シャインスコート
「あそこのマンションのエントランスに一脚の椅子がおかれてるんだよ」
木内君がそう言って話しかけてきました。あそこのマンションってどこの事を言っているんだろうと聞くと、木内君の住んでいるマンションの向かいのマンションの事だそうでした。
《シャインスコート》
という名前のマンションだそうです。僕は、シャインスコートって言葉を頭の中に思い浮かべてから、名前のどこかに点が入ったりするのかなと思いました。シャイン・スコートなんだろうか、あるいはシャインス・コートなんだろうか。とか、そういう事です。
そういう事を考えていると、木内君が、
「おい、聞いてるのか」
と行って、右肩をパンチしてきました。肩パンです。木内君は乱暴だなあと思いました。
「なんでそんな所に椅子がおかれているんだと思う?」
木内君は言いました。
「ベンチじゃないの?」
そんな事どうでも良かったのですが、取り合えすそう答えました。椅子って言ってるけど、ベンチでしょそれって。みたいな感じで。公園とかにある。ベンチの事言ってるんでしょ木内君はさ。っていう感じで。
「椅子だって言ってるだろ。椅子。普通の椅子だよ。一人しか座れない。木の椅子だよ」
木内君が大きな声で言いました。そしてまた肩をパンチしてきました。痛いなあ。と思いました。
「その椅子には噂があるんだよ」
木内君は嬉々とした顔をして言いました。どんな噂なの。僕は聞きました。どうでも良かったのですが聞きました。そうしないと話が終わらないんだろなと思ったのです。
「なんでもその椅子は呪われた椅子なんだってよぉ」
木内君はますますニヤニヤします。ニヤニヤが止まりません。それはもう木内君のドヤ顔です。どうだと言わんばかりです。ドヤってるなあ。僕はそう思いました。勿論そんな事は言いませんでしたけども。また肩パンされるに決まっています。
「呪いの椅子なんだってよ」
「呪いの椅子」
呪いの椅子。え、呪われてるの? その椅子って。えー。へー。でも、そもそも、呪いって何だろうか。僕は思いました。呪いって言うのがちょっとピンときません。言葉としては知ってます。執着みたいな事だと僕は解釈しています。未練とか、不満とか、そういうものだという感覚です。僕の中では。昔、学校には学校の七不思議的なものが色々とあったそうです。それはその時分にとても、随分と横行したらしいというのもなんとなく知っています。一時代を築いたみたいな話を姉から聞いた事があります。だから、その当時は呪いとか、そういうのもあったのかもしれません。トイレの花子さんとか、口裂け女とか、人面犬とか、それこそ呪いの藁人形とか。そういうのが色々とあって、不慮の事故で無くなった人がこの世に未練を残して。うんたらかんたら。あーでもないこーでもない。みたいなの。
「でも、この現代にそういうのがあるのかなあ」
呪いとか。言われてもなあ。ちょっとなあ。ピンとこないなあ。不倫関係の末に愛憎のもつれとか、個人情報が流出するとか、不正な資金を得ていたとか、いい人に思われていたのに裏では色々やってたとか、そういうのが横行する現代になあ。
「なんだよ、俺が嘘言ってると思ってるのかよ」
木内君は言いました。また肩パンされそうな気配がしました。
いや、別に。そんな風には思わないけどさあ。でもなあ。呪いって言われてもなあ。
「本当に呪われてるの」
「本当なんだってよ。本当に呪われているんだって」
木内君は言います。
「その椅子に座った人間は、呪いで死んでしまうんだってよ」
「やばいじゃん」
「やばいだろ。なあ、やばいだろ」
いや、そんな椅子が向かいのマンションのエントランスに置いてある事が。呪いで、座った人を死なせてしまう椅子が仮にあったとしても、それがそんな所にあったらまずいじゃない。すごくまずいじゃない。そんなところに置くなよ。どっかにしまっとけよ。っていうかもう壊すなり、燃やすなりしなよ。なんで置いてあるんだよ。そんなもんが。シャインスコートってマンションのエントランスに。
「それが退かせないらしいんだなあ」
木内君は言いました。
「退かすと、そいつも呪われちゃうんだよなあ」
嬉しそうに言いました。
「座ってないのに呪われるの?」
なんだそれ。設定ガバガバか。座った人を呪い殺す椅子でしょ。なんで退かそうとする人まで呪うんだよ。
「退かそうとした人も死んでしまうんだよ」
「じゃあ壊せないの?」
「壊そうとした人も呪われて死んでしまうんだ」
なんだよ、もう無敵じゃん。何それ。もう座ったとか退かそうとした人とか、壊そうとした人とか、そんなの関係なく、みんな殺したらいいじゃん。もう。もはや。地球滅ぼしたらいいじゃん。そんな、みみっちい設定に固執しないでさ。座るとか、退かすとか、壊すとか、そんな小さいルール気にしないでさあ。
「認証欲求とかじゃないか」
木内君は言いました。あ、うわ、僕は思わず驚いて声を上げてしまいました。木内君の言った事の中で珍しく、それはすごくわかるな。って思ったからです。
「馬鹿にしているのか」
肩パンされました。痛いなあ。と思いました。
「でさ、俺、朝、学校に来る前に座ってきたんだ。その椅子に」
木内君は言いました。なんで座ったのかと聞くと、だって、そんなの座るじゃん。と木内君は言いました。
次の日、木内君がマンションのベランダから落ちて死にました。
僕は、木内君が死んで嬉しく思いました。木内君は乱暴者だったので嫌いでした。いっつも肩パンとかお尻にキックとかされていました。
クラスのみんなも僕と同じ気持ちでいたと思います。
僕は、その呪いの椅子に感謝しました。とても感謝しました。本当に感謝しました。やったーって思いました。