7. うぇっへーい! ヒューマン自身の欲望を出すのじゃ! と言われたって困る……
僕は視線を高くし、ユウの首から上だけが視界に入るようにする。
一瞬見たユウはグレーの地味パンツを穿いていて、胸に同色の布が巻きつけられていた。
いかにもキャラクリエイトの初期キャラが装備していそうな、地味な下着だった。
多分、見ても大丈夫なやつだ。全年齢対応のはずだ。センシティブではない。
これにエロさを感じていたら逆に妹から「うわっ。キショッ。これ、そういうのじゃないでしょ」と言われるやつだ。これは普通に見てもいい下着のはず。
ただし、ゲームに限る。
リアルで見るのはあかんやろ……。
ユウの体の起伏が大きいせいで、センシティブに見えてしまう……。
視線を上げすぎれば、初対面の人と一緒にいるのに、何もない虚空を見つめることになって失礼だから、無理。
少し視線を下げたら結果的に相手の目を見ることになり、これはこれで緊張する。
ユウの瞳は自ら発光しているかのように、キラキラ煌めいている。
「ユウは配信神なんだよね?」
「そうなのじゃ。配信神は『はい、ち*ち*』と同じ発音なのじゃ」
「そんな、この例で分かるでしょみたいなノリで言わんで。具体的に何をする神様なの? 火の神なら手から火を出しそうだし、雷の神なら指先から雷を出しそう。けど、配信神ってどこから何を出すの? 目からギガでも出すの? 鼻からコメント?」
「えっち……。女の子だもん。あそこから、あれが出るよ……」
「いらっときたぁ……。同じこと聞くけど、どこから何が出るの?」
もし『面白い配信をできるようになる加護』みたいなものがあるなら、上手いこと妹のために活用できないかな?
「どこかから何かが出ること前提の質問やめて! 配信神は配信を、つどかさる、つどか? つかどさる……? 司る神なのじゃ!」
ユウはバーンとのけぞり、自慢げに胸を張った。
気にするな、視界の下の方で揺れたのは無課金デフォルトおっぱい、無課金おっぱい。無っぱい。気にするな。
「縄文土器、弥生土器、土師器、須恵器」
「僕のドキドキにあわせて、早口で色んな土器の名前言うのやめて。というか後半の二つ知らない。待って、なんで僕がドキドキしてるの知ってるの。心、読んでない?」
「わしがこのゲーム世界のゲームマスターだから過去ログ参照できるよ」
過去ログって僕の心の中も見えるの?
ユウの下着姿を見て、うっかりドキドキしちゃったことがバレているってこと?
「バレてるよ!」
「そこは明言しないで!」
動揺顔を見せたくないから、僕は歩みを再開し、東の森を目指す。
というか、森、けっこう遠いな。
「うぇっへーい!」
「うぇっへーい!」
「本当は異性の下着を見たいのに『興味がないね』と格好つけるショウイチロウは心の中を見られるのは嫌?」
「なんで、いきなりわざと名前を間違えるの? 今まで普通に呼んでたよね。もちろん、心の中を見られるのは嫌だよ!」
「じゃあ、過去ログは見ないのじゃ」
「あ。そんなあっさり」
「うむ。わしの目的は、この世界を配信映えする世界にすることなのじゃ。そのために、地球のVTuberファンから意見を聞こうと思い、セーイチロウに白樺の槍を刺したのじゃ」
「そんな物騒なもん刺さんで、白羽の矢を立てて」
「ケツに?」
「やめて。痛い痛い」
「うぇっへーい!」
「うぇっへーい!」
「わしの『うぇっへーい』に即応するところ、気に入ったのじゃ!」
「気に入ってくれるのは嬉しいけど、そこは事前に色んな人を転移の候補にして、気に入った人を転移させようよ。転移させた後、シナジーない感じの人だったらどうするの?」
「……脳改造してゾンビ兵にして放流?」
「やめて物騒」
「心配せんでもお主で正解なのじゃ。話しやすいじゃろ?」
「うん。初対面の異性とは思えないくらい、喋りやすい」
「うむ! シナジーあるのじゃ!」
「……ねえ」
僕は声のトーンを下げて、真面目に話すよアピールをしつつ、続ける。
「この世界を配信映えする世界にするって、どういうこと? ユウは配信神なんだよね? 僕の手伝いが要るとは思えないんだけど。むしろ、僕がユウの力を借りたいなーとか思ってるまであるまじろ」
「それなんじゃがのう……。ワシは引き継いだばかりの、新人配信神なのじゃるまじろ」
「新人配信神……。おっそろしいほど『ん』が多い」
「美人新人配信神のち*ち*にすると、もっと『ん』が増えるのじゃ」
ユウが股間を撫でる。おっといけない。ついつられて視線を下げてしまった。
「増やさないで。あと、生えてるの?」
「生えてないのじゃ」
「良かった……」
「わー。エッチ~」
「や、そこは、正直にいきたい。美少女は美少女であってほしい」
「その正直さ、イエスだね! ワシの目に黒い花はなかったのじゃ」
「それはそうと、新人配信神ってどういうこと?」
「わーお。つい、私のことを美少女って言ってしまったから、それを誤魔化すために急に早口で話題転換~。でも、顔真っ赤~」
「スルーしてクレメンス」
「先代が、最高神との方向性の違いでやめてしまってのう」
「ガチで辛い理由……。そこは卒業ってことにしておこうよ」
「とにかくワシはなんとなくの知識しかない新人配信神なのじゃ。じゃから、人間界から協力者を募ることにしたのじゃ」
「なるほど……。僕にできることなら協力するよ。その代わり」
「ほげー」
「急に知力0になるのやめて! なんでこのタイミング? ……あのさ。もし可能ならなんだけど、来年……といっても二ヶ月後なんだけど、この世界を……。僕の妹にも地球のYaaTubeで配信に使わせてくれないかな?」
「むむむ」
「む……。なんか漫画の三国志みたいな顔で唸りだしたぞ」
「いいよ!」
「いいの? そんなあっさり。なんか神様的な使用許諾とかないの?」
「うん。私が管理している配信用のゲーム世界だから、私が許可すれば、それでいいよ」
「そうなんだ。ありがとう。やる気が出てきた。ユウは神様向けYaaTubeで配信するために、僕は地球のYaaTubeで配信するために……。プラットフォームは違うけど目的は同じだ! 頑張ろう!」
「頑張るけど、それでいいのじゃ?」
「なんか変?」
「セーイチロウ自身の目的とか夢とか希望とかは?」
「え?」
「おぬしは、ワシと妹のことを優先して考えておる。……そ、そこが君のいいところなんだけどね。ポッ……。とラブコメヒロインムーヴをひとつまみ。……それで、ヒューマンは何を得するのじゃ?」
「妹が喜べばそれでいいんだけど……」
「欲が足りない! 他人のためだけに頑張るといつか限界が来るのじゃ! ヒューマン自身の欲望を出すのじゃ!」
「僕自身の……。そんな、アニメの第一クールラスト直前で主人公が直面する問題みたいなこと言われても困る。ユウとの出会いをアニメ化したら、今はまだ第一話だよ……」
マジで、僕自身の願望って言われても困る。両親が亡くなってからは妹が最優先だったからなあ。
ただ、それは過剰な献身というより、身近な推しを推す行為に近いから、まったく苦じゃなく僕も楽しい。
ほら、最近、増えてるらしいよ、身近な人を推すこと。それだから。
はっきり言って玖瑠美はめちゃくちゃ可愛い。いずれ、人気VTuberかYaaTuberになり、大成功するだろう。僕は妹の魅力を世界に配信する手伝いをしたい。
そしてある日、玖瑠美の配信中にうっかり僕の声が入っちゃって「お兄ちゃん、配信中だよ! 静かにしてって言ったよね!」って怒られる。
マイクに向き直った妹は「えー。今の彼氏じゃないよ。お兄ちゃんだよ。昔からすっごい仲良しだよ。……うん。すっごく大好き」って、ちょっと照れながら嬉しそうに言ってさ。僕はその様子を同じ部屋で、後方腕組みポジションで見守るわけ。
「おーい。戻ってこーい。いつまで考えこんでおるのじゃー? ニヤニヤして気持ち悪い人間なのじゃー。確かにお主自身の欲望を出せと言ったけど、わしが過去ログを見るのをやめたからって、なんかエッ……! なこと考えてない?」
「別にエッ……! なこと考えないし」
「で、お主自身の欲望は?」
「うーん。欲望っていう言葉だと抵抗があるけど、目的として考えると……」
やはり、妹が人気VTuberになることだ。
それこそ、メロン艦長とオフコラボ配信するくらいの人気Vになったら?
『玖瑠美ちゃんのお兄さんですか? オフコラボさせていただく砲塔メロンです。よろしくお願いします~。え? 私のファンなんですか? もーう。ママに、あ、ま、え、る? 他の乗組員には秘密だぞ』
なんてことが?!
最高すぎるんだが。
僕を追放した配信部よりも人気になれば、ざまぁだから一石二鳥だ。
「ユウ。やはり、妹の成功が僕の真の願いだ!」
「キメ顔だけど、絶対、変なこと考えてるやつ~」
「とにかく僕は、ユウに協力して、ここを配信映えする世界に改造するのを手伝うよ!」
「うむなのじゃ! よろしくなのじゃ!」
ガッ!
僕達は並んで歩いたまま、拳の側面をガッとくっつけた。
それはそうと、森、遠いな!