
しかしそこには俺の知っているお姉ちゃんはいなかった。
言葉は幼くなり、いつもならどこか安心感のある顔も弱弱しくまるで妹といるような感覚だった。
先生の話では事故によるショックで一時的に記憶がなくなっているだけだと言っていたがお姉ちゃんの記憶はその後回復することはなかった。
それどころか徐々にそれはひどくなり自分が今いくつで、弟がいたことさえも・・・忘れてしまった。
それからだ。俺が変わったのは。
今度は自分が支える番だと、自分がお兄ちゃんになり常に見守ってやるんだともう二度とこんなことが起きないよう嫌われてでもずっとそばにいるんだと。
そうして俺は自分より二歳歳上の兄を演じ切る為にただひたすら努力し続け、お姉ちゃんの兄として生まれ変わった。
そう満月の兄として。
これじゃあの時となんも変わんねーじゃんか・・・満月の兄になるってあん時決めただろ。どうしてこういうときに限って守ってやれねーんだよ。俺のバカ、俺のバカ・・・野郎・・・
己の無力さと絶望感が心の許容量を超えたとき瞳から悲しみという感情がこぼれ落ちた。
止まることのない感情の雨。
「けい・・・いち・・・」
風が吹けばかき消されそうなくらい小さな声が聞こえた。
「はっ!・・・満月!!」
「けいちゃんは・・・しっかりお兄ちゃんできてたよ」
どこかで聞き覚えのある懐かしい感じがした。
も、もしかして、満月。き、記憶が元に戻ったのか・・・
と次の瞬間窓から風が入り込み満月の長い髪がゆっくりとなびく。
「長い間苦労掛けたね・・・ありがとうけいちゃん」
その光景に、にっこりと微笑んだ顔に、安心感のある声に、忘れもしないあの頃の大好きなお姉ちゃんだった。
その姿を見た圭一はさっきとは別の温かい感情が瞳からあふれ出る。
「き、記憶が・・・記憶が元に戻った」
今まで心の中で張りつめていたなにかがプツンと切れた。それと同時に全身の力が抜け満月にもたれ掛かる。
「もう疲れちゃったよ。お姉ちゃん」
「私のためにお兄ちゃんしてくれて、より近くにいるために留年までしちゃって、バカね」
頭を撫でながら圭一に話しかける。
全身を包みこむような温かく安心感のある声が圭一を優しく包み込む。
「今まで支えてくれてありがとね。お兄ぃ」
安心感のある姉の満月の声にお兄と言うときだけ見せる妹の満月の表情に困惑する圭一。
「もーやめてくれよぉー」
その後放課後まで永遠と語り合った。
今まで話したかったこと話せなかったことその全てを。
もしかしたら記憶が戻るのは今だけかもしれない。そう思い家に帰ってからも夜遅くまで圭一は一生懸命会話した。
翌日、圭一の予想は的中した。
満月は姉としてではなく妹の満月として朝を迎えた。
だが圭一はもう悲しくはなかった。お姉ちゃんでも妹でも満月は満月なのだから。
それにお姉ちゃんが言った最後の言葉。あのお陰かな。
「なにジロジロみてんのお兄、キモいよ」
「え、き、キモい・・・俺はただ満月があまりにも可愛いから見ていただけなのに」
「か・・・かわいい・・・ッ、そ、その・・・お、お兄もか、かっこいいから」
「か・・・かっこい・・・」
バタッ!!!
突然のかっこいい発言に免疫がなかった圭一はその場で倒れた。
「ちょ、お、お兄大丈夫!?」
そんな姉弟は今日も仲良く学校へと向かった。
「けいちゃん、次合った時私は今の私じゃないかもしれない。
もしかしたら妹の姿の私でもないかもしれない。
だけどね、いつも心の中で見ているんだよ。
楽しんでること、頑張ってること、悲しんでること、辛いことどんなことだってちゃんとここで見てる。
そんな・・・泣かなくったっていいんだよ。
確かにすぐに会えるとは限らないしもしかしたら永遠と会うことはできないかもしれない。
でもね、それも運命なんだよ。
そのお陰で新しい人と会えるかもしれないし、新しい景色が見えるかもしれない。
そこでけいちゃんの本当の良さが理解されて評価されて大人になって結婚なんかしちゃって。そうなったら私やきもち焼いちゃうね。
・・・けいちゃん、最後に私のわがまま聞いてくれる?
けいちゃんさ、さっき「俺はお姉ちゃんのこと絶対に忘れなない。だってそうすれば永遠とお姉ちゃんは俺の中で生き続けるから」って言ったけどそれはこっちだって同じなの。仮にけいちゃんが忘れちゃったとしてもねこの二人の絆は私がちゃんと繋いでる。
だからもう私のことで悲しまずに今を精一杯楽しんで欲しい。昔みたいに無茶したりバカしたりしていっぱいいっぱい楽しんで欲しいの。
それが最後に聞いて欲しい私のわがまま」
おしまい