27. 僕はネットに晒されて炎上する
日曜日。僕は普段と変わらず家で転がって動画サイトを見て過ごし、夕方になると半額惣菜を狙って妹と一緒に近所のスーパーに出掛けた。
そして夜、事件は起きた。
いや、水面下で既に事件は起きていた……。
夕食を終えて、スマホを手にゴロゴロしていたら、VTuber関連の記事を見かけた。
配信部に関する記事がいくつか増えていたようだけど、それほど大きな炎上ではない。学生の配信活動だから、そもそも注目度は低い。
ただ、リアルイベントで際どい失態を犯した上に、公式発表よりも先に中の人が事務所への所属を公表してしまったから、火に油を注ぎたい人の歓心を買ったようだ。
しかし、やはり、大した炎上ではなかった。
数百万人のチャンネル登録者がいる人気配信者と異なり、配信部のぱじめちゃんのファンは数千人だ。炎上しても世間的には「誰それ?」だ。
僕にとってはもう他人事だし、あまり気にならない。
しかし、気づかないうちに僕は火まみれになっていた。
お風呂から出た僕は布団に入って横向きになり、消灯前のスマホダラダラタイム。隣で妹も同じようにしてる。
先週までリアイベの準備が忙しくて、艦長の配信をいくつか見れていなかったため、それらを追いかけている最中だ。
ようやく、昨日のお昼配信アーカイブまで追いついた。
ゲストに「脳筋と思った? 実は科学者でIQ高め。黒鉄ノシロで~す。配信ゴーッ!」という挨拶でおなじみのノシロちゃんと「太陽めらめら! SUNSUN、こんさん~」でおなじみの太陽クレアちゃんが来ている。
僕がコンビニで外国人に絡まれた日から艦長がちょっと凹んでいたから、同期の二人が急遽オフコラボを開いて励ましに来てくれたのだ。同期の絆、熱すぎる……!
なお、妹の最推しであるポコラも同期だけど、来ていない。塩対応なわけではなく、スケジュールが合わなかっただけだろう。
『いやー、最近、枕頭の書が増えちゃってさ~』
『ちっ、ちん……ッ! ちょっと、ノシロちゃん、センシティブは駄目なんよ! 艦長のチャンネルがバンされちゃう!』
『メロンさん、何を勘違いしているんですか? 枕頭の書というのは――』
『そんな可愛い声で、ちんぽとか言わないで! ここは艦長の清楚なチャンネルなんよ!』
『乗組員のみんなは大変だねえ。こんな頭ピンクの艦長で。枕頭の書――』
『ピーッ! ピーッ! ピー入れて! 自分で中にピー入れて!』
『うわ……。メロンさん、その発言の方がよっぽどセンシティブですよ』
『何が? 艦長のどこがセンシティブなの?!』
『えっと、とにかく私が言っている、ちんピーの書というのは枕元に置いておく書物のこと。つまり、愛読書だね』
『そんなッ。ノシッちゃんは、ちんピーだらけの薄いエッ……! な本を枕元に何冊も置いてるの?! そっ、そういうの、ど、どどっ、どこで買うのかな、かな? 経費で落とせるのかなかなっ。ふへへ……』
『メロン。笑い方がキモ過ぎ……』
『たでーまー。あれー。二人ともどうしたのー?』
『クレアちゃん、聞いて。ノシロちゃんがさっきから、ちんぽちんぽ連呼してて酷いのッ!』
『卑猥なこと連呼してんのお前じゃねえか。そんなことより、ほらー。クレアちゃん特製、ドーナツのアレンジレシピー。クリーム追加したのとかプリン挟んだのとかあるよー』
『クレアさん最高です。ドーナツなんて、どこから出てきたんです?』
『ん~。マネちゃんが手土産に持ってきてくれたから、映えるように一手間加えたの~』
『撮ろ撮ろ。配信にあげちゃお。あ。そうだ。マネちゃんと言えば、うちらのイメージカラーのメッシュ入れてたよねー。愛されてるー』
はあ、てえてえ……。
僕と玖瑠美がアオンモールのフードコートでお弁当やドーナツを食べている頃、艦長達もドーナツを食べていたんだ。運命を感じるぜ……。
艦長の可愛いが過ぎてヤバみが半端ないから、もう一回再生するしかないんよ。
僕が同じシーンを繰り返し再生しようとすると、突如、玖瑠美が大きな声を上げる。
「お兄ちゃん! 大変!」
「んー?」
なんだろう。ソシャゲのガチャで最高レアでも引いたのかな。
寒いのに、玖瑠美は自分の布団から這いでてくると、スマホを僕の眼前に突きつけてきた。
画面が近すぎて見えない。
玖瑠美が僕の枕元に座りこむから、僕は太ももの上に頭を乗せて膝枕にしてもらった。
「そういうボケしてる場合じゃないから」
ガッ!
玖瑠美が脚を開いたから僕の頭は太ももの間に落下した。
寒いけど、仕方なく上半身を起こして玖瑠美のスマホを見る。
「ん? え?」
それは、Xitterでバズっている投稿だ。
――虹ヶ丘第三高等学校配信部の部費二〇万円を盗んだ上山誠一郎君、リアイベで会場自販機の飲料を買い占めて高額転売する金の亡者っぷりを見せつけるだけでなく、部員の私物を盗んでいた?!
なんだこれ。いったい何が書いてあるのか理解に苦しむ文字の羅列だ。その文章に添付された動画を再生してみる。
すぐに分かった。それは、退部を告げられた僕がゴミ箱から私物を回収している時の映像だ。画面下部はモザイク加工されており、どこから物を取りだしているのかは分からなくなっている。
映像の中の僕はメロン艦長のフィギュアや筆記具を自分の鞄に入れると、カメラを睨み付けた。
テロップに出ているように、部員の私物を盗んでいるところを見つかって逆ギレしているように見えないこともない。
「お兄ちゃん、何これ」
「僕の私物がゴミ箱に捨てられてたから、拾っただけだよ」
「うん。お兄ちゃんが人の物を盗るとか疑ってない。なんで、こんな動画があるの? なんでお兄ちゃんが部費を盗んだとか、ジュースの転売したとか書かれてるの?」
「分かんない。分かんないって!」
混乱のあまり僕は声を荒らげてしまった。
「ご、ごめん。でも、ほんと、待って」
僕は玖瑠美の様子を気にしている余裕はなかった。自分のスマホで、自分について調べる。
そして、自分の本名が晒された最初の投稿を見つけた。
――ぱじめちゃんがリアイベでソングステージに所属するって発表していたけど、オフィシャル情報? ソングステージに問い合わせた方がいい?
――――台本担当の上山誠一郎が台本に書いたから、ぱじめちゃんは台本どおりに喋っただけ。ソングステージには問い合わせない方がいいですよ
それは、Xitterで、あるユーザーのつぶやきに対する返信だ。
「なんだこれ……」
アカウント作成日時が本日二月一七日(日曜日)の新規ユーザーが、事実無根のことを書き込んでいる。
さらにその新規ユーザーは今日だけで数十件ほど呟いているが、そのすべてが配信部の失態はすべて上山誠一郎に責任があると指摘する内容だ。
明らかに部員の誰かが、僕に罪を被せようとしている。
そして、ぱじめちゃんのXitterアカウントまで、僕に罪をなすりつけていた。
――【謝罪】先日のイベントでまだ公式発表されていない情報を公開してしまいました。用意された台本をそのまま読んでしまい、このようなことになってしまい申し訳ありません。台本担当者を退部処分といたしました。
それだけじゃない。
追加チケットの件も、行列が誘導されなかったことも、飲料の転売も、余った飲料をトイレに廃棄したことも、すべて僕が指示したことになっていた。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫……。これはなんの証拠もない完全な嘘だし、一部の人が書いているだけだし、そんなに大きく炎上しないはず……」
大丈夫、心の中でも自分に言い聞かせる。
「ほら。明日学校だし、寝よう。こんなの、すぐに流れるし」
「でも……」
「大丈夫だって。参加者一〇〇人のイベントがそんなに炎上するはずないって」
「うん……」
玖瑠美が布団に戻るのを見届けてから、僕も布団に入る。
大丈夫、だよな?
ネットで本名を晒されてるけど、書かれていることは事実無根なんだし……。
オンライン視聴のチケットが何枚売れたかは知らないけど、せいぜい数百だろうし……。
あっ。そうだ。こんなことより、ゲーム世界にいかないと。
きっと、異世界のスケールが一〇〇分の一になって、冒険しやすくなっているはず。
終わってなかったら、また『バニーガールの園』かな。
配信世界に……。
駄目だ。どうしてもSNSが気になってしまう……。
僕は配信部に関する炎上記事のコメント欄をリロードする。特に新しい書き込みはない。
Xitterは……。こっちにも、新しい呟きはない。
で、でも、僕が部費を盗んだという呟きは拡散されていて、インプレッションが一万を超えている。一万人に見られたの?
いや、大丈夫だ。一万人ってことは、日本人の一万人に一人しか見ていないってことだ。
こんな証拠もない書き込みなんて、誰も気にしない。
動画だって、僕が他人の物を盗んでいるように見えないこともないだけだ。前後の経緯が不明だし、モザイクだってかかってるし、この動画を見て、僕が窃盗をした決定的な証拠だと信じる人なんていないはず……。
呟きの返信や引用などをチェックしても「この動画だけじゃ分からん」とか「本当に窃盗なら、ネットに晒す前に警察に通報したら?」といった、書きこみがある。
そうだよ、そう。ネット民は冷静だ。ちゃんと、正しく物事を見てくれる。
けど……。「お。ターゲット発見か? 追いこめ」とか「住所特定しろ」とか、火を大きくしたがっている書きこみもある。
怖い……。どうなってしまうんだ……。
それから、一時間か二時間か分からないけど、僕はSNSをチェックし続けた。とっくに日付が変っているから、新しい情報は増えていないようだ。
SNSなんてチェックせずに早く寝ないと……。
あ。違う。ユウが待ってるからゲーム世界に……。
そうじゃなくて……。
あっ!
なんだこれ、なんだこれ!
Xitterの過去ログを探っていたら、数時間前に「近所だから来た」というメッセージとともに、アパートの写真が投稿されていた。
なんでここが分かったの?
住所が晒されたの?
配信部員の嫌がらせ?
僕は自分の住所でXitterを検索してみたが、見つからない。他のSNSでも見当たらない。
なら、晒されたわけじゃなく、同じ学校の人がふざけている?
「お兄ちゃん……」
「玖瑠美……。眠れないの?」
「うん……」
「ごめん。僕のせいで……」
「お兄ちゃんは悪くない……」
「ありがとう。ほら。玖瑠美は何も心配しなくていいから、寝な」
「うん……」
ヴロロロロロッ……。
外の通りからエンジン音が聞こえてきた。自動車にしては小さいから、バイクだろうか。
「……!」
「お兄ちゃん……」
「だ、大丈夫。同じアパートの夜勤の人が帰ってきただけだよ……」
カタン……。カンカンカン……。
嘘だろ……。アパートの外階段を上る足音が聞こえる。
「お兄ちゃん……」
玖瑠美が僕の布団に侵入して抱きついてきた。
僕は少しでも安心させたくて、抱き返す。
「大丈夫。大丈夫だから。いったん離れて」
「やだぁ」
「大丈夫。ここにいるから」
僕は玖瑠美を離し、上半身を起こしてスマホのカメラを起動する。
もし誰かがドアをこじ開けようとしたら、撮影してすぐに通報してやる……!
カンカンカン……。
足音が部屋の前まで来た。
ギュッ。
玖瑠美が腰に強くしがみついてくる。
カンカンカン……。
足音は通り過ぎていった。
そして、隣の部屋からガコンッと小さな音がした。足音はまた部屋の前を通り過ぎ、再びエンジン音が聞こえ、遠ざかっていった。
「新聞配達だった……」
「そうなの?」
「うん……」
寝れないまま布団で過ごすうちに、いつの間にか三時を過ぎていた。
「ほら。大丈夫。明日、起きれなくなるから、もう寝て。当たってるか当たってないか分からない胸が当たってるから、離れな」
「当ててるの……」
「うっそだろ……。何も感じない……」
「うん」
からかってみたが、玖瑠美のテンションは低いままだ。
消え入りそうな声で返事をしたまま、自分の布団に戻ろうとはしない。
追い返すのは可哀相だし、狭いけど我慢するか。
僕自身、今は不安でいっぱいだから、情けないけど玖瑠美が近くにいてくれると落ちつく。
「今日だけ一緒に寝るけど、その代わり、スマホの電源を切って。いったん、忘れて、本当に寝よう」
「うん」
僕はスマホの電源を消して、布団に入った。
きっと大丈夫。明日、起きたら炎上は収まっているはずだ……。




