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4. バイト先の店長クソ過ぎん?

 僕は右手で鼻をつまみ、垂れる鼻血を左手で受け止め、制服が汚れないように立ち上がる。


 体は普通に動く。大きな怪我はしていないようだ。


 僕は店内に戻り、トイレに向かう。


 女性を怖がらせないように、ドアを弱めにノックする。


「店員です。大丈夫ですか?」


「はい……」


「えっと……。さっきの人達はいなくなったけど、まだ近くにいるかもしれないから、家族に電話して迎えに来てもらった方がいいかもしません」


「はい……」


「スマホ持ってますか? なければ貸します」


「だ、大丈夫です……」


「落ちつくまで、しばらくそこに居ていいので。何かあったらトイレ内の非常用ボタンを押してください。来ますので」


「はい……。ありがとうございます」


「それじゃ……」


「あ、あのっ……」


「はい」


「貴方は、大丈夫ですか?」


「あ。はい。大丈夫です。殴られたけど、家に帰ったら新しい顔に交換します」


「えっ?」


 あ。やべ。真面目に対応していたのに、うっかりネタを口にしてしまった。


「冗談です。では、ごゆっくりどうぞ~」


 ファミレス店員っぽい言葉で締めた後、僕は洗面台で鼻の周りを洗い、ペーパータオルを千切って鼻に突っこんだ。


 醜男がさらに醜男になっていてウケるんだが。


 血が止まったらペーパータオルを新しいのに交換した。


 そして、店内に客がいないことを確認してから、事務室にいる店長に声をかけにいく。


 店長は四〇代の男性だ。客からネズミというあだ名をつけられている。


「あの、店長。今、外国人に殴られたんですけど」


「は? だからどうした。大した怪我もしていないんだから働け」


「え? あ、いや、けっこう蹴られて。その。警察とか……」


「あのさー。警察なんて呼んだら客が寄りつかなくなるでしょ? 高校生の君に言っても分からないと思うけど、二月は消費者マインドが低下するから売り上げが落ちるの。他の月と比べると、毎年一割くらい売り上げが落ちて厳しいんだから、休んでいる暇なんてないの。分かる?」


「二月は他の月より日数が少ないから、売り上げが一割減るのって当たり前のことでは?」


「これだから、高校生は嫌なんだよなー。そういう話はしてないでしょ。空気読めないこと言ってないで業務に戻ってくれる? 防犯カメラで見てたけど、まだ品出ししてないでしょ。機会損失って言葉知ってる? バレンタインは今日で終わりなんだから、チョコレートに半額シールを貼って。ほら、戻って」


「分かりました」


 腑に落ちないことは多いが、店長に逆らってクビになるのは嫌なので、僕は事務室を出た。


 勤務を再開する。


 しばらくすると、もんもんとし、店長の言葉が蘇ってくる。


「防犯カメラで見てた? もしかして店長は僕が外国人に殴られているのを知っていたのに、助けてくれもせず、通報もしてくれなかったの? 通報したら警察が来て客足が遠のくなんて理由で? マ? ありえへん珍万景ぞ」


 僕は考え事をしながら弁当や雑誌棚を整理し、あとからチョコレートに半額シールを貼る。


 店長に言われた作業を後回しにしたのは、ささやかながらの抗議だ。こういうところが空気読めないって言われる理由かもしれないが、知ったことではない。


 キモオタアルバイターにも意地というものがあるのだ……。


 それにしても今日は不幸が続くけど、呪われているのかな。


 半額シールを半分ほど貼り終えると、視界の片隅に、温かそうなロングコートを着た誰かが近づいてくるのが見えた。


「あ、あの……」


 気のせいかと勘違いしてしまいそうなほどの小声だった。


「はい?」


 なんだろう。


 あ。もしかして、半額シールを貼ってほしい商品があるのかな。


「ここから、ここまでのチョコレートなら半額にします。どれにしますか?」


「え? あ……」


 女性はどれにするのかまだ決まっていないのに僕に話しかけてしまったのか、軽く戸惑っているようだ。


「こ、これ……」


「はい」


 僕は女性が指さしたチョコレートに半額シールを貼ろうとし――。


「あっ……」


「……?」


 なんの「あっ……」だろう。


「半額……いいです……。そのままで……」


 あ、そうか。人にあげるなら、半額シールが貼られていない方がいいか。


 危うく、空気読めないことをするところだった。


「分かりました」


 僕はシールを貼らないでおいた。


 多分、すぐに会計するだろうし、僕はレジに向かう。


 女性は僕のあとをついてくる。やはり会計するようだ。


 さて。


 女性がレジカウンターに置いたのは、袋が要るか要らないか判断に困る、微妙なサイズの箱入りチョコレートだ。


 一部のお客様は、袋が要るか尋ねると「見て分からないの?」とか「手ぶらで持ち帰れって言うの?」とか「言ったでしょ」とか言いながら怒りだすからなあ。


 ちらっと見ると、女性は僕より少し年上で二〇歳前後に見える。


 女性向けファッション雑誌に載っていそうな、清潔感のある、非現実的な人だ。


 大人びているから大学生ではなくOLだろうか。


 けど、あまりOLらしさがない。というのも、このコンビニに来るOLさん達は髪の長さがだいたい肩の辺りだ。このお客様みたいに鎖骨の下までサイドを伸ばしている人は記憶にない。


 僕は雑誌の陳列や接客業をしているから分かるんだけど『働く女性向けファッション誌』の表紙に載っているような女性客は、実際には存在しない。オシャレな街の衣料品店や休日の映えスポットにはいるのかもしれないけどね。


 おっといけない。職業柄というと大げさだけど、つい相手の性別や年齢を意識してしまった。


 何はともあれ、陰キャの僕が怯える必要のない、優しそうな人だ。


「袋はどうされますか?」


「いえ。要りません」


 僕は、半額シールは貼っていないが、チョコレートを半額にする。


 よし。空気を読んだ僕、偉い!

 配信で人気の、空気を読むゲームできっと高得点を出せるぞ。


「お会計、一一〇〇円になります」


 手にした重みだと四粒くらいしか入っていなさそうなのに、我が目を疑う値段だ……。


「め、Melonで」


 女性がスマートフォンを向けてきたので、僕は読み取り機で決済する。


 メロンッ♪


 音が鳴ったから、電子マネーによる決済は正常に終わった。


 女性は鞄をレジカウンターに置き、開く。


 お客様の鞄の中身を見るのは失礼だし、僕は視線を外す。


 カチャカチャと何かしている。


 小さな鞄だったし、中身がいっぱいでチョコレートの箱が入らないのだろうか。


「あっ、あのっ……」


「……?」


 なんだろうと思い見てみると、女性はチョコレートの箱を僕の方に突きだしていた。


 返品?


 箱が凹んでいた?


 それか、やっぱり半額になってなかった?


「あっ、ありがとうございました!」


 絞り出したような声を聞き、僕はすべてを察した。


 よく見ると箱に、ポケットティッシュと傷テープが乗っている。


 このお客様はさっき外国人に絡まれていた女性で、僕にお礼をしてくれたんだ。


「あ、ありがとう……ございます……」


 僕はモゴモゴと返事を言う。だって、年上の異性から何か貰うなんて、人生で初だし……。


 い、いや、そんなことよりも……!


 この傷テープ、メロン艦長の薬局コラボグッズだ!


 包装紙にSDメロン艦長が描いてある!


 貴方もメロン艦長が好きなんですか、と聞きたいけど、今は仕事中だ。空気を読め!


 僕がチョコレートを受けとると、女性はぺこっと頭を下げた。


 そして、顔を上げるなり「あわわ」と慌て顔になった。手をわちゃわちゃと動かして、VTuberみたいな動作だ。


「ふ、袋、ください」


「あっ。はい」


 なるほど。チョコレート、ティッシュ、傷テープの三点セット剥きだしで渡してしまったから、僕が困るだろうと心配してくれたんだ。


 そんな些細なことに気づけるなんて、優しい人だな。


 女性が顔を真っ赤にして湯気ぷしゃーしているから、僕は可能な限り早くレジをすませた。


 女性はビニール袋を受けとるが、運が悪いことに、ビニールがピッタリくっついて袋の口が開かず「ひゃー」と悲しそうな声を漏らして、さらに真っ赤になった。


 このままじゃ赤くなりすぎて燃え尽きてしまいそうだ。


「あの。入れましょうか?」


「は、はい。お願いします……」


 僕が袋を受けとり一発でビニール袋の口を開けると、小さな「あっ……」が聞こえた。


 私があんなに苦戦したのに、あっさりと開けられてしまって、恥ずかしい……という意味だろう。


 僕はビニール袋にチョコレートとティッシュと傷テープを入れた。


 そして、女性からチョコレートを貰って緊張している僕は――。


「割りばしはおつけましますか?」


「え?」


 やっべ。脳が錯乱状態で、口が滑ってしまった。


「あ……。あの。一本……入れてください」


「あ、はい」


 僕は袋に割りばしを入れてから女性に渡す。


「あ、ありがとうございました」


「い、いえ、こちらこそ」


 女性はぺこっと頭を下げると、とてててっと駆けていく。


 自動ドアにぶつかるんじゃないかってくらい、慌てている。


 僕が見ていると、女性は外に出てから振り返り、もう一度頭を下げた。


 それから駐車場に停まっていた車のドアを開けようとし、止まった。


 女性はマフラーで顔半分を隠した不審者となり、再び入店。


 完全に俯いて顔を見せずにレジ台まで戻ってくると、ビニール袋をレジ台に置いた。


 あ。そっか。僕がさっき普段のくせで袋を渡しちゃったから、彼女は持ち帰りそうになったんだ。


「恥ずか死しそうです……」


 そう呟いて、女性は顔を上げずに去っていった。


 現実世界にも、こんなにポンコツやらかす可愛らしい人っているんだなあ……。


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