小説家になれないラジオ
パチパチ、カタカタ。
炎の音だろうか。タイピングの音だろうか。画面の向こうから音声が流れている。カメラは、まだ共有されていない。
「それでは、今日もよろしくお願いしまーす」
「こちらこそ、お願いします」
カメラが映る。薄暗がりの向こうには、毎週のパートナー、"恋立ゆみ"さんがいた。"恋立"と書いて、"こいたつ"と読む、聞けばその通りだが珍しい苗字だ。まあ、僕の苗字も"もの"なんていう、全国でも10人しかいない苗字なのだが。
そうこうしていると準備が整ったようで、二人で頷き合う。放送開始の時刻だ。
「はいっ、今日もやってまいりました、『小説家になれないラジオ』の時間です。担当は私、恋立ゆみと」
「物洋志でお送りいたいます」
「今日は、リモートワークということで、それぞれの家からお送りしておりまーす。視聴者の皆さんには、見せられませんが、二人の部屋の中を映しながら、放送してるんですよねっ」
「恋立さんの室内、洋風ですね。暖炉とかありそう」
「ありますよー。でも、今日はこれ」
画面外から出てきたのは、火の灯ったロウソク。妖しい光が画面の中で揺れていた。
「ああ、そうでしたね。今日は『ホラー』回か」
「そうですよー。だから、今日のお便りも選りすぐりのものを選んでもらいました。それでは、いきましょうっ。まずは、ラジオネーム『後悔と懺悔』さんです」
「すごい名前ですね」
『ゆみさん。聞いてください。も〜、サイアクなんです。黒歴史確定です〜。お母さんに身バレしちゃいました。私が音楽聴きながら、小説書いていたら、後ろでクスクス笑ってるんですよ。もぅ、ムカついて、持ってたマウス、おもっきり投げちゃったんですぅ。そしたら、お母さん、それは避けてくれたんですけど、転んで、机の角にーー』
「おおっと、これ以上はいけませんね。放送禁止になりそうです」
「いや、待ってください。お母さん、大丈夫なんですか?」
「多分、大丈夫なんじゃないですか? 元気にお便りを出してくれてますし」
「えぇ? そうですか?」
「それはそうと、私の黒歴史はですね……」
「これって、恋立さんが言ったら、僕も言わないといけない流れですか」
「えっ、いやですか。そうですか。じゃあ、辞めておきます」
パチパチパチ、カタカタカタ。
「続いてのお便り、いきましょう。ラジオネーム『黄泉の国から』さんです!」
「これは、また」
『私が悪いんです。ちょっと、長編が売れたからって、調子に乗って、色んな依頼を引き受けるからこうなるんです。毎日、締切との闘いです。毎晩眠れず、プレッシャーが凄いんです。もう、なんか嫌になって、炭を買ってきました。えっ、何に使うかって? ははっ、やだなぁ、キャンプですよ。キャンプ。』
「キャンプ、ですか? 本当に?」
「キャンプです。絶対に。自然の中でリフレッシュです! 皆さん、『健康第一』で、やっていきましょう!」
パチパチパチパチ、カタカタカタカタ。
「あの、炎の音、大きくなってませんか? それになんですか、このカタカタって音。ずっと鳴ってますよね」
「ああ、これですか。これはですね、」
そう言って、恋立さんは、パソコンを持って、すくりと立ち上がった。画面が揺れる。パソコンを回し、カメラを暖炉に向けた。
炎を上げて燃えているのは、大量の原稿。
「送られた原稿用紙とデータを全部、燃やして消去してるんですよ」
「はい?」
カメラを戻した時、ちらりと彼女の顔が炎に照らされた。
口角を上げて、笑っていた。
「だって、こんな不幸な人たちが増えたら、カワイソウでしょ?」
公式企画を盛り上げたい!
『小説家になろう』で『ホラー』で『ラジオ』のお題を出されたら、これしか思いつかなかった。
※なお、本作品は、某文化放送のラジオ番組とは一切関係がございません。