②
「うう。まだ頭が痛い。」
太陽が真上に昇る頃、陽菜は目が覚めたが思わず重苦しい頭を抱えた。
27才、成人してからいい年になったのにあんなことでヤケ酒するなんて恥ずかしくなり顔が真っ赤になった。
正直昨日のこともよく覚えてなかった。
「圭、圭~。」
陽菜は寝室を出て、憂鬱だが同居人の名前を呼んだが返ってこなかった。
リビングダイニングには姿はなく、圭の部屋のドアもノックしたが返事はなかった。
時々圭はふらっと家からいなくなる。
まるで猫みたいだと思いながら、陽菜はリビングのソファーに腰掛け携帯を取り出した。
『今日休みだから、実家に帰ってるね。』
陽菜は頬を膨らませ、溜息をついた。
昨日バーに行ったことまでは覚えている。
何か失態をしたのならば、聞きたかった。
でもそれ以上になんだか今日はまだ傷心が癒えていないのか、心が寂しかった。
「なにか食べるものないかなぁ…。あれ。」
陽菜がせめて食欲だけでも満たそうと、冷蔵庫を開けると一人用の小鍋が入っていた。
この家で料理をするのは、一人しかいない。
『良かったら、仕事前に食べてね。』
鍋ふたにメモがついていたのを陽菜は発見し、胸が高鳴った。
「狡いよ。」
圭の優しさに陽菜は胸が暖かくなりながら、卵粥を温めて食べた。
圭の作る食事はとても美味しい。
まさに幸福なひとときだ。
陽菜は仕事柄三交代で圭と生活はすれ違うことも多かったが、時間が合えば絶品の食事を作ってくれていた。
そして圭にお礼の連絡をすると、陽菜は仕事の準備をし準夜勤に向かっていった。
「ねぇ、お酒くさいのだーれ。」
職場の助産師のボス、準夜勤担当の先輩が二人の看護師を睨みつけながら言った。
まあ年も近く、普段は仲が良いため悪意はない。
二人の看護師ー陽菜と茜は互いを指さし、三人は笑った。いや笑えないが。
「確かに昨日は土曜日だけど。ハメ外しすぎ!今日はお産もなさそうだけど、もっとブレスケアしなさい。」
陽菜達は一応ブレスケアをしマスクでしっかり誤魔化していたつもりが、隠せていなかったようである。
それから少し先輩助産師から呆れながら説教を受け、二人は勤務を始めた。
「無事!終わったね!さ!飲みでも行く?」
午前0時。
何事もなく仕事を終えて更衣室で陽菜が着替えていると、一足早く着替えた茜がそう言って肩を叩いた。
「茜、昨日かなり飲んだのに懲りないの?」
「全然。ちなみに明日も準夜だけど。」
色んな意味で懲りていない同僚に、陽菜は深く溜息をついた。
同じ歳なのに胃の作りが違うのかー。
「今日はお布団とぬくぬくするの。」
「それって圭と?」
「茜!!」
機嫌が悪くなった茜に陽菜はいじられ、顔を真っ赤になって叫んでから後悔した。
まだ更衣室で人もいるのに、まだ自分の頭は正常に働いてないのかもしれない。
「今日実家だもん、圭は。」
陽菜はそう言いながら、少し元気がなくなり茜の付き合いに乗ろうと思ったがやめた。
誰にも言えないが、圭と一緒に寝たことは何回かある。
まあただ寝ただけだ。腕枕してもらったり、添い寝してもらったり。
そしてどれも素面ではない時にしてもらったことで覚えていないことにしている。
茜は颯爽と更衣室を出ていったため、陽菜はその時の居心地の良さを思い出すと顔が緩んでいた。
そして更衣室を出ると、顔を緩めていたのを後悔することとなった。
「陽菜先輩。何かいいことあったんですか?」
「あ、奏多。お疲れ。準夜だったの?」
「そうです。茜先輩とさっき会って陽菜先輩もだったって聞いて待ってました。」
山川奏多、26才。
隣の小児科病棟の男性看護師である。
茜と飲み仲間として紹介されてから奏多は陽菜に犬の懐いていた。
その真意は鈍感な陽菜には分かっていなかったが、恋情だった。
「これからラーメンでも行きませんか?」
「ごめん、奏多。私二日酔いで…。」
「そうだったんですね!じゃあウコンでも買ってきます!」
「大丈夫!もうそこまでじゃない!」
「じゃあ送っていきます!」
相変わらずの奏多の激しい攻めに、陽菜は返す言葉が止まった。
奏多は外車持ち、所謂ボンボンだ。
開業医の両親の一人息子で医師を目指していたが、諦めて看護師になった。
しかし諦めた理由が分からないほど秀才である。
そんな奏多の境遇がふと頭を巡りながら、陽菜は膝を屈めて奏多の頭を優しく撫でて言った。
「ごめんね、すぐそこだから。また今度飲みに行こう。」
そして微笑むと、パッと顔を赤くして硬直した奏多を背に颯爽と自宅へ帰って行った。
少し可哀想なことをしたと罪悪感があった。
しかしなんだか二人でいると異様に攻められてたじろぐので、陽菜は奏多と少しでも二人でもいるのは避けていた。
「あれ、こんな時間に。」
陽菜は自宅に帰りシャワーを浴びると、夜食をとりながら深夜番組を見ていた。
そんな陽菜の携帯に連絡が入った。
茜だろうと思ったが当ては外れた。
親友ー、角田七海からだった。
『今日どうしても話がしたくて。家に行ってもいい?』
陽菜は七海がこんな夜更けに起きてること自体、親友にただならぬ事が起きている予感がした。
しかしその想いを汲み、陽菜はテレビを消して七海に会うのに備えることにしたのであった。