24. 去年卒業した先輩と再会する。リアイベに来てくれたらしい。
「お兄ちゃん。外に行列はできないって……」
「うん。イベント用の部屋Aだけじゃなく、お客様が待機する用に部屋Bも借りたし……。なんで外にあふれてるんだ? 行列整理もしていないなんて……。まさか……」
もともと六〇人の座席ありイベントだったけど、急遽チケットの追加販売で一〇〇人の立ち見イベントになった。そのことを、会場に伝えていなくて、イベントルームAに椅子があって使えない。だから今、必死に椅子をイベントルームBに移動させている?
それか、少しでも経費を減らすために、イベントルームBをキャンセルした?
いや、しかし、いくらなんでも、そんなことして行列整理を放棄する?
お客さんだけでなく周囲の人にも迷惑がかかることが、想像できないの?
あ。
客の中に見覚えのある人がいて、目があった。
あ、いや、見覚えのある人か?
僕よりは背が低いけど平均的な女性よりも背が高く、目つきが鋭い。
ここまでは僕の記憶に合致する人がいる。
ただ、記憶にあるその人は髪が背中の半ばまであったけど、見覚えのあるような女性の髪は短いボブカットで、前髪の左右に赤と緑のメッシュを入れている。知らない人だ。
「や。誠一郎」
あ、やっぱ知ってる人だ。
「吉川先輩。お久しぶりです。髪型が変わっていて分かりませんでした」
「おいおい。お姉ちゃんだろ」
彼女、吉川亜寿沙先輩は僕が一年生の時に配信部の部長をしていた人で、フラ対策として、先輩のことをお兄ちゃんやお姉ちゃんと呼ぶルールを作った人だ。そのルールは先輩の卒業と同時に守られなくなったが……。
先輩が卒業してからは、月に数回オンラインゲームを遊ぶくらいで、リアルで会うのは初だ。
就職したって聞いていたけど、大学の軽音楽部でロックしてそうな見た目に変わってる。
「配信部のイベントに来てくれたんですか?」
「そ。後輩がリアイベ開くって聞いたら、来るしかないでしょ。でも、開場が遅れるなんて、誠一郎にしては段取り悪いね。行列整理どうなってんの?」
「えっと……」
くいくいと、妹が袖を引っ張ってきた。
「ねえ、この人が、漫画に出てくる生徒会長みたいな行動力の、とんでもない先輩?」
「本人の前で言うな。聞こえてるだろ。あ。お姉ちゃん。こいつ、リア妹の玖瑠美です」
「初めまして。お兄ちゃんの彼女の玖瑠美です」
「どうも初めまして。誠一郎の先輩の吉川亜寿沙です。……ねえ、誠一郎はこの小っちゃ可愛い彼女にお兄ちゃん呼びさせてるの?」
「いえ、マジで血の繋がったリアル妹です。それで、えっと……」
「お兄ちゃんは配信部、クビになったんです」
「え? 部活ってクビになるもんなの?」
「それが、つい先日、部室に行ったら川下先輩に『お前はクビだ』って言われて、ファンタジー漫画みたいなことになりました」
「事情は知らんけど、誠一郎がいなくてもまわるほど有能な人材が一年に入ったの?」
「あー。それは……」
ちらっと図書館周辺を見ると、リアイベのお客様が、一般客の邪魔になっているように見える。これは良くない……。
「お姉ちゃん、久しぶりだけどすみません。玖瑠美も悪い。ちょっと待ってて」
僕はペコッと頭を下げて、その場を後にした。
そして図書館の入り口正面から左側にある、裏手駐車場に繋がる細い通路に向かう。
僕はもう配信部とは無関係だけど、イベントの準備はしてきたから、それなりに思い入れはある。だから、この惨状は放っておけない。
「虹ヶ丘第三高校配信部レインボーハイスクールのリアルイベントにお越しのみなさま! 開場が遅れまして誠に申し訳ありません! これより行列整理をさせて頂きます。ご協力お願いいたします!」
僕は全力で声を張り、頭の上で手を振る。
「チケットの整理番号、一番から二〇番の方、チケットを手にした状態で、こちらにお越しください! 二一番から四〇番の方! すぐにご案内しますので、チケットを用意して、お待ちください!」
同じような文言を繰り返し頭上で腕を振っていると、若い女性がワラワラと集まってきた。
男性Vのイベントだから客層は女性が中心だ。ちょっと緊張する。
あっ……!
しまった。僕が先頭の目印になったままだと、チケットを確認しづらい……。
と思っていると――。
「ん。私も手伝うよ」
「先輩! ありがとうございます!」
「もろちん、私も!」
「外でもろちん言うな、言うたやろ」
吉川先輩と玖瑠美がやってきた。
玖瑠美が痛バッグを頭上に掲げた。これはいい目印になるぞ。
先輩が列の最後尾に向かってくれた。
これで僕は、先頭と最後尾以外を自由に動ける。
「一番の方、二番の方、三番の方」
番号を一つ一つ口にし、手で立ち位置を示して、お客様を誘導していく。
そうしていると、次第に二〇番以降の人達が、なんとなく自分の立ち位置を予測してくれたらしく、誘導しやすいところに移動しだした。
僕達は一般利用者の邪魔にならないように、行列を駐車場内の通路に誘導していく。以前、図書館の職員さんに相談したところ「車で来る人は少ないから、駐車場内の通路に誘導してほしい」と言われているため、そうしている。これで一般利用者への迷惑は最小限になっているはず。
なんとか行列はできた。あとは、歯抜けになっている人の誘導だ。
離れた位置でチケットらしき物を手にしてチラチラと行列を眺めている人がいたら声をかけて番号を確認して、行列に組みこむ。
助かった……。お客様が協力的で助かった……。
コンビニ限定ギャンダムプラモデルの発売前夜に集まる人に帰ってもらうのより、遥かに楽だった……。アレは客同士が争う地獄だったなあ。
僕が悲しき過去に浸っていると、行列が進み始めた。どうやら開場したらしい。
部員に遭遇するのは嫌だから、僕はこのまま隠れ潜もう。
玖瑠美に電話をかけ、駐車場にいることを伝えた。
すぐに玖瑠美がやってきた。何故か吉川先輩もいる。
「お姉ちゃん。イベントは?」
「んー。YaaTubeで見てるから動画のクオリティは知っているし、今日見たかったのはリアイベの運営能力。でも、見たかったものは見れたというか、見たいものは見れそうにないというか。ま、久しぶりに誠一郎と話したいしね。玖瑠美ちゃんもOKしてくれたし」
「うん。私もお姉ちゃんと遊ぶ」
「誠一郎は素直に『お、お姉ちゃんが、あいつらじゃなくて僕を選んでくれた。う、嬉しいブヒ』って喜びなー」
「お、お姉ちゃんが僕と一緒に来てくれるなんて、うっ、嬉しい。そ、それじゃあ、あっ、ぼっ、ぼぼ、僕の部屋に行こうね? ね?」
「きっしょ……」
「妹よ。兄をきっしょというあいつに、怒ってくれ!」
「妹を頼るの、だっさ……」
「……。先輩、同行は構いませんけど、僕達ノープランで歩いてますからね?」
「ノーブラで?!」
「妹はともかく、僕がブラしてたらアウトでしょ……。こら、玖瑠美。恥ずかしそうに胸を隠すな」
「えー。えへへ……。ねえ、お兄ちゃん、玖瑠美のブラしてて胸、苦しくない?」
「とんでもない締め付けで胸がつぶれそうだ」
「ごめんね……。玖瑠美が巨乳だったらお兄ちゃんを苦しませなかったのに……」
「仲良し兄妹の間に入って散歩。いいね。楽しそう」
「そんなのが楽しいなんて、卒業後の先輩はどれだけ退屈な人生を送ってるんですか」
「いや、楽しいし充実しているんだけど忙しくてさー。午後もちょっと仕事関係……。最近お日様浴びてないし、適当にぶらつきたい」
「やっぱ、就職してたんですね」
「どういう意味さ?」
「あ、いえ」
さっき正面から見たとき、先輩の髪に赤と緑のメッシュが見えた。それで、少しの間いっしょにいて分かったんだけど、後ろに近い側面に青と黄のメッシュも入っている。
そういうところが社会人っぽく見えない……。
僕は地図を見るためスマホを取りだした。すると。
「目的地なくぶらつこ」
「別にいいですけど……。いや、別にいいですけど」
「なぜ二回も言った」
ということで、僕達は適当にぶらつくことにした。
女子二名が先行し、僕は後方ストーカーポジションにつく。
何もない住宅地ではなく栄えている辺りを進むため、どうしても駅周辺になる。
「部活のときのお兄ちゃんの恥ずかしいエピソードを教えてください」
「玖瑠美、余計なことを聞くな」
「誠一郎はすっごい優秀な後輩だったよ。教えたことはすぐに覚えるし、自分でも勉強してくるし。一つ教えると次の日に、その応用を質問してくる。それに答えられるよう、こっちもいっぱい勉強した。本当に優秀な後輩だったよ。今すぐ私の仕事を手伝わせたい」
「えーえへへ。褒めすぎじゃないですか。あ。お荷物お持ちします。気が利かなくてすみません」
「そして、褒めるとこうやってキモい顔するところが、恥ずかしいところ」
「ほんとだ。お兄ちゃんキモい……」
「えへっ、えへへ……。ひでえ……」
どうやら吉川先輩にまんまと一杯食わされたようだ。
なお、先輩だけでなく妹まで鞄を俺に渡してきた。
こうして他愛のない雑談をしながら歩いていると、僕がアルバイトしていたコンビニの前に辿りついた。
さすがに突っ込んだ軽トラは撤去されたようだけど、入り口にはブルーシートが張られている。
当然、先輩はコンビニに意識を奪われて見つめる。
「何これ。私、つい先日来たばっかりなんだけど、ここ」
「ここ、お兄ちゃんがアルバイトしてて、目の前で突っこんだんですよ」
「え? ここでバイトしてるの?」
振り返った先輩は、驚いて目を大きくしている。くっそ、その表情、僕が引き出したかった……!
「妹よ。兄のトークデッキから、とっておきの一枚を奪うんじゃない」
「ほら。写真~」
玖瑠美は僕が先日共有した画像を、吉川先輩に見せる。
「ねえ、それ、僕の雑談デッキにある最強カードなんだから、使わないでよ」
「別にいいでしょ。亜寿沙お姉ちゃんと初対面の私の方がデッキ貧弱なんだよ?」
「初対面でそんな親しげな呼び方ができるやつに、カードは要らないだろ……」
僕は妹に呆れた後、先輩に画像の説明をする。
「昨日、僕がバイトしようとして事務所に入ったら、店長にクビだって言われて」
「こいつっ、ツッコミたくなることばかり言いやがって……!」
「帰ろうとして、ちょうどこの辺りに来たところで、向こうから軽トラックが突っこんできて」
ここから僕は、まあ相手にも冗談だと通じるだろうから、イキり散らかす。
「僕はひき殺されそうになった。運転手の歪んだ表情を見て悟った。こいつは、先日、女性に絡んでいたところを僕に邪魔された奴等だって。復讐に来たんだ!」
「マ? 誠一郎が女性を助けたの?! そんなことある?」
「私は嘘だと思います。多分、道を聞かれたとか、そういうのを大げさに言ってますよ」
目をまん丸にして驚いてくれる先輩と、呆れてじと目になる妹の反応が面白いから、僕は気分良く、大げさな身振り手振りを交えて続ける。
「迫るトラック! 前髪を掠める鉄のボディ! 命の危機に瀕した僕は極限の集中力を発揮し、ギリギリで飛び退き、事なきを得た……。めでたしめでたし」
「めでたくはないだろうに……。怪我はしてない?」
「はい。トラックが掠めたっていうのは盛っただけですし、突入時、けっこう離れた位置にいたので」
先輩はスマホを取りだしてコンビニの写真を撮り始めた。
「ほら。あっち立って。記念撮影」
「分かりました」
僕は駐車場に入り、コンビニが背景になるようにし、玖瑠美を呼び寄せて肩に手を回す。
「イエーイ! 彼氏君、見てる~?」
「脳破壊を試みるな。というか、即興で照れ顔になって合わせてくる玖瑠美ちゃん、凄いな。さすが兄妹」
「お兄ちゃんから、将来配信者になった時のために常日頃から敏感になれって言われているので……。敏感に……なっちゃいました……」
「お姉ちゃんの教えを大事に受け継いだ僕が色々と教えたら、こんな妹になっちゃいました。責任とってください……」
「お、おう。すまねえ……」
先輩もコンビニを背景にして写真を撮り、撮影会は終了。
僕達は再び歩きだす。




