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5. 家に帰ったら妹がチョコレートをくれた

 月光に彩られたバレンタイン。

 人助けをしたら、チョコレートをもらえたよ。

 神様が僕にご褒美をくれたんだ。

   ――上山誠一郎、一七歳(Vオタ)心のポエーム



 人助けのお礼とはいえ、バレンタインデーに家族以外の異性から初めてチョコレートを貰った……。


 しかも、同担。つまり、同じVTuberメロン艦長のファン。


「もしかして、さっきの女性が半額シールを要らないと言ったのは、お礼の気持ちを半額にしたくなかったから?」


 だとすると半額にするのは余計なお世話だったかなかな。


 気持ちはちゃんと定価で受けとっておこう。ありがとう。感謝の正拳突き。


 今日は不幸な日かと思っていたけど、ラッキーデーだったわ。


「ヤバイ。ニヤニヤするな。まだ仕事中だ」


 僕はビニール袋をレジ台の下に仕舞い、意識から追いだした。


「あっ。面白い体験だったし、メロン艦長にスパチャで報告しなければ。いや、他の女性と仲良くなったと誤解されて嫉妬されちゃうかな。秘密にしておいたほうがいいかもしれないな」


 女性やメロン艦長のことを考えていたら、あっと言う間に退勤時刻の二一時になった。


 僕はスパチャ用にマネーカードを買って帰った。


「ただいまこーら」


「おかえりーょうめんすくな」


 何故か妹が出迎えに駆け寄ってくる。こんなこと、滅多にないぞ。


 なんだ。何を企んでいる……。


 僕はいったん背を向けて靴を脱ぎ、振り返る。


「うわっ。どうしたの。お兄ちゃん、その怪我。ブサイクがアップデートしてる!」


「いきなり辛辣ぅ。女の人が男に絡まれていたから、助けたとき殴られたんだよ」


「女の人に?!」


「男に!」


「良かった」


「良くないよ」


「だって、お兄ちゃんがニヤニヤしている理由が、女の人に殴られたからだったら、さすがにキモすギルティ」


「え? ニヤニヤしてる? だとしたらそれは可愛い妹に会えたからだよ。それはそうと、先に心配してよ」


「シン……パ……イ……?」


「そんな、感情が芽生えたロボットみたいな言い方せんでも。というか退いてくれないと中に入れないんだが」


「……もー。しょうがないにゃー。ほら」


 妹はどこからともなく、小さな袋を取りだした。


「本当はこれを期待してニヤニヤしてたんでしょ? トリック・オア・メリ~・バレンタイン~」


「え? ありがと、サンキュー・フォーエバー」


 状況的にバレンタインチョコレートだろうと思ったけど、袋の中にはVTuberカード付きウェハースチョコが四個入っている。


 ……チョコだけど、バレンタインチョコにカウントしていいのか?


「ポコラ出たらちょうだいね」


「あ。うん。カード目的で買って、お菓子だけ僕に処理させようとしてない?」


「え~。そんなことないし。ちなみにね」


「ん?」


「冷蔵庫の中に、玲美(れみ)からお兄ちゃんにチョコレートもらってきたから」


「え?」


 玖瑠美の友達?


 受験勉強の時に何回か来ていたから顔は覚えているけど、特に会話はしていないくらいの距離感だけど、僕にチョコレート?


 そんな急に僕にモテ期、来る?


 ようやく玖瑠美が退いてくれたから、僕は冷蔵庫を開けてみる。


 それっぽいものはない。


「あ。冷たい方」


「あー。冷凍庫ね」


 うちの妹は、なぜか頑なに、冷凍庫のことを「冷蔵庫の冷たい方」と呼ぶ。


 前、理由を聞いたら――。


『だって、これ冷蔵庫だし』


『でも、一番下の段は冷凍庫だよ』


『違うよ。冷凍機能があるけど、冷蔵庫の一部分だよ』


『なんとなく言いたいこと分かるけど、それ込みで、みんな、これのこと冷凍庫って言わん?』


『この道具をなんと呼ぶのか、人に聞いたりしないし』


『……! 確かに余所様のご家庭でこれをなんて呼んでいるのか、僕達はまだ知らない……』


『でしょ』


『そなたが正しい……』


 ――こんな会話になった。いや、まあ、妹ちゃんの妙なこだわりだ。


 昔のことを思いだしながら冷凍庫を開けたら、開封済みのウェハースチョコが何個かあった。


「ヒュー。ハッピーバレンタイーン。これ、完全に、カードだけ欲しいパティーンだよね!」


「体重気になる年頃だし」


「まだあと一ヶ月は中学生なんだし、そこは気にせず」


「あ。玲美も受かったよ。勉強教えてくれてありがとう、だって」


「あ、はい。どうもいたしました。お礼ってことか。納得」


「なんでいきなり納豆食うなんて言うの?」


「それはそうとさ」


 僕はコンビニで女性からもらったビニール袋を持ち上げ、音を立てて振る。


「これ、なーんだ」


 妹は目を閉じた。


「コンビニで買える物ですか」


「……はい」


 あー。なんか始まったぞ。


「私が食べたことあるものですか?」


「はい」


「冷たい?」


「いいえ」


「温かい?」


「いいえ……? かな?」


「期間限定ですか?」


「あっ……。はいとも言えるし、いいえとも言えるし……」


「分かった! プルダックンポックンミョン!」


「は? なんだって?」


「で、売れ残りのチョコ買い取らされたの?」


「分かってたのかよ。普通に女性から貰った」


「は? 嘘つきはエロガキの始まりだよ!」


「これ、二〇〇〇円するやつだよ」


「うっそでしょ。ホントだ。なんか包装紙から高そうオーラがしみ出てる……。え。なんで。……亜寿沙(あずさ)先輩から?」


「え? 亜寿沙先輩? ……誰?」


「お兄ちゃんが一年の時の配信部の部長! 忘れるなんて酷い! 先月もゲームしたでしょ!」


「あっ! 吉川(よしかわ)先輩! 僕が下の名前を覚えてないのになんでお前が」


「お兄ちゃんに近づく女の名前は全部覚えているんだから」


「怖ぁ……」


「ちなみに亜寿沙先輩しか覚える必要なかったから、私の頭すっかすか」


「怖ぁ……」


「はあ。お兄ちゃんの周りに覚えきれないくらい女の影がちらついてほしいんだけどなあ」


「はいはい」


「ちらつくのはお前のパンツだけで十分」


「はい、ライン超えセクハラ。明日のお風呂掃除お兄ちゃん担当~」


 僕は荷物を置くと、お風呂に入り(ゴーストに襲われた場所が痛むけど、気にしない)、その後、玖瑠美が茹でておいてくれたパスタに、うどんのたれをかけて食べた。アルバイト前に夕食は取ったんだけど、やはり成長期だからか、お腹が空くんだよね。


 安いし簡単だから、僕達はあらゆる麺類に様々なタレをかけて、味変して食べてる。


 あと、夕食と一緒に傷テープと消毒液が置いてあったから一応、心配はしてくれたっぽい。


 僕が食器を洗っている間に玖瑠美が布団を敷いてくれたので、あとは寝るまで小一時間ほどまったりタイムだ。


 以前、玖瑠美に「個室がある部屋に引っ越す?」と聞いたら「んー。そんなお金あったらスパチャ投げよ」と本気か冗談か分からない理由で断られたけど、アレはいつまで有効なんだろう。


 聞いてみるか……。


「なあ、引っ越す? 自室あるほうがいいでしょ?」


「ありよりのありとも」


「うーわ。いきなり戦国武将を言われたかと思った。心変わりしたの?」


「んー。自室はなくてもいいけど、防音室がほしい」


「あー。配信するときを想定して?」


「兄妹でエッチなことしていることが、ご近所さんにバレないように」


「ぶちのめすぞ。家賃ヤバそうなんだけど、どうなんだろう」


「ま。引っ越しは私が人気配信者になってからでいいよ」


「そっか……」


 僕は話を膨らませるのはやめ、仰向けになりスマホで動画を見ることにした。


「あ……」


 動画サイトのお気に入りチャンネルリストの一番上に『ユウの動画チャンネル』がある。


 コンビニで色々あって、うっかりすっかり忘れてた。


 なんか、見るのちょっと怖い……。


 ユウのチャンネルはいったんおいておいて、僕はメロン艦長のチャンネルにアクセスする。


「え?」


 最新動画のサムネイルを見て、一瞬、息が詰まった。


 黒地に白地で「お詫び」と書いてあるだけのサムネだ。


 何これ。不穏すぎる。それに、動画の長さが一分しかない。


 通常のゲーム配信だったら一時間は超えるし、そのアーカイブ動画もやはり一時間を超えるはずなんだけど。


 今日はスタジオ収録があるって言っていたし、それが長引いたせいでゲーム配信が延期になったのか?


 僕は動画を再生してみた。


 画面にメロン艦長は出てこないし、いつもの挨拶「乗組員のみんな~。戦闘配置~」も聞こえてこない。


 なんだろう、と思っていると、黒背景に白い文字が表示される。




 ――今日は配信を中止します。


 急な中止でごめんなさい。


 さっき収録の帰りにとても悲しいことがあって、配信できるメンタルじゃありません。


 すぐにメンタル回復して復活するね。


 それじゃあ、乗組員のみんな。次の戦闘に備えて休息してください




 しばらくメッセージが表示されたあと、画面が明るくなり、メロン艦長の手描きと思われるチョコレートのイラストと『ハッピーバレンタイン』というメッセージが表示された。


 数秒後、暗転して動画は終了した。


「え。配信を中止?」


 メロン艦長、何があったんだろう。


 いつも艦長の配信で元気を貰っているから、何かしてあげたい。でも、この動画はスパチャを送れない設定になっている……。


 とりあえず、通常コメントで「元気な艦長を待ってます」と送っておいた。


「すぐに復活すると書いてあるから、信じて待つしかないな」


 大勢の乗組員達が心配のコメントを投稿している。


 しかし……。


 ――お。ママに彼氏でも出来たか?


 ――バレンタインだしデート? そのまま被弾してこい


 ――ようやくデートする相手が出来たんかww おめでとうっっw


 ――被弾してこいは草


 ――被弾したら俺を産んでくれぇぇママぁぁ!


 一般的に、バレンタインデーやクリスマスに配信の予定をキャンセルして彼氏の存在を臭わせた女性VTuberのコメント欄は阿鼻叫喚(あえんびえん)の地獄と化すのが常。だが、艦長のコメント欄は平常運転だ。


 メロン艦長のファンこと『乗組員』達はちょっと違う。よく訓練されている……。


 艦長はVTuber業界の黎明期から活動しており、さらにVデビューの前はミコミコ動画で歌い手として活動していたため、今ではけっこうな年齢だと言われている。


 本人は『一七歳でデビューしたから、まだ二〇台前半』と主張しているが、三〇台中盤は過ぎているであろうという意見が有力だ。


 配信で用いるゲームや歌は昔のものが多く、さらに若者の話題にもついていけないことが多いため、四〇代後半という説もあるほどだ。


 V業界で『ママ』といえば、VTuberのキャラクターデザインをしたイラストレーターを指すが、いつからかメロン艦長も『ママ』と呼ばれるようになった。


 英語で軍隊の上官をマムと呼ぶらしく、艦長のことをメロンマムと呼ぶファンは少数だが、初期からいた。それが、乗組員が増えていくにつれてマムをママと誤読したり誤字ったりする人が増えていき、いつしかメロン艦長のママ呼びは定着した。


 こうして、ファンのノリは……。


 メロン艦長、好きだー! 俺と結婚してくれ!

 ↓

 メロンママ、好きだー! 俺を産んでくれてありがとう!

 ↓

 メロンママ、好きだー! 早く俺を産んでくれ!


 と変遷していき、ファンの大半がメロン艦長の中の人が現実世界で結婚することを望むようになってしまった。


 そんな馬鹿なと思うが、古参兵曰く「ふぉっふぉっふぉっ。声優業界でもあったことじゃよ。活動が長くなると女性声優も女性配信者もいずれ、早く結婚しろと言われるようになるのじゃ」らしい。


 今日はメロンママに優しくしてもらえなかったのは残念だけど、他の動画を見よう。


 ポコラのように、艦長と同じ箱に所属しているVは配信時間を被せないから、今日の配信はない。


 となると、見る候補が一気に減る。


 気にしないようにしつつも、油断するとすぐに退部の件や外国人に殴られたことが脳裏にちらつくから、笑える系の動画で頭の中をリセットしたいなー。


 オススメの動画で何か面白そうなのは――。ん?


「げっ!」


 隣に妹がいるのに、僕は思わず声を漏らしてしまった。


 ちらっと見る限り、時に気にした様子はない。よし。セーフ……。


 オススメ一覧の最上段に表示されたこの動画はヤベえ……。


『【配信神ユウ】キャラクリ中断したプレイヤーが戻ってくるまで耐久するよ! : 0回視聴』


 僕を謎の空間に連れてった配信神様が、ハオン、ヒオン、不穏なタイトルで生配信してる。

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