32. 怒り限界突破! 僕は迷惑系YaaTuberタロちゃんに煽られまくる
「盗んだ部費で夜まで豪遊って、マジでヤバくないっすか~?」
やけに顔を近づけて、語尾を伸ばして挑発してくるが、気にするな。
この迷惑系YaaTuberは僕を怒らせたいだけだ。
ここでの対処は重要だ。過去の様々な炎上案件から得た教訓を活かせ。
相手は僕の顔にスマホのカメラを向けている。玖瑠美にカメラを向けさせるな。
冷静に対処しろ。炎上するための燃料を与えるな……!
「近所のスーパーにご飯を買いにいっただけです」
「おっ? おっ? 言い訳? 言い訳?」
「いえ。本当にただの買い物です」
よし。冷静に喋れてる。
僕は買い物袋を一時的に左手で二つ持ち、右手でポケットから鍵を出し、後ろ手に玖瑠美に渡す。
「ご近所の迷惑になるので……」
狭い通路で僕は常に玖瑠美と、男の間に体を入れる。
玖瑠美は壁に張りつくように移動しているし僕も妹を背中で押している。それでもやはり狭いし、お互いに冬服で着ぶくれしているから僕の腕が男に僅かに触れた。
「うわ! 殴られました! 殴られました! 最悪です! 暴行です! 皆さん見ましたか?」
えええ……。一瞬触れただけなのに。
玖瑠美が抗議しようとしたのか立ち止まったから、僕は背中で押して、とにかく、後ろ手に部屋の方に送る。さらに買い物袋を渡す。
「買った物、冷蔵庫に入れておいて。それから晩ご飯の用意して。お腹空いたからすぐに食べたい。用意して」
「うん……」
僕は玖瑠美が玄関に入るのを見届けてから、外階段へと戻る。男のターゲットは僕だから、ついてくるはず……。
よし。期待どおり、ついてきてくれた。
「彼女に飯作らせてるんですか? 彼女は買い物したお金が、盗んだ部費だって知ってるんです?」
僕は階段を降りきると、アパート前の路地で立ち止まる。
玖瑠美は逃がしたから、あとはもう最悪の場合、僕がどれだけ火まみれになっても構わない。
けど、落ち着け。冷静になれ……。
先日、不良に絡まれたときは、圧に屈さず言い返したけど、今は状況が違う。抗わず、受け流すしかない……。
男がライトで目を狙ってくるが、僕は心を静めて話す。
「先程も言ったように、あの子は妹です。僕は部費を盗んでいません」
「えっとー。寒いから家の中に入れてくれません?」
「あ、いえ、それは無理です」
「盗んだ部費で買った物が置いてあるからっすか~?」
「僕が部費を盗んだというのは、デマです。部費が盗まれていないことは、配信部の公式Xitterアカウントに載っています」
「は? そんなの知らないんだけど?」
「ついさっき、呟かれたので」
「まあ、そんな嘘、すぐに分かるんで別にいいんですけど、じゃあ、盗んだ私物を返してもらってもいいっすか?」
「あの動画は、ゴミ箱に捨てられていた僕の私物を回収しただけです。モザイクがかかっている部分をよく見て頂くと分かるんですけど、何処にでもある普通のゴミ箱です。誰かの机から盗んだわけではありません」
「そんな言い訳が通じると思ってんすか?」
「炎上している件はすべて濡れ衣です。配信部のイベントについてですが、イベント開催時および現在、僕は部に所属していません。無関係です」
「は~。そんな嘘が通じると思ってんの? お前が部費を盗んだってツイート、めちゃバズってんだぞ?」
知らねえよ。そんなの、なんの証拠にもならんだろ……!
男が、カメラに映らないように、膝で僕の太ももをグリグリ押してくる。
落ち着け。耐えろ。耐えるんだ僕。
「つうか、おもしれえこと言ってくれないと配信が盛り上がらないんすけど? つまんねえやつだな、おい。さっさと謝罪しろよ。俺のリスナーに、配信をつまらなくしてすみませんって謝れよ。そうしたら、お前の部費窃盗に関する謝罪配信を独占取材してやるからさ。ウインウインだろ? な?」
くっ、うっ……。
スマホのライトで僕の目を狙い、拳でお腹をグリグリしてくる。
もうダメだ。僕には対処できない。
心の中の艦長、助けて……!
『ああ? ふざけんじゃないんよ、テメエ。ケツの穴に手榴弾ぶち込んで爆発させるぞ』
駄目だ!
艦長は過激になる可能性が高い。逆に『やーん。怖い。許ちて……。ね?』とあざとく振る舞う可能性も僅かにある。いずれにせよ、今は頼れない。
「ほら。こっちは寒いのに来てんだから、面白いこと言ってくれないと、それ、犯罪よ? うちのリスナー、怒っちゃうよ?」
くうっ……。冷静になるべきだと、頭で分かっていても……。
抵抗するな。抵抗したら炎上する。都合良く切り取られて僕が悪者にされる。
堪えろ。我慢だ。で、でも、限界がッ……!
感情が理性を押しのけて、体が勝手に――。
……体が勝手に?
そうだ!
体を勝手に動かせばいいんだ!
エモート『虚無』。
「……」
すん……。
僕は多分、無表情になった。全身から力が抜けていく。
すっげ。感情も虚無ってくる……。
「お。どうした? お? なんだよ、急にその顔」
その顔、言われても、自分でどうなってるか分からんから。
あ。そうだ。幽体離脱~。
僕は一時停止で意識を体の外に出し、自分の顔を確かめてみた。
うわ……。虚無ってる……。なんだろう。自分の顔なのに、まるで、古代の頭蓋骨を復元した顔みたいに、感情がなくて不気味だ。
虚無が終わり、僕は肉体に戻った。
「たく、つまんねえやつだな。お前のせいで配信が盛り上がらないんだけど? チャンネル登録者が増えないんだけど?」
「えっと。それはすみません……。あ。本日は視聴――」
エモート『ありがとう』。
「ありがとうございました!」
僕は笑顔で頭をペコリと下げる。
このままノリで押し切って、配信を終わらせる流れにしてやろう。
僕は自力の笑顔を続ける。
「感想はコメントに。面白かった方は、グッドボタンを押して好評価。チャンネル登録お願いします!」
「お、おう。チャンネル登録お願いします!」
「それでは次回、またお会いしましょう!」
「ばいタロ~。って、人の配信、終わらせようとすんなよ。って、なに、お前、そう言うノリなの?」
エモート『虚無』。
「だ、だから、その顔、やめろよ」
エモート『虚無』。
「お、おい……」
エモート『虚無』。
「くそっ! とんでもねえやつに突しちまった! じゃあ、配信、いったん終了します! 続きが気になる方は、チャンネル登録お願いします! ばいタロ~」
よし。迷惑YaaTuberが根負けして配信を終えたぞ。
男はスマホをしまうと、はあ……と大きな溜め息を吐いた。
「いや、まじでお前、なんなの?」
「あ、はい……。本当に、ただ無実の罪で晒されて炎上しているだけの、VTuberオタクです」
「え? そうなの? マジで?」
「はい……。先生にも確認して、部費が盗まれていないことはちゃんと確認してもらっています」
「お前、それを配信中にもっと強く言えよ。つっても、視聴者一〇〇人しかいねえけど……」
「え。生配信の視聴者で一〇〇人って凄くないですか?」
「え? そう?」
「そうですよ。内容的に、告知していない生配信ですよね? それで一〇〇人集まるってことはチャンネル登録者が数万人でしょうし、YaaTuber全体でも上位数パーセントの人気配信者じゃないですか」
「そ、そうかな。いや、そうなんだよ。知り合いに言ってもさ、同接一〇〇人はしょぼいって言われるしさー。ビカピンみたいなことしたら、もっと視聴者増えるよって言われるしさー」
「僕も、クビになる前は配信部にいたので、そういうの分かります」
「え? クビって何?」
「なんなんでしょうね……。僕がクビになったあと炎上していたから本当に配信部の件、関係ないんですよ」
「お前さー。それを配信中に言えよ。今から撮り直すか?」
「ありがとうございます。でも、炎上したときに本人から反論すると、もっと炎上しますし」
「そっか……。そうだよな。なんていうか、悪かったな。いや、俺の経験的にさ、ぱじめちゃんが自分の失言で炎上した記事を流すために、お前を炎上させている感があるんだよな」
「そうなんですよ!」
と、僕はつい声を大きくしてしまう。
予想外のところで理解者が現れたような気がして、ついテンションが上がってしまったのだ。
「ぱじめちゃんの失言は目撃者が一〇〇人はいるはずなのに、なんの証拠もない僕の窃盗の方が大きく炎上しているの、不自然なんですよね」
「おう。……なんていうか俺が言うのも変だけど、俺みたいなやつが増えてくるかもしれないから教えておくと、お前の対応、一〇〇点だったぞ。めっちゃ、やりにくかった。怒らせて面白い絵を撮りたかったけど、ぜんぜん上手くいかなかった」
「あ、はい」
エモート『虚無』。
「それな! マジで怖えよ。困ったときは、それで逃げろ。俺等は録れ高つぶされるのが、一番困るから。編集点を与えないように、ずっとその顔してろ」
「はい。助言、ありがとうございます」
「ほれ」
男が何か小さな紙を出してきた。名刺だ。
「真相を語ります的な配信をしたくなったら連絡くれよ。絶対に俺を呼べよ」
「あ。どうも。ありがとうございます」
「おう。じゃあな。また来るかもしれないから、そんときはよろしくな」
エモート『虚無』。
「だから、それえっ! なんなん、お前! すげえな! そのメンタル、逆に尊敬する!」
あっさりと男は去っていった。意外とまともな人だったな……。




