パターン1
「はぁ~、このままじゃ今月も赤字だ」
翔太は父親から引き継いだカフェの店内を見回して、思わずため息を吐いた。
彼が引き継ぐ前から、この田舎のカフェは常連客以外来ないのだ。
「……親父には悪いけど、このままじゃ店を閉めるしか無いなぁ……」
閉店間際、翔太はそんな事をつぶやいていた。
彼には、少し大きめの独り言を言う癖があった。
そんな時だった。年季の入ったドアベルが、来客を翔太に知らせた。
「いらっしゃいませ」
翔太は久々の客に少しワクワクしていたが、表には出さなかった。
なぜならこのカフェは、落ちついた雰囲気を売り物にしているからだ。
「ご注文は何になさいますか?」
「……」
翔太は椅子に座った唯一の客に質問したが、その客は何も答えなかった。
ただ何かを探すように、テーブルの下や椅子の下をのぞいている。
「……何かお探しですか?」
翔太は、この客は店内に何かを落としたのでは無いかと思った。
だからさっきから、何かを探すような動作をしているのではと思ったのだ?
「……指輪を……探しています」
「指輪?指輪を落としたんですか?」
翔太は、消えそうなその女の声をかろうじて聞き取った。
何の指輪かは知らないが、指輪を落としたとあればそれは大事だ。
「この辺に落としたんですか?」
翔太は、四つん這いになって女の探しているという指輪を探した。
しかし暇な時に何度も掃除をしたが、そんな物は一度も見なかった。
と言うか、この女を見るのも今日が初めてだったのだ。
「……明人さんが……くれたんです……」
「明人?親父の知り合いなんですか?」
翔太は顔を上げて女の方を見た。しかし、そこには誰も居なかったのだ。
女の座っていた場所はぐっしょりと濡れていて、まるで水を被ったようだった。
「……何だったんだ?さっきの人は?」
翔太は後日、父親の日記を見て彼には以前婚約者が居たことを知った。
しかしその人は明人がプロポーズしてまもなく、水難事故で亡くなったらしい。
明人はその人の形見である指輪を、生涯大切にし命日には必ず顔を出したそうだ。
あの日はその元婚約者、優里の命日だったのだ。