おまじない令嬢
《何があってもキミを愛し続け、婚姻を結び添い遂げると、命をかけて誓うよ》
なんて熱い告白をして下さったから、いつまでも一緒にいられる様におまじないをした、はずなのに……。
ここは王城の応接間。
私は【おまじない】と称された【チカラ】を持って生まれ、それを使って様々な事を行ってまいりました。
契約を破られないおまじない。
嘘をつかれないおまじない。
大切な人を傷付けないおまじない。
他にも沢山。
この【チカラ】は大変に便利で、王家が囲い込みたくて王子殿下の婚約者にと私を強く望まれました。
それで婚約した王子殿下から、政略結婚ではなく心から私と結ばれたいと打ち明けられた時は、強く強く【おまじない】で願いましたわ。
そうそう【チカラ】を持つのは、私だけではありません。
例外無く特殊な【チカラ】を持って生まれる公爵一族の令嬢として生まれた私は、家族と共に王家の方々と対面しておりました。
その対面している理由は……。
「すまないな。 こちらの都合で婚約を無かった事にしたい」
「殿下……私との約束を、撤回なさると仰るのでしょうか」
私と殿下が交わした約束を裏切る、なんと卑劣な申し出でした。
私が確認の為に復唱致しましたが、それをあっさりと。
「そうだ」
肯定なさいました。
それに対して私は――――
――――何も致しません。
正確には、心からお慕いしていた殿下から拒絶された事実によるショックから、頭のなかが真っ白になって何かをすると言う考えが出来なかったのも有るのですが。
それだけでなく、何かをする必要すらなかったですので。
公爵家側の後ろにいた侍女から、ひどい悲鳴が聞こえました。
それと護衛の騎士達が息をのむ音。
これに反応して眉を寄せた殿下から、不審気な声。
「なんだ? 何が起きた?」
他の王家の方々と仲良く事態の把握をしようと辺りを見渡しますが、何も見つかりません。
それはまあ、そうですわよね。
だって変化は、王子殿下のお顔に起きているのですから。
「ん? ん?」
殿下の顔の内側が、お湯が沸騰するようにボコボコと大きく膨らみ、変形しはじめております。
それを見られるのは、公爵側からのみ。
今回の主役が殿下であるためか、他の王家の方々は殿下より少し離れた後方にて座っておられますので、顔を見られないのです。
対してこちらの公爵家は、幼き頃に“どうなるか”を伝えてありますので、大きな表情の変化がございません。
「なんだ? 顔が痒いぞ?」
そう仰って、殿下がお顔にお触れになりますと。
「どうなっている? 顔が腫れているのか?」
お顔のあちこちを手の感触だけでお確かめになられた殿下ですが。
「父上、母上」
ご両親……国王陛下と王妃殿下ですね。 そちらへ振り返ります。
すると殿下のお顔の変化にお気付きになられたお二人の表情が、恐怖に彩られ。
そして。
「私の顔にn――――あべし!!」
殿下の頭部が詰め物をギチギチに入れすぎた枕みたいに、ポン! と弾けました。
騒然とする応接間だが、王家から求めて来たのに履行されなかった婚約の賠償を冷徹にも求める、公爵家だった。
~~~~~~
蛇足
婚約を取り消されたご令嬢
王子殿下に本気だった。 のに裏切られ、王子の最期は涙でにじむ視界によって、見届けられなかった。
令嬢のチカラは【おまじない】だが、漢字で書くと【お呪い】になる。
そう。 本当の彼女のチカラは【呪い】その物であり、もっと言えば呪いによる強制。 ギアスと呼ばれるアレである。 と言うか【呪い】を無理に【呪い】と呼んだ説まで。
……つまりそう読み替えができるなら、この世界のこの国の言語は日本語?
いや、そこまで行くとよからぬ想像まで行きそうなので、変な考えはここまで。
話を戻しまして、
【呪い】なので基本的に、○○できなければ△△になる。と呪うのです。 それが呪いのチカラの一部たる強制のテンプレであり、今回は王子からの誓い通り、単純に《結婚して一生添い遂げられなかったら死ぬ》とおまじないをした。
それが履行されなかったのなら(王子が)死ぬしかないじゃない。
王子が あべし ったショックで、しばらく自室へ閉じ籠った。
おまじない
命が関わる様な重いおまじないは、かなりのリソースを必要とする。
なので、王子とのおまじないでチカラの総量の大半を使っており、他のおまじないは軽いものしか使えなかった。
具体的には、嘘をついたら口が恐ろしく臭くなるとか。 契約を破ったら身体中がムズかゆくなるとか、角に足の小指をぶつけまくるとか。
王子殿下
あべし、うわらば、とめった。
作中には出てこないが、お約束のアレなハニトラにやられ、他のオンナにいれあげた。
だから婚約を取り消そうと持ちかけた。 最近聞く令嬢のおまじないの罰が、それほど重い物ではないと甘く見て。
そのハニトラ要員は公爵家により調査済みで、粛清は王家ではなく公爵家が苛烈に行った。
ウチの愛娘の恋をメチャクチャにしやがってと、それはもう末代までの語り草になるくらいに。
補足として、王子はモヒカンのヒャッハーではありません。
が、それを妄想してしまうのは自分では止められませんので、妄想はどうぞご自由に。
公爵家の面々
元々公爵としての地位は、国が異能一族を囲い込みたくて与えたもの。
それが無くても生きていけるし、他国へ渡ればまたそこの国が囲い込もうとして来るだろうしで、公爵の位に執着は無い。
一族の異能は様々。
身体能力の一部が異常に強くなる者や、魔法が異常に達者な者や、自ら耕した田畑の作物が大豊作になる者等々。
法則性は無く、非常に有用なチカラから、どう使えば良いか分からないチカラまで。
使い方の分からないチカラだからとひどい扱いをする・される者は一族におらず、歴代の家族はみんな仲良しであると記録されている。
ぶっちゃけこの一族はチカラなんてのは個性で、チカラがどうで追い出すとかどうかしてる。
そんな認識なので、強弱はおろか有無さえどうでも良かったりする。
王家
王子と同じく。
公爵家が反乱を起こした事もないので、おまじないは知っていたが、甘く見ていた。
今回の件で約束を破ったのは王家なので、公爵家を罰するなど不可能。
その上、王子が目の前で死んだのに冷静で冷徹な公爵家を見て、公爵家への不義理=ヤベー の気持ちが心に刻まれた。
騎士や侍女達
いきなり あべし した王子を見て、トラウマに。
現場の掃除をさせられた者達も同様。
何人かがトラウマを乗り越えられず、退職した模様。