③
結局圭が眠ったのは、明け方過ぎだった。
物音がして目が覚めると、早朝陽菜が仕事に行く準備をしていた。
「はるちゃん、おはよう。」
「おはよう。あの、ごめんね。昨日は。気にしないでね。」
陽菜は目を腫らしながら、苦笑して言った。
昨日は落ち込みすぎて、家に帰ってきた圭に安堵し全てを打ち明けてしまったことに気まずかった。
陽菜は惨めで恥ずかしい自分の過去を、誰にも話すつもりはなかったのだ。
「もっと早く、聞きたかった。」
そんな戸惑う陽菜に、圭はまっすぐ向き合って言った。
辛い過去を変えられることはできないけれど、話してくれたことで一緒に背負うことはできるという結論に圭は至ってのである。
「これからもなんでも話してほしい。」
「圭…。」
陽菜は涙ぐみながら、圭の身体を抱きしめた。
それは何よりも自分が求めていた言葉だった。
腰に手を回してギュッと抱きしめた圭は、この身体をずっと支えていきたいと思った。
「じゃあ、私仕事行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。今日休みだから、料理作って待ってるね。」
「ありがとう、圭。」
陽菜は涙を拭いながら微笑み、圭は頭を優しく撫でた。
圭は陽菜の笑顔に安堵し、憂鬱な一日をなんとか乗り越えようと圭は思ったのであった。
そして昼前に圭は実家に着いた。
既に揃っていた家族に急かされて、皆で母の墓参りに行った。
毎年もし母が生きていてくれたら自分を認めてくれたのかと考えていたが、今年は思わなかった。
俺は俺なりに生きているから安心してほしいと、圭は母の墓前に伝えたのであった。
墓参りが終わると、恒例の祖母の手作り料理と寿司で家族全員で食事をする。
今年もやはり父親が圭に向ける視線は厳しかった。
前日に律が心配して来たかいがあるよう、圭は堪えようと思っていた。
「お前はいつまでバーテンダーをするんだ?」
そして食事の団欒が落ち着いた頃、寡黙だった父はやはり圭に仕掛けて来た。
圭はまっすぐ父を見つめて言った。
「分からない。でも、楽しいしやりがいのある仕事だよ。そこで大切な人に出会えた。」
「それは同居している女のことか?光希が二人で買い物してるところを見たんだと。」
光希とは次姉のことだった。
隣町に住んでいる姉が圭となかなか一緒に出かけない陽菜とのツーショットを見たとは、かなりの偶然であると圭は驚いた。
そして父がこれから始める説教の内容が手にとるように感じた。
「その女性とは付き合ってるのか?結婚はしないのか?」
「いや、同居人だよ。」
あっさり答えた圭に、父は沸騰しそうなほど顔を真っ赤にしていた。
隣にいた長姉が止めたが、父は勢いよく立ち上がった。
「仕事のことはもう諦めていたが、恋愛にもそんな中途半端だとはお前一体何をしてるんだ!その女性のヒモなんだろう。今すぐ離れに帰って来なさい!」
圭は眉を寄せたが、唾を飲み込みなんとか冷静さを保った。
「ヒモではないよ。俺はその女性のことを大切に思ってる。いつか紹介するから、父さん許して欲しい。」
圭はそう言うと、床につくほど頭を下げた。
隣にいた祖母が心配し、圭の背中を撫でて父親のことを見上げた。
「竜。圭ももう23歳なんだ。自分の責任は自分で取れる年齢さ。あんたが心配しなくても、圭は成長してると私は思ってるよ。」
「母さん。」
圭を庇った祖母には頭が上がらない父は感情を抑え、胡座をかいてそっぽを向いた。
「分かった。何があっても自分で責任を取るんだぞ。」
父はそう言うと、もう圭には何も言わなかった。
圭は父の言葉の重みを感じながら、いつか陽菜を心を射止めて自立し父に堂々と陽菜を紹介できる未来を目標としたのであった。
そして圭は夕方前に実家を後にしようとしていた。
その時見送りに律が現れて言った。
「来年からは俺も安心して、母さんの命日を迎えられそうだ。」
「心配かけたな。」
「本当だよ。それにしても大切な女性のくだりは、驚いたなぁ。」
律はそう言って、腹から笑った。
あれから未子として可愛がってくれた姉たちは陽菜のことを妬いたようで、何度も執拗に聞かれたのであった。
「また実家に顔出しにこいよ。憎まれ口叩いても、父さんが一番圭のこと心配して待ってるんだからな。」
律がそう言うのに圭は静かに頷くと、家の後ろで農作業をする父の背中が見えた。
いつかあの背中を越える人間になりたいと思った幼き日のことを、圭は思い出しながら目頭が熱くなっていた。
「また帰ってくるよ。じゃあな。」




