28. そうだ。ユウに相談して、玖瑠美を励ましてもらおう
玖瑠美が手を握ってきた。僕も握り返す。
ときおり玖瑠美は、まるで僕が起きているか確かめるかのように指を動かす。僕も指を動かして、まだ眠れないことを伝える。
このままじゃ巻きこまれた玖瑠美が可哀相だ……。
……そうだ。どうせ不安で眠れないなら……。
僕は玖瑠美に気取られないよう、右手をそっと布団から出して、ゆっくりと動かしてスマホを取る。そして電源を入れ、ユウの動画チャンネルを表示して、最新の配信をタップする。
そこは配信世界『バニーガールの園』だった。
カウンター席にはバニーガールのユウがいて、笑顔で出迎えてくれた。どうやらファンタジー世界の修正作業はまだ終わっていないようだ。
「スマホからワープする異世界、配信世界へようこそ~。私は、配信神のユウなのじゃ~。セイちゃん、今日は――」
僕はカウンターに近寄って手をつくと、ユウの発言を遮る。
「ごめん! 聞いて!」
「ん~? 先ずは落ちつくのじゃ~。ここはキャストと楽しくお喋りをする世界なのじゃ~」
「うん。落ちついてる。あ、いや、落ち着けないかもしれないけど、そこは許して。SNSで僕が無実の罪を着せられて炎上しちゃって、それで、妹が不安になって夜も寝れない感じで……。新聞配達の音にも怯えちゃって、本当に可哀相で。だから、なんとかしてあげたいんだ」
「むむむ。なるほど。妹のことが心配だから、この異世界転移を有効活用したいんだね?」
「うん。ユウのチャンネルのアドレスを妹に教えて配信を再生させたら、ここに来れる? ここなら夜中に喋っていても誰かの迷惑にならないし、ユウと会話を楽しめば妹も不安を忘れて気が楽になるだろうし。だから、僕が現実に戻って、妹に配信を再生させるから、この世界は夢ってことにして妹とお喋りしてくれないかな」
ユウは気まずそうに、僕の背後へ視線を逃がした。
「……お主の妹をここに連れてくるのは、もう無理なのじゃ」
「……! そんな……! ユウに励ましてもらう作戦は使えないのか……。なら、早く現実に戻らないと……。来たばかりだけど帰るよ。妹を一人にはしておけないから……」
ユウが「待て」という感じで手の平を向けてきた。
「まあ、話は最後まで聞くのじゃ」
「うん。でも、妹のそばにいてあげたいから……」
「よいか? この世界に来れるのは、選ばれし者のみ。選ばれたのはお主じゃ」
「うん」
「しかし、お主以外がここに来る方法が、二つあるのじゃ」
「お願い。教えて!」
「うむ。思いだすのじゃ。大抵のゲームには『フレンドを招待する』機能があるのじゃ」
希望が見えた僕は、思わず叫ぶ。
「……! 確かにクリームコロッケ!」
「フードのオーダー入りま~す。って真面目な話しているんだから、フードオーダーしないで?!」
「フレンド登録の仕方を教えて!」
「それは簡単なのじゃ。先ず、現実世界で『一緒に出掛けようと誘ったら来てくれる』くらいの関係になるのじゃ」
「うん。それは大丈夫。妹は誘ったらどこでも来るし、僕は誘われたらどこでも行く関係だよ」
「心の底から妹のこと大好き?」
「もちろん」
「本当に、少しも嫌いなところない?」
「それは……。来年から高校生なんだし、いい加減、僕がいる部屋で着替えるなとか、下着のまま風呂から出てくるなとか、将来Vになるためにセンシティブ発言の練習をするのは構わないんだけど、できれば清楚売りしてほしいとか……。言いたいことはあるというか、言っているからたまに喧嘩するけど、だから嫌いということはないし……」
「大好きなんじゃね?」
「うん。大好きだよ」
「う~ん。これは、シスコン。へい! かにクリームコロッケ、お待ち!」
「そんな寿司っぽく言わんでも……」
「大丈夫。愛の力ですべて解決なのじゃ!」
コトッ。
コトッ。
二つも皿を置かれた。両方ともかにクリームコロッケが載っている。ユウの分までオーダーしたことにされたらしい。
まあ、ゲーム内通貨だし、いっか。
スッ。
ん?
背後で何かが動いたような気配が。
なんだろうと思い、振り返ろうとすると、同じタイミングで誰かが席に座った。気づかなかったけど、僕の背後にいた?
それは、顔を真っ赤にした妹、玖瑠美だった。
「え? あれ?」
「お兄ちゃん……。私のこと好き過ぎ……」
俯いて小声でぼそりと喋っていて様子が変だけど、本人だよな?
僕が覗きこむと、顔を背けられてしまった。本当に本人か?
「なんで? まだ招待してない」
「誠一郎。飲み物、オーダーしてー」
「あ。じゃあ、オレンジジュース三つで」
僕は玖瑠美の隣の席に座る。
もう一度見ても、やはり玖瑠美だ。
どういうことだ?
「ねえ、ユウ、どういうこと?」
「んー?」
ユウが振り返って背中を向けてきたから、僕はお尻を見ないように天井を見上げる。
「ゲーム世界に来るなら、だいたいやり方は二つなのじゃ。オンラインでフレンドを招待するか、オフラインで一緒に参加するかなのじゃ。スマホ画面を一緒に覗きこんだ状態からなら、一緒に来れるよ」
「え? あっ……。僕がモゾモゾしたから起こしちゃったのか……。それで、玖瑠美、スマホを覗いたの?」
「……うん。なんか眩しかったから、お兄ちゃん、スマホを見ているのかなって、目を開けたら、ここに居た……」
「そ、そういうことか。巻きこんでいたのか……」
「うん。すっごく驚いた……。というか驚いてる。状態異常混乱だよ……」
「それな……。僕も最初、めちゃくちゃ驚いた」
ユウがオレンジジュースを出した。
「オレンジジュースなのじゃ~。そしてさっきも名乗ったけど、わしがこの世界を管理している配信神なのじゃ~」
さっきも名乗ったけど?
そういえば、確かに今思えば、ユウは最初から僕に気取られないよう、背後の玖瑠美に話しかけていた気がする。説明台詞があったし、落ちつけって言ってたし……。
「わ、私は上山玖瑠美です。ユウさん。初めまして」
「うぇっへーい!」
「……?!」
ユウがオレンジジュースのグラスを差しだしてきた。乾杯ってことだろう。
「ほら。玖瑠美も。うぇっへーい!」
「う……うぇっへーい!」
カチンッ。
本当の乾杯を知らない僕達は、なんとなくの知識でグラスを軽く当てた。
「夜中に甘い物を飲むの、凄く悪いことしている感じがしちゃうね……」
「まあ、ゲーム世界だから太らないし、遠慮せず。僕は飲んでないけど、お酒もあるよ。飲みたければ注文するよ。まだ八万円あるし」
「お兄ちゃんお金持ち……。ねえ。教えてほしいんだけど」
「僕に分かることなら答えるよ」
「……私、配信で見たから知っている。ここ、お酒を頼んで女の子のお尻を見るゲームの世界だよね? なんでお兄ちゃん、今ユウさんがお尻を向けてきたとき、天井を見上げてたの?」
「もっと他に聞くことない?!」
「わしも気になるぅ~。教えてほしいのじゃ~」
「僕に分かることなら答えるって言ったよね?!」
「これは分かることだよね、お兄ちゃん。言いにくいだけだよね?!」
「うーわ、屁理屈ぅ~」
「せっかく見せてくれたんだから、ユウさんのエロ可愛いお尻を見るべきだよ、お兄ちゃん!」
「えへへ。わし、エロ可愛いって言われたのじゃ~。照れるぅ~」
「ほら。女の子はエロ可愛いって言われると嬉しいんだよ、お兄ちゃん」
「この世界に来て元気になってくれたのは嬉しいんだけど、ウザくなるのは違くない? それに、女子の言うエロ可愛いはセクシーで美人という前向きな意味かもしれないけど、男的には違うの!」
「何が違うの? 教えて?」
「うざっ……!」
「私のこと好きすぎシスコンのくせにうざいとか言っちゃって、お兄ちゃん可愛い~」
「ユウ。招待したプレイヤーをゲームから強制退出させるのって、メニューの時みたいに強く念じればいい感じ?」
「わーお。妹ちゃんを追放したらユウと二人きりになって、いつもの、お、と、な、の時間しちゃう~?」
「うーわっ。妹を牽制しようとしたら、キャストが敵に回った。この店、どうなってんの。チェンジしたいんですけど」
「いいよ。チェンジするのじゃ」
「え?」
「冗談で言ったんだけど、バニーガールの園には、ユウ以外にも誰かいるの?」
「くるるん、こっちおいで。バニーになるのじゃ」
「わーい。バニーガール、一度着てみたかったー」
ユウが手招きしつつ左の方へ去っていき、玖瑠美もついていった。
うっそだろ。チェンジって、キャストと客が?!
数分後、二人は戻ってきた。
「わーい。お兄ちゃん、見てー。めっちゃエロ可愛い」
僕は天井を見上げて、妹を見ないようにしている。
「バニーガールの衣装を着た中学生の妹に『エロ可愛いから見て』と言われた高校生兄の気持ちを二〇文字以内で答えよ」
「うひょーっ。妹のバニー、エッロッ。股間の食い込み、エグすぎ!」
「そんなこと思ってる兄との二人暮らし、キツくない?」
「はあんっ……。キツいよぉ……」
ダメだこいつ。もう艦長の配信を見せるのはやめなければ。こいつには、海ちゃん先輩みたいな清楚アイドルしか見せたらダメかもしれない。
トスッ。
隣に誰かが座った。正面から玖瑠美の声が聞こえるから、隣に来たのはユウだろう。
なんか、めっちゃ脇腹をツンツンつついてくる……。
「仲良し兄妹じゃのう。微笑ましいのじゃ」
「あ、うん。仲良しですけど、微笑ましくはない……。つらい」
「あっ!」
「……?! どうした?!」
僕は玖瑠美の声に反応して、咄嗟に視線を下げてしまった。
「ユウさんのバニー、胸が大きすぎるから、脱げちゃった。てへへ」
玖瑠美はバニースーツの胸元を手で押さえ、気まずそうに舌をペロッと出した。
「てへへじゃねえよ! 妹のセンシティブ見たら、どれだけ気まずくなると思ってんだ! あと配信で聞いたから知ってるけど、バニースーツの胸の部分は芯材が入っているから捲れません~」
「でも、視線を下げたよね? お兄ちゃんのエッチ!」
「それは、心配したからで!」
「お尻見せてあげるから、高いお酒注文してー。ドンペリ♪ ドンペリ♪」
「もうやだぁ、この妹……。清楚売りしてほしいのに、人気Vの駄目なところばかり吸収してるぅ。深夜テンションとはいえ酷いよぉ……」
「最初にお主が背後のくるるんに気づかず、妹好き好きアピールしたのが原因じゃと思うよ。くるるんはテンパっておるのじゃ」
「そういう説もあり得るのか……」
つらい。
だけど、SNS炎上の恐怖に怯えなくなったのはいいことだ。
その後、キャストはもう一回チェンジしてユウに戻ってもらい、飲み物を飲みながらお喋りをしたり、ミニゲームをしたりして時間を過ごした。
「そろそろ時間だけど、延長するのじゃ?」
「するー!」
「いや、普通にもう朝だし、学校に行かないと……」
「えー」
「えー」
「えーじゃなく。……ユウ。ありがとう。……今日はいつもより、ありがとう」
「どういましたてなのじゃ」
「ほら。玖瑠美、行くぞ」
「はーい。じゃあ、ユウさん、またー」
「またのじゃ!」
「のじゃの使い方、急に下手ッ!」
「ふふっ。ここはキャストと楽しくお酒を呑む世界。強制的に楽しくなるのじゃ。じゃから、つらいことがあったら、いつでも来るんじゃよ」
「……! ありがとう」
僕達は現実世界の同じ布団に戻った。
カーテン越しに朝陽が透けている。徹夜しちゃったなぁ……。
「朝チュンだね。お兄ちゃん……」
「……いや、まあ、なんというか、そんな感じで僕はここ最近、異世界に転移してる」
「……そうなんだ。なんか、凄くてヤバかった」
「今回は諸事情で『バニーガールの園』という世界だったけど、普段は『マインクラフォト』みたいな世界だから。まあ、とりあえず眠いけど、学校に行こう」
「えー」
「玖瑠美はもう卒業するだけだし、休んでもいいと思うけど……。家にいるよりかは学校にいた方がいいと思う」
「……うん」
僕達は布団を出て、登校の準備をした。




