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デッサン教室

作者: ゆっか

デッサン教室はちょっと暗く、心を落ち着かせることのできる場だ。

でも僕はちっとも穏やかになれない。

何故ならあの女がいるからだ

画版に張られた画用紙に向かって、取っ組み合いをするような勢いで鉛筆を扱う女がいた。

ひどくうるさい音を立てる。

ひっきりなしに腰を浮かせて椅子をがたがたさせ、どうしてそんな音を出せるのか疑問なのだが、鉛筆と紙のこすれる音がひときわ大きい。

しかも雑だ。

見ていると、鉛筆を拳を作った手で握りこんで塗り込んでいる。

紙が破れるんではないかと心配にすらなる。

かと思うと、イーゼルを足で蹴飛ばしてガタンという音で周囲をびっくりさせる。

立ったり座ったり、息遣いも荒々しい。

ため息をついたり、なんだか唸ったり、いっぱしの芸術家気分でいるのかもしれない。

周囲のことなど全く考えていないようだ。


迷惑なんである。


女が音を立てるたびに、僕の神経は逆なでされる。

僕はゆっくりと鉛筆を扱うのが好きだ。

デッサンとは、世界を優しく手で浮かび上がらせる作業。

6Hから6Bまでの十本の鉛筆を慎重に選んで、その諧調を楽しみつつ、モチーフに命を吹き込んでいく。

その精神世界は静謐で穏やか。

現実を余すところなく写しながら、僕の隠れた内面が、見る人の心をどこか遠く広々とした宇宙空間にまで思いを届かせることが出来るような、そんなデッサンを僕は目指しているし、現実に、そうであると思う。

しかし、女が音を立てるたびに、僕の世界に亀裂が入る。

心が乱されるのだ。

場所変えた方がいいのかな。


それにしても女は、よく見れば、Bの鉛筆しか使っていない。

これには驚いた。

鉛筆の効果など、実は何も考えてはいないのではないだろうか。

野蛮である。

実に野蛮だ。

猿が本能のままにデッサンをしているにすぎないと思う。

ただし、早い。

僕の三分の一の時間で作品を仕上げてしまう。

そして、先生がなかなか良い、と褒めさえするのだ。

僕の方はたいして目もくれず、ありきたりのアドバイスをするだけなのに。


デッサンって何なんだろうな。

絵って何なんだろう。

あの女にとっては単にフラストレーションの発散の道具のような気がする。

美しさとか、精神世界とか絶対に考えていないぞ。

あいつには理想というものがない。

ただ、生きるだけだ。

獣のように画用紙に向かっているだけだ。

なにか肉食獣が食事をする様子が思い浮かんでくる。

肉を引きちぎり、頭を血だらけにして、飢えた体に栄養を補給する作業。


ああ、そうか。

あいつは飢えているのだ。

何にだろう。

愛情か。意味か。人生か。

デッサンはあいつにとって餌にすぎないのだ。

なにかを食らっている。

食らって生きている。

何をだろう。

石膏像ではあるまい。

その秘密を知ることが、おそらく、あの女の正体を知ることで、そしてその正体を知ったら、僕はあの女を怖いと思わなくなるのかもしれない。


女がこっちを向いた。

きょとんとしている。

馬鹿丸出しの顔だ。


僕はこの女がやはり好きになれない。

いつかこの女を理解することが出来るんだろうか。僕の絵が一際大きくなることがあるんだろうか。

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