33. エチチなコスプレイヤーからダイレクトメッセージが着た……。え、これ、まさか
僕は男の背中が見えなくなるまで、見送る。
疑ってはいないけど、僕を油断させてから戻ってくる可能性を考慮して、念のため用心しておいた。
多分、なんかの漫画の台詞だろうけど艦長が「警戒を許容してくれる者は信頼できる」って言っていたし
僕はアパートの外階段を上り、共用廊下から、男が去った方を探る。人影はない。本当に去ったようだ。
……はあ、助かった。
「ただい――」
ゴンッ!
「痛ッ!」
玄関ドアを開けようとしたら、何かに当たった。多分、玖瑠美がドアの向こうで待ってくれていた。
「ごめん。いるとは思わなかった。下がって」
「うん……」
僕はそっとドアを開けて、ゆっくり中に入る。
玖瑠美は額を押さえている。靴を履こうとして前屈みになっていたのだろうか。
「大丈夫?」
じっ……。
玖瑠美の頭を凝視すると、ピンク色のハートが五個見えた。
ん?
個数自体はユウと同じなんだけど、なんか、大きいし輝いてる。
必殺技を放つ条件でも満たしたのか?
ダメージを喰らった直後のエフェクトとも思えないし、元気って事だよな?
「怪我、してない?」
「うん。大丈夫……」
なんか、玖瑠美が手を伸ばしてきた。コートを受けとってくれるらしい。
なんのサービスだ?
よく分からないけど、僕は靴を脱ぐと、コートを脱いで渡す。
「お帰りなさい。あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、和、菓、子?」
「さっき半額のおまんじゅうを買ったけども……! 頭、大丈夫?」
「お約束のやつぅ~。身長が少し伸びたくらいだから平気」
「そんなにコブになってたら大惨事じゃないか。前へ、ならえ」
シュッ!
玖瑠美は狭い廊下で立ち止まると、腰に両手を当てた。いわゆる、背の順で最前列の子がやるやつ……。
「伸びても先頭。たまには腕を伸ばしたい……」
「小ささをウリにしていきなー」
「お兄ちゃん、大丈夫だった?」
「うん。意外と悪い人じゃなかった」
「そうなの?」
「うん。再生回数を稼ぎたくて過激になっているだけで、落ちついて話したら普通の人だった」
「なんじ、心の内に潜む承認欲求に飲み込まれること、なかれ……」
なに言ってんだ、こいつ。ポコラが言ってたんかな。
「なんか名刺もらったし、僕の初出演動画でも見ながら、ご飯にしよっか」
「ん」
ということで、僕達は折りたたみテーブルに並んで座り、撮られたばかりの映像を見ながら、半額弁当とかにクリームコロッケを食べる。
「え? 僕の声、こんなん?」
「うん」
「なんかキモくない?」
「配信者もたまに、自分の動画を見ると声に違和感があるから見ないようにしてるって言うよね」
「あ、言う、言う。こういうことかあ。……いや、やっぱ、スマホで撮っていたからマイクの都合で変になってない?」
「こういう声だよ」
「そっかあ……」
「お兄ちゃん、棒立ちだね。ここはさ――」
玖瑠美は右手の親指をグッと立てる。
「グッドボタンを押して好評価。チャンネル登録お願いします!」
ぺこり。
玖瑠美は頭を下げた。そして頭を上げると、両手を小さく左右に振る。
「こう」
「あー。うん。確かにクリームコロッケ。僕は動きがないから、見ていて面白くないね。そういう意味だと、タロちゃんさんはやっぱ凄いな。ほら、ここ。僕がいきなりチャンネル登録を促した直後に、タロちゃんさんは自らもノッてきて、肩を突きだして親指で顎先を指すような決めポーズをとっている。あの時は苦し紛れで僕に合わせてきたと思ったけど、違う。動画を盛り上げるため意図的に、してやられた演技をしている」
「あ。そっか。画面がタロちゃんに切り替わってるし、これ、咄嗟だけど計算してやったんだ。驚いた顔を、わざわざ映してる」
「うん。カメラは定期的にタロちゃんさんを映しているけど、僕、ずっとカメラを向けられてると思ってた。あー。ここ、僕が虚無ったとき、タロちゃんは自分にカメラを向けてから「その顔、やめろよ」って言ってる!」
「お兄ちゃんを弄っているけど、ちゃんと自分の変顔も見せてるんだね」
「褒めたくはないけど、上手いな。勉強になる……」
「……あれ? 街灯で逆光にならないようにしてない?」
「え? そうなの? マジかぁ……」
言われてみると、夜中にしては綺麗に撮れている。
「VTuberと違って、実写の人はこういうところも気をつけているのか……。しかも、これ、打ち合わせなしの生配信なのに、普通に見てて楽しい。凄え……」
そういえば以前、先輩が「動画はあとから編集すればいいけど、編集が最小限になるように演技することも大事だよ。もちろん、台本の時点から編集を意識する」って言ってたな。YaaTuberの人も、配信開始前の時点で編集のことも考えているんだろうなあ。
突られたときは怖かったし、ちょっと不愉快に思ったけど、終わってみるとけっこう楽しかったし、ためになったな。
まあ、僕のアカウントを特定されてもいやだし、チャンネル登録はしないけどね。
さて、上山誠一郎初出演配信の視聴会は終了だ。
玖瑠美が食器を洗ってくれる間、僕は配信部のXitterアカウントを確認してみる。
お知らせ文では、部費が盗まれたことと部員の私物が盗まれたことを否定していた。
リアルイベントで行列整理をしなかったことや、立ち見になってしまったことや、飲料の買い占めなどについては触れられていない。
あれ?
僕宛にダイレクトメッセージが着てる。誰だろう。
ん?
ピロピロ@Cosplay……?
知らないアカウントだ。
あっ。アイコンは見覚えがある。八百万まつりのコスプレだ。
そうか。竹田先生は僕の連絡先を知らないから、生徒指導室で教えたXitterのアカウントに連絡をくれたんだ。僕のクラスの担任じゃないから、連絡網から電話番号を調べることはできなかったのかな。
僕はダイレクトメッセージを開く。
――上山君のアカウントですか? もしそうならお返事ください
確かにそうなんだけど、このメッセージに返信するためには、僕からもピロピロ@Cosplayをフォローする必要がある。
コスプレ趣味の新人女教師と相互フォローか。なんだか、いけなことしているみたいだ……。
僕はピロピロ@Cosplayをフォローし、ダイレクトメッセージを送る。
――はい。上山です。
すぐに返事が来るとは限らないし、せっかくだから先生のXitterを見ておくか。
フォロワー、にっ、二〇万人。めちゃくちゃ人気だ。まつりちゃんの胸を完全再現できているんだから、人気でるよな……。
フォローが一三人だけで、コスプレイヤーばかりだ。フォロー一覧の中で僕のアカウントだけ浮いてる……。
ちらっ……。
玖瑠美はミニキッチンで洗い物をしている。
僕は万が一にもスマホを覗かれないように、奥側の壁にもたれ、ミニキッチンに体を向ける。
これで玖瑠美が接近してくれば、絶対に気づける。
僕は先生のXitterを下にスクロールし、過去の写真をチェックする。
……エッロ。
まつりちゃんとか、3Cとか、胸が大きなキャラのコスプレばかりしてる……。
ちくピーが露出していないだけで、胸がほとんど顕わになっているけど、こんなに露出して大丈夫なの?
うん、これは確かに、生徒には知られたらいけない内容だ。
カラーンッ!
びくっ!
びっくりした。外で空き缶が投げ捨てられたか、なんかの音だ。
ちらっ……。
玖瑠美はまだ洗い物をしている。
僕は再び、Xitterの画像をチェックする。
胸が大きい繋がりで、艦長のコスプレしてないかな……。
こっ、これは……。
画像にフィルタがかかっていて「警告:センシティブな内容です」と注意書きが記されている。
ちらっ……。
もう一度だけ玖瑠美の様子を確かめてから、僕は『表示』ボタンをタップして、隠れている画像を表示する。
うっわ。お尻もでっかっ……!
水着? レオタード? パンツじゃないとは思うけど……。
カタンッ!
びくびくっ!
落ち着け。玖瑠美がお皿を片づけただけだ。
どうやら洗い物が終わったようだ。先生の画像を見るのはやめよう。
やばかった。
一応、僕も男子高校生だし、エッチなのに興味がある。だけど、玖瑠美がゲームでカメラアングルを操作して女キャラのパンツを見ようとしているとき「そういうの、やめな」って注意してる以上、健全な兄を心がけなければならない。
いや、こう、炎上の件があったから、気を紛らわすために今のは必要な行為だったんだ。
うん、そう。
玖瑠美が手をプルプルしながら戻ってきた。
「水冷たぁ。お兄ちゃんの背中に突っこんでいい?」
「駄目に決まってるでしょ」
玖瑠美は僕の左前に座った。
「あれ。どうしたの。面白い動画でもあったの?」
「いや、別に」
「凄いニヤニヤしてる」
「気のせいでしょ」
「ねえ、窓際、寒くない?」
「別に。普通」
表情に出していないつもりだったけど、ニヤニヤしてたかー。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「エッチなの見てるの、バレバレだよ。窓に反射して見えてるからね?」
「えっ?!」
嘘だろ。窓にはカーテンがかかっているはず。反射するはずがない。
僕は慌てて振り返る。うん。カーテンはかかってる。
ブウウウンッ……。
その時ちょうど、裏の道路を車が通って、ライトの明かりでカーテンの下の方が少しだけ明るくなった。もちろん、スマホが反射することなんてない。
「引っかかってやんの」
「……ッ! お前ッ!」
玖瑠美は特に追撃してくることなく、スマホを弄り始めた。
……まさか今までずっとバレてたのか?
はったりだよな?
……これからは気をつけよう。
「たまたまXitterにちょっとエッチなのが流れてきただけだからね?」
「んー。別に言い訳せんでも。私もおっぱい大きい人のコスプレ画像見るの好きだし」
「あ、はい……」
とりあえず、理解ある妹ちゃんで良かった。




