39. 中の人から、壁ダァン!からの顎クイッ!されて動揺する僕に、クソ選択肢が出現する
「それで、なんの話だっけ? あ、そうだ、おでんと言えばコンビニ! 思いだした。途中から見てる人の為に、もう一回、言うね。いーい? くれぐれも本当の犯人を捜そうとか、誰かを攻撃したいとか、そういうことじゃないからね? 一人の男の子を護るために言うんだから。画像、見えるかな。……最近、話題になっている高校配信部で、ある男の子が部費を盗んだとか、イベントの台本を書き換えてタレントに迷惑をかけたとか言われているけど、それは全部、間違いです。部費については、私のマネちゃんがその配信部出身だから学校に問い合わせて、盗まれた事実はないって確認してます。うん。それで、盗撮動画が出回っている子が台本を書き換えたというのも、絶対に、ない。少し前の配信で、私、お店で酔っ払いの人に絡まれたところを高校生くらいの店員さんに助けてもらったって言ったよね? それ、動画のこの子だよ。だから、台本が書き換えられた日時のアリバイは、私が保証する。それにこの子、マネちゃんの後輩だからイベントの当日一緒にいたよ。だから、一連の疑惑はすべて無関係です」
ふぐぅ……。
涙があふれてきた。
艦長が配信で、僕の無実を訴えてくれている。
意味が分からない。いや、分かるけど。
理解できない。いや、できるけど。
先輩はメロン艦長の新しいマネージャーだったんだ。
おそらく、先輩はコンビニでメロン艦長が外国人に絡まれたことを、本人から聞いて知っていた。もしかしたら、あの時迎えに来た車を運転していたのが先輩かもしれない。
僕は先輩と再会した日に、コンビニに車が突っこんだ事故のことを教えた。そこで先輩は気づいたんだ。艦長の中の人を救ったアルバイト店員が、僕だって。
こんな奇跡、ある?
「え? 女のすすり泣く声がする? 怖いこと言わないでよー」
?!
隣を見ると、泣いてるのは僕だけじゃなかった。
玖瑠美が顔面崩壊して、必死に声を押し殺そうとしているけど、嗚咽が漏れている。
まずい。
艦長が性能のいいマイクを使っているから、離れていても音を拾ってしまったんだ。
しかし、さすがは、業界トップVTuber。
「あっ! マネちゃんがおでん食べてる! これは女の幽霊が啜りなんているんじゃなくて、リアル悪魔の所業! 配信部屋に来て黙って何かしてるなって思ったら、とんでもない悪魔の諸行無常なんよ!」
先輩は一瞬で艦長の意図を察して、あわせ始める。
「だって、冷めるじゃないですか。がんも一個しかありませんけど、食べていいですか?」
「駄目に決まってんだろうが! みんな、今の聞こえた? 私のために買ってきたおでん食べちゃってる! よりにもよって一個しかないがんも食べるとか言ってる! 『マネちゃんの声、可愛い』『マネちゃんもっと喋って』じゃないんよ! お腹空いたからもう配信終わるね! 最後に! くれぐれも、今回の炎上の件で誰かを傷つけるのはなしね! それじゃあ、乗組員のみんな。次の戦闘に備えて休息せよ!」
女性、いや、メロン艦長の中の人は、パソコンを色々と操作している。
配信の終了作業だろう。
マイクの消し忘れで音が入ってしまうのは、あるあるの事故だ。だから僕は声を出さない。
玖瑠美も声を漏らすのを必死に我慢している。
振り返った中の人は、泣いている僕達を見ると、あわわわと慌てた様子で、また椅子の向きを変える。
きっと僕達に、もう配信が終わってマイクもオフになっているということを強調するため、パソコンの電源を落としてくれた。何かのケーブルも抜いた。
「もう喋っていいよ」
と先輩が言うけど、僕は何も言葉にできない。ステータス異常『涙腺崩壊』と『麻痺』だ。
玖瑠美も同じ上山一族の血が流れているから、異常耐性も似たようなものだろう。
「お、驚かせちゃった、かな……」
中の人は先程とはまるで別人のようにぼそぼそと話す。
それが彼女の素なのか、身バレ対策で演じている性格なのか。
「は、初めまして……。配信者をしている海野――」
「名乗っちゃ駄目ですよぉっ……ううっ……ひぐっ……」
僕は話しかけられたことが嬉しすぎて、収まりかけていた涙が再びあふれる。
手で涙を拭うと、握ったままの馬マスクが顔をゴワゴワと刺激してきた。
「わ。な、泣かないで……。ど、どうしよう」
「えっと。この子、メロンさんのガチ恋勢なんで、感極まったんだと思います」
「そ、そうなんだ。ありがと……。こ、この前は、コンビニで助けてくれて、ありがとう……」
「ひぐぅ……」
「あ。そ、そうだ。こっち……」
メロン艦長の中の人が、僕の袖を掴んだ!
驚きのあまり僕は馬マスクを落としてしまった。
引っ張ってくる。僕はなすがまま、誘導されて、壁際に移動した。
「ここ、立って……。また会えたら、したかったこと、あるの……」
「はぃ……」
僕は中の人と近距離で向かいあってしまった。
小柄だ。玖瑠美よりは大きいけど、吉川先輩よりかなり小さい。多分、二〇代女性の平均身長より、少し小さい。
あ、これがポコラが「メロンってなんかフルーティーないい匂いするぽこ」って言っていた匂いか……と思った直後。
中の人は、右手で僕の左手首を掴んだ。そのまま上に引っ張ってくるから、僕はなすがままにした。僕の左手は壁に押しつけられた。右手は手提げ鞄を持ったままだから動かせない。
中の人は左手の親指と人差し指で、僕の顎を挟む。
さわっ、さわっ、顔を触られた!
「壁ダァン! からの、顎クイッ! からの――」
中の人の顔がグンッと迫ってくる。
キラッキラの目力!
睫毛長ッ!
え、待って。まさか!
「何やってるんですか! 相手、未成年ですよ!」
吉川先輩の手が唇と唇の間に差しこまれた。結果として、僕は先輩の手の甲にキスをした。
「むーっ!」
「メロンさん、落ちついてください! いきなり奇行に走らないでください!」
「マネちゃん退いて! キスできない!」
「したら駄目です! なんでそんなことするんですか!」
「コメントで言われたもん。壁ダァンッして顎くいってやって好きだって言って、逃げなかったら脈ありだから、キスしろって!」
「そんなの真に受けないでください! 年齢差を考えてください!」
先輩はメロンちゃんの中の人を引っぺがそうとするが、立場上、強く出られないのか苦戦しているようだ。
えっと、なんというか、距離が近すぎて、メロンちゃんの中の人のメロンというか、通学コートで厚着しているから感触はあまり分からないんだけど、メロンの名に相応しいサイズのものが僕の体に当たって……。
「愛があれば歳の差なんて関係ないもん! マネちゃんも言ったでしょ。この子、メロンのガチ恋勢だって!」
「言いましたよ! 誠一郎が好きなのは、砲塔メロン! 貴方は、ほぼ初対面の年上の女性! 他人です! それどころか、メロンさんが配信部の件をXitterで拡散したからトレンド入りして、ファンやら野次馬やらがこいつの家に殺到して、夜逃げすることになったんですよ!」
「ガーン! そうだった!」
よろっ……。
ようやく中の人は僕へ迫るのをやめて、後退した。僕は胸に感じていた圧から解放される。
はあはあ……。脳がはち切れそうだったぜ……。
「きゃっ!」
「わっ!」
ズテーンッ!
中の人が急に脱力したため、先輩を巻きこんで後方に倒れた。
「だ、大丈夫ですか?」
僕は二人が怪我していないか調べるため、頭部に意識を集中する。
中の人はピンク色のハートが五個で、吉川先輩はピンク色のハートが二個。
どうやら下敷きになった先輩はダメージが大きいようだ。
さて、困った。倒れている人に手を貸すべきなんだけど、女性の手を握るのは気がひける。
しかし、中の人は抱っこをせがむ子供のように「んーっ」と手を伸ばしてくる。
僕は手提げ鞄を床に置くと、緊張しながら手を伸ばす。中の人が手を握ってこようとするけど、こういうときは手首を握って引っ張る必要があるから、手首を握る。
「引っ張りますよ」
「うん」
「せーの」と一気に引っ張り上げた。その勢いで、立ちあがった中の人は、勢い余って僕に抱きついてくる。
僕は再び、中の人と壁にサンドイッチされた。
うわあっ。メロン艦長のメロンがッ!
ピポンッ♪
A.「積極的な子猫ちゃん。お前、俺の女になれよ」
B.「メロン艦長の胸にメロン感じちゃう、なんちゃって」
C.何も言わずに抱きしめる。
ぐあああああああああああああああああああああああああっ!
ユウ!
おい!
出てこい、こら!
お前ッ、これっ、なんだよ!
俺の最推しの中の人だぞ!
その人に、おまっ、おまっ、全部アウトだろ!
メッセージ! メッセージ!
僕は心の中で、メッセージ送信を実行しようと念じた。ゲーム仕様が適用されているか分からないけど、届け、このクレーム!
ユウ! マジでなんとかして!
ああっ……!
視界の下で、ストップウォッチらしきものの針がどんどんゼロに近づいていく。
Cは論外。AかBの二択。
Aは駄目だよな。ほぼ初対面の人にこんなこと言ったら嫌われる。
Bは冗談ってことになるか?
なんちゃって、を照れずに、明るく冗談めかして言えば許される?
心の中の艦長、助けてくれ!
しかし、心の艦長はなにも言ってくれない。
リアルで艦長の中の人が「私ちょっと悲しい、優しい言葉、ちょうだい」と甘えるような視線を向けてくる。というか、近すぎて、中の人の眉毛から唇までしか視界に入らない。
くううっ。どうすれば……!
いや、待て!
そうだ。僕には、これがある!
一時中断ッ!
すーっ。
僕の意識が肉体から抜け出ていく。
ど、どうだ。これで、僕は選択肢を選べないはず。
……よし。何も言わない。僕は棒立ちになってる。
あとは、中の人が離れてくれたら、一時中断を解除してCを選択するだけだ。
僕は何もない空間を抱いて無事解決のはず。
先輩が玖瑠美の手を借りて起き上がり、二人は僕から中の人を引っぺがした。
「未成年者に抱きつかないでください」
「勢い余ってよろめいただけだもん……」
よし。一時停止解除。
C.何も言わずに抱きしめる、を選択。
僕は腕を広げ――。
足が一歩前に動きだした。
え。待って。虚空を抱いて終了じゃないの?
中の人が僕の接近に気づいて、振り返る。
避けて!
玖瑠美、僕を止めてくれ!
ユウの仕業だ!
駄目だ。声が出ない。「何も言わずに抱きしめる」を選択したから、声が出ないんだ!
中の人は避けずに腕を広げ、僕を受け入れた。
僕達は正面から抱き合う。
ああっ!
ああっ……!
マ、ママ……!
艦長と書いて、ママァ……!
けして、おっぱいデッカいうぇっへーいというエッチな意味ではなく、両親を亡くして母性に餓えていた僕は、女性と抱き合うことによって優しさと温もりを感じた。
うっ。眩しい。いきなりなんだ。
中の人の頭上で何かが輝いている。
玖瑠美と同じように五つの大きなハートが発光している。
超必殺技が発動可能になったの?
格闘ゲームなら、勝利確定だろ、これ。
アニメ映画ならここで、エンディングテーマが流れてくる。
作画監督が描いた僕と中の人の美麗な一枚絵を背景にして、スタッフロールが始まる。
数十秒後に、僕と玖瑠美がアパートで食事をしている絵に変わり、炎上事件が収束して日常が戻ったことが表現される。
次に、川下先輩の事務所所属契約が破棄されるざまぁ展開が描写される。
それから、異世界で僕がユウに詰め寄って文句を言い、ほっぺたを左右から引っ張って……。
最後にファンタジー装備に身を包んだ僕と玖瑠美とユウが、巨大なドラゴンか何かと対峙していて、もしかしたらよく見ると画面端に小っちゃくコラボゲストの艦長もいて、その後の展開を暗示して終わる……。
そういうエンディングなんだろうなあ。
最高の人生だったよ。ありがとう。完。




