15. 謎のモテ期到来。調子に乗った僕はやらかしてしまい、逃げる
「なんで目ぇ、閉じてるのー」
「着替え中だって勘違いされたんじゃないの?」
「ほらー。だから言ったでしょ。別の場所がいいって」
……?
なんか知らない声の女子が和やかな雰囲気で喋っているぞ。
僕が恐る恐る瞼を開くと、四人の女子がいた。
そのうちの一人は長椅子に座っており、「それってスポブラと呼ばれる一種の下着では?」と言いたくなるようなものを着ており、下も「それは下着ではないのか?」と言いたくなるようなピッチリとしたスパッツのような物を穿いている。昨日のユウとどっこいどっこいのセンシティブの気がする……。
下着姿にしか見えない人から視線を逸らしつつ、僕は状況に身を任せる。今は動ではなく、見だ。
「君が覗きを止めてくれたんでしょ」
「……!」
そういうことか。
僕は覗き犯だと誤解されていたわけではなく、犯行を阻止したと思われているんだ。
でも、だからって、なんで女子更衣室に……。
「変なところに呼びつけて悪かったね。ほら。これ、内緒だから……おいでよ」
恐る恐る見てみると、下着の人が手招きしてる。怖い。
間違いなくトラップだ。
ラブコメみたいに、女子に顔を抱きかかえられて「む、胸が……」なんてことが起こるはずがない。
僕が近づいたら、強制的に体を触らせて、その瞬間を写真に撮って脅すとか?
既に録画……いや、生配信されている?
「えっと……」
僕は怖くて近づけない。
「えー。甘い物、苦手ー?」
甘い物?
カラカラ鳴ったからなんだろうと思って見てみると、下着女子はチョコレートの箱を僕の方に差しだしていた。
さらに見ると、下着女子が座っている長椅子には手提げの紙袋が置いてあり、チョコレートらしき箱がたくさん入っている。
「もらい物でごめんだけど、ほら、お礼だし食べて。たくさんあるし」
「女子からめちゃくちゃモテてチョコもらう女子、漫画あるあるのやつーっ!」
……ッ。しまった。
安堵して気が緩み、空気を読まずに突っ込んでしまった。
「えーっ。何それ、あははははっ」
「正解! こいつ、あげたのゼロ、もらったの二〇超え。あははははっ」
「あげるチョコが余ったんじゃなくて、もらったチョコだってよく分かったね」
「あー。僕が一年だったときの三年にもいたから。女子にやたらとモテる女子……」
「それそれ、こいつ、そういうタイプ」
「ちなみに私もあげましたー。しかも手作りの本命ッ」
「やーめーろーよ。お前と寝技の練習、できなくなるだろ!」
「ほら、君も私がこいつにあげた手作りチョコ食べなよ」
「え? いいんですか?」
「大丈夫。変なもの入れてないし。入れたの、唾液くらい?」
「おーまーえーなー!」
女子がじゃれあいを始めた。
あれ。女性Vのオフコラボ配信みたいに和やかな雰囲気だぞ。
この僕が、仲良し女子グループに普通にゲスト参加できてる。
「ねー。ほら、唾液は冗談だし食べなって。いっぱいあるし。むしろ体重を増やしたくない女子に協力すると思って」
「あ、はい。いただきマッスル」
「ぶふーっ!」
僕がVTuberの決め台詞を口にしたら、背後で後輩女子が噴きだした。
「よかったね。牛乳、口に含んでなくて」
僕は首だけ振り返り、これまた、切り抜き動画が作られまくった名シーンの台詞を口にした。
ビシビシッ!
後輩女子は顔を真っ赤にして僕の背中に猫パンチを連打してきた。
この子は絶滅危惧種の暴力系ヒロインなのだろうか。いや、違う。笑いの衝動を堪えるのに必死で、手脚をバタつかせているんだ。……こいつ、笑いの沸点が低い。
「ねー。いただきマッスルってなにー?」
と下着女子が言うと、残る三人がなんと――。
「いただきマッスル」 × 3
奇跡のハモりを起こした。
「あははははははははっ!」
後輩女子が盛大にゲラ笑いをし、僕を突き飛ばした。
一緒に爆笑して不自然な姿勢になっていた僕は簡単にバランスを崩してよろめき、ロッカーにぶつかった。
「す、すみません!」
後輩女子が慌てて謝ってきたから、僕はまったく気にしていないことを、次の言葉でアピールする。
「おそろしく強い手刀。オレでなきゃ吹っ飛んじゃうね。――まあ、吹っ飛んだんだけど」
この時の僕は完全に、人生初のモテ期到来と錯覚して調子に乗っていた。
女子と和気藹々としていたから、色々と感覚が麻痺っていた。
数秒後の未来なんて、予期できるはずがない。
ギイイッ……。
僕がぶつかったロッカーの隣の扉が、軋みながらゆっくり開き始める。
かと思ったら、扉は急に勢いよく開け放たれ、中から何かが雪崩のように溢れだしてきた。
それは大量の、胴着やシャツやスパッツ、ブラジャーやパン――。
明らかに下着女子が身につけている物よりもセンシティブな物が出てきた。
僕は超高速で視線を逸らした。
もう、怖くて女子達の顔は見れない。
「ちょっと! 何でこんなところに! 片づけてって言ったでしょ!」
「洗濯当番、誰?!」
「いいから片づけて!」
女子がわちゃわちゃと騒ぎ、ロッカー前に殺到して散らかった物を拾い始めた。
不可抗力とはいえ、僕は覗きみたいに悪いことをしているのではないだろうか……。
「あ、あの……。チョコレートありがとうございました……」
僕は小声でお礼を言うと、気配を消して(そんなスキルはないが)、そーっと退室した。
ヤバかった。
もう、とにかくヤバかった。
いったい、なんだったんだ、今のイベントは。普通に混乱が収まらない。
人生最初で最後のモテ期というかラブコメというか、とにかく、すんごい。
僕は武道場を出ると、校舎に向かって歩く。
とたたたっ……。
誰かが近づいてくる。
まさか、今度こそ覗き疑惑か痴漢疑惑で捕まるのだろかと一瞬不安になるが、誰かは僕の隣を歩きだす。
後輩女子だ。部活には参加しないのだろうか。
「教室に鞄を取りに行くんです」
僕の心を読んだわけでもあるまいに、知りたいことを教えてくれた。
「えっと……。僕はよく見ていないから分からないけど、何かが散らかったみたいだけど、片付けを手伝わなくていいの?」
「それが……。手伝うべきなんですけど、犯人捜しが始まったら怖いんで。いったん退避です」
「女子柔道部の人ーっ。犯人見つけましたーっ!」
僕は驚いた顔をし、小声で叫んだ。
告発も密告もする気がないので、あくまでも隣にしか聞こえないほどの小声だ。しかし、声質には必死の絶叫感を混ぜた。
気分的には、宇宙船の中で殺害現場を目撃して、緊急通報ボタンを押しに走るクルーだ。
「もー、やめてくださいよ……。怒りマッスル!」
後輩女子は両腕をあげて、マッスルポーズ。小柄な女子がやるとシュールだな……。
僕は姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「あ、はい……。ごめんなさい……」
「ちょっと! 笑ってください。私が滑ったみたいじゃないですか!」
「……みたいというか、マジガチで滑り散らかしたのでは?」
並んで歩くため相手の顔を見る必要がないからか、後輩だからか、同じ趣味だからか、自分でも驚くくらい話しやすい。
もしかして、異性との会話スキルをユウに鍛えられたのかなあ。
だから、言うか。朝の覗き騒動の真実を……。
いや、けどなあ。
話しやすい相手だけど、話しにくい内容なんだよなあ。
でも、言っておいた方がいいんだよなあ……。




