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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フェイト

作者: 黎哉

「僕らはどうして生きなくてはいけないのだろう」

僕は混雑している駅のホームへと向かっていく。

怖じ気づいてはいない。人混みをかき分けて列から少しズレた場所に立つ。

「まもなく三番線に快速急行池袋行きの電車が参ります」聞き慣れた女性の声がする。

「もうこれで終わりだ…」僕はぼそっと呟く。

「3、2、1…」僕は数えながら、一歩踏み出した。その瞬間、汽笛の音とともに襟を引っ張られ後ろに放り投げ飛ばされた。点字ブロックが、僕の身体に食い込む。痛すぎてしばらく倒れ込んでいたが、女性の悲鳴が駅ホーム内に響く。ハッとして起き上がると電車は止まっていてあたりは騒然としていた。血がいたるところに飛び散っている。

「うわ…」僕は思わず口を塞いだ。周りは狂ったかのように、その光景を凝視していたり、写真を撮ったりしていた。

「…僕の襟を引っ張った人が引かれたのか?…僕のせい?」嫌な考えが頭の中をぐるぐるする。そして、僕の頭の中に今あった出来事が走馬灯のように思い出される。僕の襟を引っ張った人、あの一瞬見えた顔は…。

 

あの事故から二ヶ月が経った。あの日のあと、僕は警察に事情聴取された。しかし、事故へのショックと当時の記憶が曖昧になっていて、話がまともにできなかった。警察は、こんな僕を見て、大きくため息を吐き諦めるかのように僕を警察署から追い出した。今もあの日のことを上手く思い出せない。靄がかかっているみたいだ。

「はぁ…」僕は頭を抱えた。こんなくそニートが生きてても…。

だが、もう実行する気はなくなった。

「くっそ!」大声を出し机を叩いた。こんなことになったのはあの事故に巻き込まれたせいだ。襟なんて引っ張られなければ僕は死ねたんだ。僕はもう一度溜息をつき、天井を見上げた。するとなんだろうか。透けている人間が浮いている。いやいやいやいや…僕は目をこすりもう一度見上げる。そいつと目が合う。

「よっ」そいつが僕に手を振り声を出した。僕は固まった。

「いや、この世に幽霊なんかいるわけないし、そもそも見えたこともないし…」僕の頭の中は大混乱。頭の中での処理が追いつかない。

「おーい、見えてっかぁー?」そいつがハキハキと喋る。

僕は恐怖に怖気付き子どものように「……あなたは誰」と半泣きで聞いた。

するとそいつは、にまーっと笑って「君の守護霊」と言った。

「は?」思わず出てしまった。

「ん??…いやいや、普通は守護霊って出てこないでしょ。見守ってるだけでしょ。喋らないでしょ。」

「…え?そなの?」守護霊は目を真ん丸くして言った。こいつは本当に守護霊なのか…ただのバカなのか…疑問が湧いた。

「まぁまぁ、そんな硬い顔しないで、笑おーぜ!」にっこりと笑った。

その笑顔は眩しく見えた。何となく羨ましいと感じた。いや、だが、守護霊って性格は僕に似てるもんじゃ……とまた僕は考え始めた。

「まーた小難しい顔になってる。バカになるぞ」

「はぁ?元々馬鹿だし!お前なんかに言われたくないし!てか、なんで出てきたんだよ」僕は机に突っ伏した。何も見えないようにした。

「生きてるお前なら…」守護霊がボソッと呟いた。

「は?なに?」僕は天井にいる守護霊の方を向く。

「いやね!今を生きてるお前にさー、やって欲しいことあるんだよねー、例えば、何か一つやってみるとか!なんでもいいんだ!どう??やってみない??」守護霊は生き生きと話した。

僕は目を逸らし「…出来るわけないよ」と言った。僕はもう全てを諦めている。

「諦めんな」守護霊は言った。聞き覚えのある言葉。

「お前は生きてるし諦めたら終わりなんだから」守護霊は続けて話す。僕は目を逸らし続けた。耳が痛い。分かってはいる。自分でもよく。諦めたらいけないことくらい。でももう辞めたい。でも変わりたい。

僕の感情を見透かして

「じゃあ、お前の母親に挨拶してこい!おはようくらい言えるだろ」守護霊は呆れるように言った。

「…なんでやらなきゃいけないっ!」

「…本当は変わりたいんだろ?」

「……っ」僕は重たい身体を動かし、少し錆び付いたドアを開けた。階段を降りる。心臓がバクバクしてきた。心臓が出そうだ。リビングに繋がるドアに手をかけ、

「ふぅ…」と息を吹く。ドアに手をかけ開けると同時に扉が自動的に開く。

僕は前のめりになって倒れる。

「痛った…」手をつけなかったからか顔が痛い。前を向くと誰かが立っている。

「うわっ…ご、ごめんなさい」僕はすぐに立ち上がり後ずさりした。

「…修也…?」懐かしい声がした。怖気付きながらもその人の視線に目を合わせる。よくよく見ると母親だった。

「どうしたの??」予想外の出来事に母親は混乱しているようだった。そりゃそうだ。高校卒業してから約二年ほど引きこもってたんだから。

「少し背伸びた?」母親は目に涙をためながら話してくれた。

「…分からないけど…」僕は後頭部に手を当て目を逸らした。そんな僕を見て母親は安心したような笑顔を見せた。

「おーい。挨拶はー」頭の中で守護霊の声がする。

「え、あ、うん…」たじたじとした僕を見て母親は心配そうに首を傾げる。

「えーっと…おはよう…ございます」僕は勇気を振り絞り母親に向かってぼそっと言った。

「それじゃあ聞こえんよ」僕は深呼吸して、

「おはようございます!!」と礼をしながら母親に向かって言った。頭を垂れてるから母親の表情は分からない。けど、床に落ちる雫がその感情を物語っている。

「えーっと…じゃあ!」僕は逃げるように自分の部屋へと戻った。

「出来たじゃないか!」守護霊が拍手して言った。身体で喜びを表現している。

「…あぁ…」何故か照れくさかった。僕はベットに身体を委ねた。たった1つ簡単で些細なことをやるだけでこんなにも疲れるなんて…。でも少しの達成感を感じ少し笑みがこぼれた。

「…なぁ守護霊」

「うん??どした?」

「…僕、変わりたい」守護霊はふふっと笑って僕を見つめた。

「じゃあさ、次は、人間らしい顔にしよう!」

「えー…」

「えー…じゃないよ。髪の毛とか顔の状態は、心身の健康にも大きく影響するんだぞ」

「心身の健康って…」

「んじゃ、やるぞー」守護霊はドアをすり抜け、どこかへ行ってしまった。

「ちょっと待ってよ」僕は重たい体をもう一度起こし、ドアを開けた。一階へ行ってみると、守護霊は洗面所にいた。

「何してるのさ」

「いやね?顔とか頭とかひでぇーなーって思って、さっぱりしてあげようと思ってさ!」「いや、触れないだろ。守護霊なんだから」

「え?あ、そっか。触れんわ。じゃあ自分でやれ。がんばれよー」守護霊は言ってることが意味不明だ。困惑する。守護霊を見るとニヤニヤしながら僕を見ている。僕はスキバサミを持ち、ゴワゴワしている自分の髪をカットし始めた。

「お、上手いじゃん」

「まぁーな」これでも高校時代は美容師をめざしていたんだ。難しいけど、楽しくはある。僕は鏡を見ながら、落ちていく髪の毛を気にせず髪を切り進めた。十分後、僕の頭は、一般男性としてテレビに出そうなベリーショートになった。そして、髭を剃り、散らばった髪の毛を片付け始めた。

「おー!いいんじゃね?すげー」守護霊は僕のビフォーアフターにはしゃいでいる。僕も少しスッキリした。

「じゃあさ、次は外!出てみようぜ!」守護霊は素早く走るようにスーッと玄関の外へと消えていった。

「いや、ハードル高いだろ。ちょっと待てよ」僕は恐る恐る玄関のドアを開けた。外の風のせいなのかを押す時とても重く感じた。玄関の外に出ると、守護霊は指をさして商店街の中に消えていった。

「人混み嫌いなのに…」僕は愚痴を呟きながら守護霊が行った方向へと向かった。平日だからか思ったより人は少なく、閑散としていた。周りを見渡すと、コンビニや電気屋、ハンバーガー屋など、色んな店があった。しかし、人々は僕を見てコソコソと話しているように見える。

「逃げ出したい」僕は耳を塞いで物陰に隠れしゃがみこむ。心が痛く呼吸が浅くなる。余計変な人ではないか…。

「おーい、大丈夫かぁー!」頭の中で守護霊の声が響く。ハッとして僕は顔を上げる。守護霊は僕の顔を見るなりハハッと笑った。そんな守護霊をみて僕は妙に安心した。

「…なぁ、守護霊って呼ぶの面倒くさいからさ、なんか名前ないか?」

「名前か?んー、じゃあ、(すけ)で」

「そんな名前でいいのか?」

「うん。いいのさ。パって浮かんだんだ。僕だけ決めるのもあれだから、君のことは修って呼ぶね!」

「……うん」

「……ん」僕らは顔をお互い見合わずに二人して耳を赤くして照れた。僕はその照れを隠すように話す。

「ねぇ、佐、僕はどうしたらいいと思う?外に出るのが少し怖いんだ」

「…ん?…そうかな?だってもう実際は外には出てるし、周りを見れば誰も修のことなんて見てないよ?」そう佐に言われ周りを見渡した。人々は皆、電話で話したり、ショッピングをしたり、互いに談笑したり、かがみこんでいる僕のことなんて一切見ていない。「ははっ」僕は自然と笑ってしまった。

「ま、大丈夫だって!誰が何をしていたって少し気になるだけで、本当の事なんて誰も分からないのさ!」佐は気楽に笑いながら言った。だが僕には笑っていた佐が少し悲しく見えた。僕は立ち上がり、少しだけ堂々と歩いてみた。

「その歩き方、緊張してる?手と足が一緒に動いてるよ」佐は大笑いしながら言ってきた。

「自然体でいいんだよ。誰も見ていない。日常的に動くように動いたらいいさ」

僕は佐の助言通りに動いた。俯いていた顔を少しあげてみる。佐の言った通り誰も僕のことなんて見ていない。少し気分が軽くなる。僕は肩にいる佐を見た。悲しそうなでも嬉しそうな顔をしている。そういえば佐のことは何も分かっていないなぁ…と思った。僕らは談笑したがら古びた商店街を一往復して帰路についた。

「さぁどーだ!今の気分は!?」佐は相変わらずのハイテンションで僕に聞く。

「いや…まぁ、良かった」

「だろ!?外に出てみるといいもんだぜー」佐は僕の部屋を周りながら言った。

「…」僕は少し疑問が残っている。なぜ守護霊(佐)が出てきたのか、なぜ僕自身が変われるように仕向けているのか…色んな疑問が出てくる。僕は重たい口を開く。

「なぁ…その…どうしで僕のために色々してくれるんだ?」佐は少しびっくりした表情で僕を見た。少しの沈黙が続いた。しかし、突然何か閃いたようにニカッと笑い、

「修の守護霊だからだ!」自信満々に言った。またその笑顔を見て羨ましいと思った。「よし!じゃあもう僕がいなくてもやっていけるな!」「…え?」「今から駅へ行こう!」「なんで?」

「んー…気分転換???」アホ顔をしている。心底ムカつく顔だ。のたのたしている僕に佐は言った。

「さぁ、はやく!少し時間が無いんだよー」

「…時間…??」

「あ、言ってなかったっけ?僕が消えるまでの時間さ!」

「は?」…消える?なぜ消える?考えていくうちに頭が痛くなる。考え込む僕を見て、

「もーだから、時間が無いんだってば。さぁ行くぞ!近くの駅だ!」佐は地団駄を踏んだ。「わーったよ」僕は全速力で走りながら、今まであったこと、佐が出てきてからの出来事を思い出していた。

「さぁ、駅に着いた!あの女の子見ててな!」

「はぁ?」佐が指を指す。制服を着て肩くらいある髪の毛。少し俯いて電車を待つ列からズレている。

「あと、運命は変えられないからな」佐がボソッとと言った。なんのこと言っているのかよく分からなかった。

「間もなく快速急行池袋行きがまいります」聞き覚えのある女性の声。あの日の僕と同じ状況。

「まさかな…」僕は全速力で女子高生の元へ向かう。まだ間に合う。間に合ってくれ。そして、手が届き後ろへ引っ張った瞬間、僕の身体は軌道へと落っこちていく。そして、走馬灯のように過去のことを思い出す。あの時、僕の襟を掴んで後ろに引っ張られた時に一瞬見えたあの顔は…!!思い出した瞬間、佐の声が響く。

「今度はお前の番だ」

汽笛と共に僕の身体は宙を舞った。



目が覚めると僕はあの女子高生の近くに浮いていた。そういう事か…運命は変えられない。なるほどね。ふふっと僕は笑う。そして、「おーい」と女子高生に話しかけた。


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